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龍痣の少女と断罪の双子― IYK物語 ―  作者: ヤニコチンタール人
第1章 【龍痣を背負った妹を追って】
15/22

15話 「それぞれの課題」

 翌朝、ヤマトとアイクは早速、道着に身を包み稽古場へと向かった。

 道場の空気は冷たく澄み渡り、カゲツ師範の背後から差し込む淡い朝日が、彼の巨体をより荘厳に見せていた。


 カゲツ師範は、二人に対し、水月流の基礎が“律なき身体制御”にあることを強調した。


(他の帝都の剣士であれば、まずは身体の理を教え込むだけで数カ月を要する。だがこの二人は、既にその基礎を、律なしで動けるレベルで体得している。基礎の身体は出来上がっている。だからこそ、彼らが律という環境の影響を受け、無意識に抱いてしまった、剣の癖を叩き直す。全く教え甲斐があるというものだ)


「そなたらが故郷で身につけた剣は、律という力が無くとも動く、稀有な土台を持っている。それは称賛に値する。」


「だが、その土台の上に築かれた剣は、律式やスキルという“力の増幅器”が常に存在する世界で最も効率を追求した結果に過ぎない。水月流の理から見れば、それは外部の環境に、無意識に頼っていることに他ならないのだ。」


「水月流の剣とは、内に満ちた理――それは、己の力と、自然の力を分け隔てず、己の剣を“風”と“水”の如く流動させることだ。静の中に最大の動を秘める、この理こそが、我が水月流の真髄である」


 ヤマトとアイクは、まず“風を待つ構え”の指導から入った。

 それはセラントス家の剣術にあるような、力を込めて大地を踏みしめる剛の上段構えとは全く異なり、正眼の形をとりながらも、水面に浮かぶ木の葉のように、全身の力を抜き、わずかな風の変化すら捉える静謐な構えだった。


 アイクは、カゲツ師範の指導する“風を待つ構え”を試しながら、師範の佇まいを観察していた。


(この男の剣術――純粋な身体と技の練度は、俺が今まで見てきた誰よりも上だ。剣術の太刀筋だけ見れば序列一位のグラヴィス・レーンさえ凌駕しているだろう。もしあの時、あれが全力と仮定するとしたら、このカゲツ師範の方が上かもしれない...。ゼラントス家の教えは、律に頼るなと言いながらも、カゲツ師範のいう通りどこかで律による増幅を前提としていた。だが、この水月流の剣は、完全に律の存在を否定している。俺の剣を、この男がどう変えるというのか...)


「アイク。そなたの剣は、規格外だ。だが、その強さは“力強さ”に頼りすぎている。その“力強さ”とは、相手の力を真正面から押し返し、受け止める。律の補助を無意識に前提とされており、力の使い方が非効率的だ。水月流は、その剣を“力強さ”ではなく、“絶対的な速さ”へと変える道だ。力を抜くことを学べ」


「ヤマト。そなたの剣は、頭で理解する速度に、身体が追いついていない。柔の剣とは、相手の力をいなし、その力を借りて攻撃を返す。その為に刀の特性、そして反射を、理屈ではなく身体に刻み込ませろ」



 こうして二人の修行は、その才能と課題に合わせて、全く異なるものとなっていた。


 アイクに課せられたのは、“水の受け止め”。カゲツ師範が持つ木刀で打ち込んでくる一撃を、アイクは自らの木刀で受ける。

 しかし、アイクがわずかでも力んで“受け止め”ようとすると、カゲツ師範の木刀は滑らかに力を逸らし、アイクの手を弾く。


「惜しいな、アイク。そなたは全てを剛で解決しようとする癖がある。それでは、柔の剣の理を理解した相手には、その剛が的になる。力を受け止めず、流し、そして己の剛を無意識の領域で解き放つことを覚えよ」


 アイクは、頭では師範の言葉を理解していた。

 しかし、一瞬でも師範の木刀が触れると、彼の身体は条件反射のように剛の力を全開で叩き込もうと硬直する。

 そのたびに、カゲツ師範はまるで水のように力を逸らし、木刀はアイクの手を滑り落ちる。


「くそっ!」

 アイクは歯を食いしばる。己の最強の武器であるはずの“剛”が、ここでは最大の枷となっていた。

 修行は、アイクの規格外のフィジカルと、武術の真の理との間の痛みを伴う軋みを生み出していった。


 ヤマトに課せられたのは、“同調”。カゲツ師範が振るう木刀の、重さ、速度、軌道を瞬時に分析し、木刀がぶつかる直前に、わずか半歩で体勢を調整するというものだった。


「ヤマト、そなたは頭が利きすぎる。だが、剣は思考だけではなく、反射が重要だ。柔の剣は、相手の力の軌道を読んで、自らの刀を同調させ、相手の力を利用して斬るためにある。刀は、ただ受け止めるためのものではない、切るためのものだ」


 ヤマトの純粋な思考は、相手の攻撃を数万通りのデータとして瞬時に解析する。

 しかし、その解析によって導き出された最適解の動作を脳が身体に伝える刹那のタイムラグの間に、カゲツ師範の微細な力の変化が生じる。


(自分の思考能力は、スキルが使用できない現状においても、それなりに速いはずだ。だが、その思考は、この身体に刹那の遅れによってカゲツ師範に敗北している...)

 ヤマトは、完璧な解析の敗北という、初めての種類の挫折に直面していた。

 彼の修行は、自身の持つ思考の限界と、純粋な反射領域との間の苛烈な軋みを生み出していった。



 この日の厳しい修行が終わりをつげ、夜の庭でヤマトが一人、木刀を振っていると、ミヅキが静かに近づいてきた。

 ミヅキは、月の光を浴びながら、まるで水月流の構えそのもののような、微動だにしない静謐さで立っていた。


「ヤマト様は、剣の“理”を見ようとしすぎています」


「理を?」


 ヤマトは振り返った。ミヅキは手に持った小さな水盆をヤマトの前に差し出した。


「水月流の開祖は、言いました。

『水は、器に合わせて形を変えるが、その本質を変えることはない。剣もまた然り』と。

 ヤマト様は、相手の力という器に合わせて、ご自身の剣の形を変えようとしています。しかし、それでは、剣の本質はどこへいってしまうのでしょうか?」


 ミヅキの言葉は、ヤマトの純粋な思考から、別の視点へと意識を向けさせた。


「剣の本質...。それは、斬ること、か?」


「それもあります。ですが、開祖が目指したのは、斬るという結果に至るまでの、最も自然な流れ。水を器に入れるとき、水は考えるでしょうか?ヤマト様の柔の剣に必要なのは、分析ではなく、“流れに任せること”かもしれません」


 ミヅキはそう言うと、静かに一礼して去っていった。


 ヤマトは目の前の水盆の水を見つめた。水面に映る自分の顔は、相変わらず分析に囚われた鋭い目をしている。流れに任せる。それは、完璧な制御を至上とする彼の思考体系の否定に等しい。


(純粋な反射の連鎖に、自分の思考を組み込むのではない。思考そのものを、“流れ”の法則の一部として再構築する。それは、自分の柔の剣が目指すべき、終着点なのか?)


 ヤマトは、柔の剣のさらに深い領域を垣間見た。

 それは、彼の分析能力と武術の精神を融合させる、新たな試練の始まりだった。


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