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前編

(;^_^A 初めましての人、久方ぶりの人、閲覧ありがとうございます。ひっそりこっそりお恥ずかしいですが、ご興味のある人は読んでいただけたら嬉しいです。

◆プロローグ



「──他人から信頼されて預けられたモノを承諾もなしにちょっと預かるだけ、少しの間借りるだけと言う気持ちで、勝手に持っていって返さないのはただの盗人であり、預けてくれた他人に対する信頼を失う行為なんだ──」


「──信頼を失うのは一瞬なの。羨ましいから、欲しいからと言う理由だけで他人の物を奪うに等しい行為は、相手をとても困らせて悲しませるけど、存外そういうことをする人って何処かで必ず損をするものなの──」






 とある、なーろっぱ風なこの世界では、王族、貴族、平民に関係なく、誰でも生まれた時からこの世界を形作ったとされている八百万の神々から、加護とか祝福とかギフトとか異能とか呼ばれるスキルを誰でも大小の違いはあれど1つ以上持って生まれてくる。


※一神でなく国や個人によって加護を与える神が違う世界というファンタジー設定です。


 特にモモ・フィンレイソンが生まれ育ったソノラアンテロープと呼ばれる小さな国においては、希少なスキルや複数のスキル持ちの人々が多く、輸入に頼らずとも鉱物、農林業、畜産業、天候などに悩まされることが少なく、周辺国からの脅威にすら脅かされることもなく、むしろ希少スキル持ちの能力や多さに『攻めることも滅ぼすこともならず』と暗黙の不可侵の条約で守られ、この国で暮らす人々は比較的平穏に過ごせていた。


 また個人がどのようなスキルを持って生まれたか知っているのは、通常はスキルの鑑定に立ち会った神殿の鑑定持ちの神官と上司の枢機卿。国王陛下や一部の上職位についてる高位貴族や、必要とあれば裁判所関係者や監察官などだけしか閲覧できない様に秘匿される。但し。余程希少なスキルでない限り、爵位の譲渡や後継への継承、婚約者として関わる場合など、必要に応じて親族に開示せざる得ないこともある。






◆前編



 そのような国で、領地を持たないフィンレイソン伯爵家に生まれたモモと名付けられた令嬢が数か月前に10歳になった頃。当主だった伯爵夫妻が、この国で本当に珍しく何十年かぶりに、天候と水のスキル持ちの能力が安定せず、何千人も亡くなる水害が起きた際、某高貴な方からの大事な品物を受け取った途上、馬車で事故に合い亡くなった。


 雨降りスキル持ちの幼児の暴走は、晴れスキル持ちが遠方の領地から急遽駆け付けてやっと小雨に変えた。他の天候使いも集まってきているので、幼児のスキル暴走は時期に収まるだろう。


 また水使いの赤ん坊は、同じ能力を持った魔法使いたちに預けられ、暴走した魔力を減少制御するようにされたので、洪水も大分落ち着いた。






 その出来事が起きてから数週間後、霧雨がまだ残る天候の中、やっと最後の弔問客と、葬儀を進行してくれたプレイリーと名乗る神官を見送り、両親たちを埋めたばかりの盛り上がった土と墓石を前に少女は立っていた。


 久方ぶりに起きた今回の災害事故で、あまりにも多くの犠牲者が出たために葬儀が多く、神殿に勤めている下級神官から、もちろん高位の助祭も司祭も枢機卿も出払い、一伯爵家如き程度ならばと、急遽神殿から駆け付けてくれた神官だった。ただこの神官は、偶然にも両親や自分たちのスキル鑑定時からずっとお世話になった方で、緑の髪と優しい涼し気な空色の瞳が真摯に悲しんで両親を新たな世界へ送ることを手伝ってくれた。おかげで両親を失った心の虚無感をモモが埋める覚悟と時間を作ることができたのが、せめてもの慰めだったことか。


 しかし葬儀の忙しさが治まり、誰もいなくなって静かになった途端、心細さが増し、喪主として毅然と弔問客たちを相手にしていた緊張の糸も切れ、親に見捨てられたただの子犬のように途方に暮れた。


「お父様……お母様……」


 数か月前に10歳になったが、見事だった銀髪は弔問客たちへの対応でくたびれ果て、10歳にしては理知的な光をまとっていた金色の瞳も、いまや絶望に染まっている。両親たちが眠っている墓に向けられた瞳は霧雨のせいだけでなく、とめどもなく溢れ出る涙で溶けそうだったし、右手で握り閉めるハンカチも役目を果たすことができないほど湿っていた。


「お嬢様……傷心中のところ大変心苦しく存じますが、ご当主様方が最後まで守り通した大切なお品です。お時間がございませんから、早めにいつものお部屋へ保管していただきませんと……」


 両親が仕事で多忙な時には家政を支え続け、葬儀の手配を、右も左もわからず途方に暮れたモモと一緒に仕切ってくれた執事のリチャードソンだったが、白髪のせいか慕い尊敬していた両親を失ったせいか精彩に欠け老け込んで見える。モモたち家族に対し、いつも優しい光をたたえる桃色の瞳を曇らせ、両親が死してまで守り通した、ビロードに包まれたワインが入れられた大きさの桐(この世界の木の種類)箱を丁寧に両手で捧げ持ってきた。


「……ああ、そうだったわね。ごめんなさいねリチャードソン。遺品整理まで全て任せてしまったせいで、すっかり後回しにしていたわね」


 執事からの呼びかけで、やっと現実に引き戻されたかのように墓に向かって一度深くお辞儀をすると、自分がこれから邸を維持していかねばとの決意を胸に、急に大人びた表情をしてくるりと踵を返して邸に向かった。


「きっとひどい状況下だったでしょうに……それなのに、さすがお父様だわ。しっかり処置してあるわね」


 執事から桐箱を受け取りながらモモは、保管部屋にある一角に丁寧にそれを安置した。


「さようでございます。旦那様が生前守り通したまま、まだ何も手を付けておりませんので、ご安心ください」


 事故が起きた当時、山崩れと洪水に巻きこまれながらも何とか生き延びて比較的一番怪我が少ない護衛騎士の一人だったリースと言う青年騎士が、身体中をボロボロに傷つけ明るい赤毛も泥まみれにしながら、邸に報告に来てくれた。


 その後、両親と共に巻き込まれた護衛騎士たちの遺体は、執事の指揮の下、生きのびた数人の護衛騎士や使用人たちによって丁寧に邸まで運び込まれたが、事故の状況がわかり過ぎるくらい酷く損傷していたから。


 しかし両親を亡くしたモモは、悲嘆に沈んで暮らしているわけにはいかなかった。


 葬儀の時に集まった父母の親族たちには、モモが伯爵家の当主となるだろうこと、ただしこの国の成人年齢の16歳に達するまでは、王家が後見することで納得するようにと、セバス公爵家の四男出身のリチャードソン執事と、見事な空色の髪と緑瞳を鋭く光らせたアラゲ侯爵家の三女出身の侍女長のケープ侍女長、神殿代表として懇意にしていたプレイリー神官の対応のおかげで反対はなかった。


 というのもフィンレイソン家は、伯爵家と言っても特段に税を納める領地や領民があるわけでない、スキル頼みだけの爵位だったから。父の代でさえもスキルの特異性や他貴族との関係から子爵を叙爵されたが、モモが生まれてからは、王家から望まれて授けられた伯爵位に陞爵されたからだ。






 そんな複雑な事情のある伯爵家であり大事な役目を果たすため、執事としてかなり優秀なリチャードソンと、邸を維持するのに欠かせない侍女長のケープから、父母の仕事の引継ぎについて指導されたり一覧リストや書類を確認しながら伯爵邸を守ることを学んでいった。


『いいかい、モモ。これだけはよく覚えておきなさい。


 私達は仕事柄、見知った物だけでなく希少な品物なども預かる。中には国ひとつ売ってもお釣りが出る程の高価なモノどころか値段のつけれないモノもある。だからこそ、他人から信頼されて預けられたモノを承諾もなしにちょっと預かるだけ、少しの間借りるだけと言う気持ちで、勝手に持っていって返さないのはただの盗人であり、預けてくれた他人に対する信頼を失う行為なんだということを』


 保管部屋であり、執務室である重厚な年代物の机で書類を整理しながらモモは、自分と似た容姿と、厳しさの中に優しさを兼ね備えた海のように青い瞳の父サザビーの教えを思い出していた。


『そうよ、モモ。信頼を失うのは一瞬なの。羨ましいから、欲しいからと言う理由だけで他人の物を奪うに等しい行為は、相手をとても困らせて悲しませるけど、存外そういうことをする人って何処かで必ず損をするものなのよ。


 だからこそ、他人から向けられた好意や信頼を大切にして、悪意を潜ませた見せかけの好意に騙されないようにね』


 そしてもちろん、美人というわけではないがいつも若々しく明るい笑顔で金髪を丁寧に結い上げ、怒る時だけは笑顔なのに金色の瞳が燃えるようで、とても怖かったが、侍女長や使用人たちに慕われ、淑女としても憧れの母だったマーゴットの言葉も胸に刻んだ。


 こうして家政は執事や侍女長が支えてくれた。


 それ以外でモモの仕事が煮詰まった時や悩んだ時は、紫の髪を一本に縛り暖かい優しいオレンジ色の瞳でお茶を淹れてくれるドウア伯爵家次女出身のモモ専属侍女のヤーマネが、


「お嬢様。休憩時間もちゃんと取らないとダメですよ」


と言っては気分転換に、お伽噺や女性ならではの話で和ませてくれた。


 その他の父母の仕事の引継ぎで、商家や貴族家や王家に出かける際は、軽薄そうに見えながらも琥珀の瞳をいつも油断なく警戒して護衛で付いてくれるスクウィラル子爵家五男出身のリースをはじめ、数少なくなった護衛騎士達が、たった10歳のモモが侮られないように周囲を護ってくれる生活が始まった。






     *****






 それから数か月後。


 悪戦苦闘しながら何とか仕事を維持できるようになった頃、王家から打診されたはずの後見人を押しのけ、叔父のオジロ・ガニソン男爵が、叔母のオグロと従姉ユタを勝手に家に連れ込んだ。


「おい! 誰もいないのか⁉ 伯爵の弟の、ガニソン男爵様が伯爵代理として来てやったんだぞ!!」


 父やモモとよく似た銀髪と、父ほど明るい瞳ではないが濃い青というか紺色の瞳の派手な服装の割には安っぽい生地の恰幅の良い中年男が言う。


「全く。伯爵家だと言うのに、相変わらず使用人も少ないし。お茶の一杯も出そうと言う気概がないのかしらねえ?」


 黒髪黒目で昼間っからそぐわないどこの夜会に着ていくのか派手な原色でフリルだらけのドレスと、頭から首から指からつま先まで装飾品と模造宝石だらけのふくよかな若作りの厚化粧の中年女が言う。


「これで伯爵家? なんだか辛気臭いったらありゃしないわねえ」


 縦ロールが重そうな黒髪と濃い紺というか藍色の瞳で、これまた派手なだけでどこの中古屋で入手した生地なのか庶民でも手を出しにくい縫製が甘くリボンだらけのドレスの12歳前後の少女が言う。


 たまたま彼らに最初に遭遇した庭師と門番を兼ねていたガンビアノキ一人では、男爵家の人間を追い返すことが出来ず途方に暮れていたようだ。相手ももちろん、平民のガンビアノキを端からいない者として無視した態度で、ずんずん伯爵邸内へ入り込んだ。


 庭師から困った連絡を受けた執事と侍女長は、さすがに相手はモモの父の親族の一つでもあるし、まだ何も起きていない平時に、数少ない騎士達を呼びつけるわけにいかず、一応、応接室に通して応対することとなった。


「これはこれは。ガニソン殿。今日はどういったご用件で? とりあえず応接室を空けましたので。ご用件がおありなら、こちらでお願いいたします」


「遅すぎるぞ! たかが一介の執事のくせに。いつまで待たせるつもりだ?」


 たかが執事ですって? 確かに爵位はないけれど、相手は一応公爵家の身内なのに。叔父様こそ、何様のつもりなのかしら。執事の皮肉にも気付かない愚物のくせに。


 モモは、ちょうど桐箱を前に黒のレース手袋越しに仕事をしていた時で、大声で喚きたてる騒がしさで、何事かと様子を伺ってくれた侍女のヤーマネから、叔父家族の強引な訪問を知った所だった。


 桐箱を再び保管場所へ安置すると、護衛騎士リースと、報告に来た侍女長を伴い、応接室へ入った。


「ふんっ? お前がモモか。何だ、その迷惑そうな顔は。ああ。久しぶりだから忘れてしまっているだけか。お前は赤ん坊だったから覚えていないだろうが、わたしはお前の父親の弟のオジロ・ガニソン男爵様だぞ。ほら、髪色が一緒だろ? 親が居なくなって寂しいだろう。だから叔父さんがこれからは父親代わりに可愛がってやろう」


 ……うえっ気持ち悪っ。私まだ10歳だよ? 10歳の子供に邪な目で舐めるように見るってなんなの? このえろおっさん。それに自分の事様付けって。貴族の礼儀ちゃんと習ってないのかしら。


※正式に爵位を名乗り紹介し合う時は、爵位が上の者から下の者へ声掛けするのが最低限の作法だそうです。だから正式な伯爵家当主(成人までは暫定伯爵代理とは言え)より先にたかが自称伯爵代理と名乗る男爵から喋り出すのは?ということですね。


「妻のオグロよ。あたくしが今日から伯爵夫人になるのだから。相応の対応をして頂戴ね」


 オグロ叔母様。まだ正式に夫人と決まってませんよね。厚化粧にひびが入りそうな見下した作り笑いはおやめになった方が。それにその白粉、肌を余計に傷めてません? 白粉のせいだけじゃないわね。何この不快な匂いは? 吐きそうだわっ。


「娘のユタよ。あたいが今日から伯爵令嬢でお前の姉だからね」


 正式な養子もなしに、誰が姉妹だって? 縦ロール何時間かけてるのかしら。メイドさんたちも大変ね。


 だが3人がどの部屋を使おうか物色しに応接室から出て行くと、執事と侍女長は、


「お嬢様。彼らは確か葬儀にも顔すら出さず、連絡も寄越さず無視していたはずです」


「それに第一、彼らは旦那様と確執があって二度と顔を見せるなと絶縁されていたはずでは?」


 と抗議をしたのだが、近くの部屋を物色していた男爵に


「は? 勝手に縁を切った気になっていたのだろうがな、血縁者として兄弟の情まで失くなったわけではないだろう。わたしが当主になった暁には即解雇してやるからな!」


と脅された執事と侍女長は、残されたモモがどんな目に合わされるかと考え、見た目だけでも深く謝罪して見せた。


「申し訳ございません。遠方より駆け付けてくださったから葬儀に間に合わなかったのでございますね。しかし自分がいなくなると伯爵家の家政は今後オジロ様が担って下さるということでよろしいのですか?」 


「わたくしも、いまのは失言が過ぎました。ですが執事とわたくしがいなくなったら伯爵家の維持はオグロ様達が負って下さるということでよろしいのでしょうか?」


 こう返されては、優秀な執事と侍女長がいなくなっては家政が回せないと判断したためか注意するだけにとどめた。


「んむっふ……ふんっ! わかっていただければよろしい。これからは我らを新しい主人として優遇するようにな」


 睥睨した叔父は、また部屋を物色しに行った。


「お嬢様。如何扱ったらよろしいでしょうか」


「リチャードソン……後見人の入れ替えが行き違いかもしれないから、きちんと確認を入れて。あとは……そうね。親戚だから邪見に扱えないし。書類は念のためにいつでも対処できるように用意しておいて。いつまで滞在するつもりかわからないから」


 その日から叔父家族は、物色していた部屋の中からモモの息抜き部屋と両親たちの部屋を、


『気に入った』


の一言で、もちろん承諾もなしに勝手に奪い住み着いた。






 叔父家族は陽当たりのいい広い部屋を入手して暫くは満足したのか大人しくなった。そこで折を見た執事が、伯爵家に長期滞在する場合にサインが必要だと用意した書類を一目見せたが、


「我々には必要ない! 何だこの内容は」


と、びりびりに破いて執事の顔目掛けて投げつけた。


「さようでございますか。では、今後そのように扱ってよろしいのですね」


 叔父の態度に、きちんと説明を読んだはずですよね? しっかり念を押した執事は、これ以上煩わせないように職務を全うすることに決めた。


「何のことか知らんが。我々を拘束しようとしても、その手には乗らんぞ」


 折角のいい気分が台無しだとばかりに、ぷりぷりしながら叔父は食堂へ向かった。


「何を勘違いして読んだのでございましょうか……残念でございます」






 執事から叔父についての報告を受けたモモは、


「そう……叔父様自らしっかり言質をとれたのだから、もういいわ。今後何が起きても。放っておきましょう。リチャードソンは仕事に専念して」


 これ以上業務を遅らせないようにと、モモは責任感から意気消沈する執事を慰めた。






 またそれから数日して。モモが執務室で仕事に没頭している時だった。


「ねえ。あたいのお気に入りのぬいぐるみ知らない? あら何よ。ふーん……こんないい部屋隠してたんだ。あった。失くしたと思ったらここにあるじゃない」


 と、従姉のユタは執務室にある彫琢品やら家具やらを一通りざっと見た後、執務机の上に置いた赤ん坊と同じ大きさと重さで今にも生きて動きそうなほど繊細に作られ王侯貴族が身に着ける本物と遜色のないドレスを着た少女の人形(なーろっぱにはフランスがないためフランス人形の説明ができなくてすみません)に気付くと、執務机の前にスタスタと近づき、勝手に自分が失くした人形だと言い張って左手で無造作に持ち上げた。


「まあ素敵。人形のくせに贅沢なドレスまで着せちゃって」


 モモはノックもなしにいきなり扉を開けて部屋に入ってくる礼儀知らずで不躾な人間がいるという驚きと、すっかり油断していたために、咄嗟に対処できなくて呆然としていた。しかしユタが手にした人形に気付き、これはいけないと人形を取り返そうと執務机から立ち上がり、ユタに近づいて阻止しようとした。


「あっ! いけません。それは」


 バシッ! 


 ユタの右手がモモの左頬を腫れあがるほど強く引っ叩き、よろけてモモは床に倒れた。 


「何よ。あたいのだって言ってんでしょうがっ! 邪魔するなら家から追い出すよ」


 貴方さっき、ぬいぐるみ探してるって言ってなかった? ……だめだめ。誓約書交わしてないのに説明できないし……それに邸から追い出されたら仕事が……と考えると、ユタに叩かれた頬がじくじくと熱をもって痛んだが、ユタの機嫌を損ねてはと考え、


「すみません。でもせめて、この部屋の中にあるモノは邸から外に出さないようにお願いします」


額を床に擦りつけて土下座をして頼み込んだ。


「やあだあ。何その恰好。ぷっ。そんなにこの部屋にあるモノが大事なんだあ」


 不様に床に土下座するモモを嘲笑しながら、さらにユタは入口近くの棚に置かれた、東洋の華やかな絵柄つきの高さが50cmくらいある花瓶をよたよたと持ち上げ、わざと床に落とした。


 ガシャンッ!


「あら、ごめんなさあい。素敵な壺だと思ってよく見たかっただけなのに。思ったよりも重くて落としちゃったわあ。面白くないけど、まあいいわ。今日はこれで勘弁してあげる」


 割れて砕けた壺の欠片を呆然と見たモモの指に嵌まった大きな宝石付きの指輪を目ざとく見つけたユタは、モモの指から無理矢理毟り取った。


「ほら、いいじゃない。まるであたいに誂えたようによく似合ってるわあ」


 人形と指輪を手にした上にモモが大切にしていると思い込んだ壺まで破壊したユタは、勝手に自分のモノにした部屋へ持っていってしまった。






 モモの油断のせいでもあるが、ノックもなしに図々しく執務室に入り込むようになった叔父たちに、お金に換算できないような彫琢品や、一国が買えるほどの道具を見つけられてしまい、モモは執務室から叔父に強引に腕を掴まれて追い出され、執務室から一番遠い日当たりの良くない物置部屋に執務書類だけ持たせられて移動させられた。


「仕事ができるのだから、ここで十分だろ。それに寝るのにちょうどいい寝具もあるようだしな。おっと、これらはお前に必要ないな」


 オジロはモモが身に着けていた、宝石をちりばめた髪留め、大粒の宝石を使ったイヤリング、黒真珠のネックレス、金の細工のブローチ、銀の透かし彫りの腕輪、全て強引に奪うと、他にも金目のものがあったよな、と執務室へ向かった。


 叔父に強く掴まれた痛む腕をさすりながらモモは、四畳半程度の狭くて掃除道具と古びた小さなテーブルと木箱と簡易ベッドしかない部屋を見渡した。確かに使用人用の予備のベッドはあったが、手入れはされていないし、ぎしぎし軋むし、硬くて埃は立つし、寝心地はかなり悪そうだ。


「……普通に寝られるようになるのだから、断然いいわ」


 それから徐に、さて少しでも居心地よくしないとね。掴まれていない方の腕で抱えさせられた書類をテーブルに置き、掃除しようとした時、心配して様子を見に来てくれた侍女長と、ラッピング(なーろっぱにラップがあるかわかりません)された簡単な軽食をトレイに持ったヤーマネの二人が入ってきた。


「オジロ様たちに見つからない内に終わらせましょう」


「わたしたちのことはお気になさらず。料理長もお嬢様の味方です」


「二人とも、ありがとう。ダグラスにもお礼を伝えて」


「さあ、さっさと掃除してお嬢様に快適な場所を提供しましょう」


 侍女長は黙ってモモの腕に軽い癒し魔法を使い、三人で掃除魔法をさっとかけた。侍女長とヤーマネが清潔なシーツや布団と枕を用意すると、叔父に見つかる前にと手早く軽食を食べたモモは、二人を部屋から下がらせた。






 それから別の日。叔母のオグロが、使用人部屋の前で栗色の髪のメイドの頬を殴り騒いでいた。侍女長は急いで現場に駆け付けた。


「この使用人は礼儀知らずにも、勝手にあたくしの部屋に入ったかと思ったら。ほおら案の定。失くしたと思っていたネックレスが出てきたじゃない。ホントいやになっちゃうわ。主人に似て手癖の悪い使用人が多いこと」


「ケープさん! 信じてください。オグロ様に掃除して欲しいからと呼びつけられただけなんです。部屋に戻ったら知らない間に首飾りが……私本当に盗んでなんていません! 助けてください」


「たかが使用人ごときが! あたくしの言と、たかが使用人と、どちらを信じるの?


 しかも何かにつけ、お嬢様が、侍女長がと。あたくしが今直ぐ行動して欲しいのに言うこと聞かないからよ! こんな使えない使用人。さっさと解雇しちゃって!」


「使用人の采配は、わたくしに一任されています。オグロ奥様。今後、勝手に使用人を呼びつけるのはおやめ下さい。最も、オグロ奥様が邸内を管理していただけるというのなら、わたくしは二度と口出しいたしませんが。


 ……あなたは下がって頂戴。悪いようにはしないから」


 メイドは侍女長の目配せで頷くと、黙って静かにその場を引いた。


 侍女長の威圧でさすがにオグロも怯んだ。


「わかったわよ。でもじゃあ、あたくしの部屋の掃除は誰がやっていただけるって言うの」


「それに関してはリチャードソンより、邸内に滞在する際に必要な書類にサインいただけなかった。オジロ様ご家族には必要ないから、そういう風に扱って構わないと確りと伺っております。ですので、気に入った使用人を新しく勝手に雇うなり、元男爵家から引っ張ってくるなり、ご自由にどうぞ」


「そう言えば、何か書類を見せられたって言ってたけど……そう。じゃあ勝手にさせていただくわ」






 それから叔父家族は、隠れてモモを気にかけてくれた使用人や、侍女長がいない隙に用事を言いつけたが侍女長からきつく言いつけられていると突っぱねた使用人を勝手に追い出し、遠戚の平民の知人や準貴族や叔父叔母それぞれの愛人を、新規の使用人たちだと言い張って承諾なしに入れ替えた。


 モモは叔父家族や彼等から、使用人が減ったからお前も働けと掃除や雑用を言いつけられて冷遇されたり、時にはムチで打たれたり蹴られたり暴力まで受けるようになった。


 料理人のダグラスが隙を見て差し入れてくれた食べ物も、トレイ事ひっくり返されたり、踏みつぶされたり、泥水をかけられて数日食べることができなくなった。




     *****


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