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龍痣の少女と断罪の双子― IYK物語 ―  作者: ヤニコチンタール人
第1章 【龍痣を背負った妹を追って】
17/22

17話 「三神」

 水月流の特訓を通じて新しい剣の真髄を掴んだヤマトとアイクは、その後一カ月近くにわたり、カゲツ師範のもとでその感覚を磨き続けた。


 その結果、道場では以前のような“剣の癖”によって動きが悪くなることはなくなった。


 アイクはカゲツ師範と組手を行った。彼の剛は、もはや筋肉の硬直ではなく、全身の運動量を瞬時に爆発させる純粋な加速へと昇華していた。


 師範の一撃を、まるで風に舞う木の葉のように受け流し、その勢いを借りてカウンターを繰り出す。その軌道には、以前の身体能力に任せた一閃とは異なる、鋭く軽やかな殺意が乗っていた。


(力が、体から離れていくような感覚だ。だが、この方が、相手の奥まで届く…!)


 アイクは、自分の体と剣が、師範の攻撃の流れと共鳴し始めているのを感じていた。彼は師範に深々と一礼し、自らの剣の変化に確かな手応えを得て、道場の隅に下がった。


「よしっ」 (力の効率化が図れる様になり、更に強くなっていくのを感じる!!カレンを取り戻す力が、俺の剣に宿り始めている!!)


 次に、ヤマトがカゲツ師範の前に立った。ヤマトは、既に目隠しをせずとも、師範の剣筋に無意識による解析で対応し始めていた。


 師範が木刀を振るう刹那には、ヤマトの脳内で意識を裂くことなく対応が完了する。

 ヤマトの柔の剣は、カゲツ師範の動きに完全に同調して流れを支配する。

 その動きは、解析結果を思考中枢で意識的に確認するタイムラグが完全に消え去った、まるで流れる水そのものだった。


 その組手は、もはや二人の間で技術の優劣を競うものではなく、流れる水が水面に映る月を捉えるような、技術の確認作業に近くなっていた。ヤマトは、師範の木刀が止まった瞬間に、自身の身体に残る思考の介在しない清澄な感覚に確信を得た。


(これが、水月流の真髄...意識して解析する必要はない。体が、勝手に敵の呼吸と流れを掴んでいる...)

(あとは、これを実戦で、迷いなく振るうことだけだ。)

 ヤマトは木刀を下ろし、静かに息を吐いた。


 カゲツ師範は、組手を中断し、木刀を静かに下ろした。その目には、深い満足の色が宿っている。


(ヤマトの剣は、完全に水月流の柔に適応した。彼の解析能力は思考を介さない“清澄(せいちょう)な反射”となり、剣と体、そして流れが一体となっている。これ以上、我の言葉は不要だろう。)


(だが、アイク。お前は水月流で力の効率的な使い方を学び、確かに格段に強くなった。しかし、お前の剣は今、受け流しと加速による柔の効率性に傾きすぎている。アイクの本質は、全てを圧し潰す絶対的な剛だ。今後は、この効率性を基盤に置きながら、お前自身の剛の剣をさらに磨き、柔と剛の両極を極める必要がある。)


「さて、どうしたものか……」

 師範は気持ちを整え、穏やかな表情で二人に向き合った。


「良い。お前たちの剣は、水月流の基礎を既にかなりの高水準で実行できている。もはや、言葉で教えるべきことはほとんどない」

 師範はそう言うと、静かに稽古場の隅に木刀を置いた。


「本日の稽古はここまでとする。己の心身を整えるようになさい」


 稽古を終えたヤマトが居室に戻ると、ミヅキが戸口に立っていた。

「ヤマト様、よろしければ今から道場の外の街へ、買い出しにご一緒しませんか? 水月流以外の空気に触れておくことも、きっと貴方の剣を活かすための経験となります」


「……外に出るのは問題ないのか!?

 じゃあ、そうだね。剣ばかりじゃなく、街の空気を感じるのも悪くないか。

 ただ、こうして誘われるのは少し不意を突かれたよ……。

 でも、ミヅキと一緒なら、きっと良い経験になるだろう。行こうか」

 そしてヤマトは少し照れながらもミヅキの誘いを受けることにした。


 しかし、ここでアイクに声をかけようとしたが、彼は居室にはいなかった。


 アイクは今の自分に満足していなかった。

 カゲツ師範との組手で“受け流し”や“加速”の感覚を掴んだ一方で、自分の本来の武器であるはずの“相手を押し切る力”が、技術に殺されているような違和感を抱いていたのだ。


(今の俺は、ただカゲツ師範の真似事をしてるだけじゃないのか……? 力の使い方はうまくなっているが、この程度じゃカレンの運命を、真正面から叩き潰すことはできない……!)


 一歩でもカレン救出に近づくため、アイクは外界の刺激を絶ち、己と対話する為に精神統一の時間を設けることにした。

 ヤマトはその意志を感じ取り、声をかけるのをやめた。

(アイクは今、自分自身と戦っているんだ。この集中を邪魔するのは得策じゃない)


 ヤマトは静かに竹林を後にし、待っていたミヅキのもとへ戻り、街へと行く事にした。


 道中、沈黙を守っていたミヅキが、ふと足を止めてヤマトを見つめた。

「ヤマト様、一つ伺ってもよろしいでしょうか」


「お二人は、単に剣の腕を磨くためにこのヒナカミへ来たのではありませんね? 修行の最中、時折見せるその焦燥……そして、強さへの渇望……何か、切実な目的があるように見受けられます」

 ミヅキの瞳は静かで鋭い。


 ヤマトは一瞬、言葉に詰まった。しかし、カゲツ師範の娘であり、自分たちを真摯に導いてくれたミヅキに対し、これ以上隠し通すのは無礼であり、また非効率でもあると判断した。


「……気づかれていたか。実は、俺たちは一人の少女……妹である“カレン”を探している。カレンは一年前、旧セリフィア領の付近で痕跡を見失ったんだ。その後、今日に至るまで一切の目撃情報が出ていない。おそらく今も、セリフィア領付近のどこかに匿われ、長距離の移動もしていない可能性が高いと踏んでいる」


「セリフィア領の近くに……。では、なぜこの地へ?」


「彼女を縛っている力が、この国に伝わる古の術理に関わっているからだ。……『封印術』。その術式を解析し、解除する鍵を得ることが、俺たちがここへ来た真の目的だ」


 ミヅキは驚きに目を見開いたが、すぐに深く納得したように頷いた。

「……なるほど。それで、父上の剣術だけでなく、このヒナカミそのものを知ろうとしていたのですね。その覚悟、確かに受け取りました」


 ミヅキとヤマトは、夕暮れ迫る里を出て、近くの小さな街へと向かった。


 道場の中の静謐さとは打って変わり、街は普段以上の活気に満ちていた。行商人たちの呼び声、子供たちの笑い声、様々な匂いが混じり合う。ヤマトの視線は、街を行き交う人々の微細な表情の変化、手の動き、力の流れを、無意識のうちに目がいってしまう。


 二人は、干し肉や保存食をいくつか選びながら、賑やかな通りを進んだ。しばらくして、街の中心にある広場に、人だかりができているのを見つけた。


「何か、催しでも?」

 ヤマトが尋ねると、ミヅキが静かに答えた。


「「ええ。将軍家が主催する武芸の祭典、『ヒナカミ御前(ごぜん)大武会(だいぶかい)』の告知ですね。……ヤマト様、先ほどのお話ですが。この国を統べる将軍家こそ、かつて災厄を封じた『ヒナカミの祖先』の直系にあたります。彼らは、あらゆる魔や力を縛る『封印術式』を確立した一族なのです」


「……やはり、そうか。封印術の源流が将軍家にあるのなら、話は早い」

 ヤマトは立て札を凝視し、冷静にその情報を咀嚼した。


 驚きはない。むしろ、点と点が繋がったことへの冷徹な確信があった。

  立て札には、優勝者に与えられる「帝都での栄誉」と「武の頂としての証明」、そして三人の異形の武人の絵が描かれている。


 三人の武人の絵が描かれていた。一人目は、刀を構えた静謐な侍。二人目は、鬼のような形相で拳を構えた巨漢。三人目は、影の中に隠れるような、素早い動きの忍。


「剣神カゲツ、鬼神グエン、影神ヌイ。ヒナカミに座す三神、ここに集結」 (あの師範が……三神と呼ばれる者の一人だと!!この三人絵からも強者たる異様な雰囲気がただよっている。)


 カレンを救う鍵は、その先にある。ヤマトが決意を固めたその時、ミヅキが言葉を添えた。


「ヤマト様。この大武会には、私も出場します。修行を終えたお二人の手助けが少しでもできれば!!そして自分の剣術もどこまで通じるか――」

 ミヅキの瞳に強い意志を感じた。


「助かる。……アイクにも伝えなければな。あいつも、異論はないはずだ」

 ヤマトはミヅキに感謝を述べ、深く頷いた。


 空は完全に闇に包まれ、街の灯りが二人の前途を照らしていた。

 ヤマトの胸中には、カレンを縛る術式を解き放つための、静かで熱い闘志が宿っていた。

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