ー 11 ー 悠然・瀬音・結実
あの日と同じように、空が橙色に染まっている。窓から入って来た風は優しくカーテンを揺らすだけで、そこには何の悪意もない。唯、空気の流れを作るだけだ。照明が消え、外からの光のみで照らされている教室に、二人の少女が影を伸ばしていた。一人は椅子に座り、その椅子の正面に置かれた机にもう一人が軽く腰掛けている。
「……ねぇ、どう思う?」
「何がぁ?」
椅子に座った少女の問い掛けに、机の少女が首を傾げ質問で返す。
「って言うかぁ、全部実波たちのためにやってくれたことなんだからお礼が先じゃなぁい?」
首を傾げたまま椅子に座る少女にそう言った彼女の口調は、質問という形を取ってはいるものの同意を求めるそれだった。
「まぁ……そう、だけど」
やや消化不良といった様子で窓の方に視線をむけた少女は、ガラスに映る自分を見つめたまま小さく息を吐いた。
「……大丈夫なのかな?これからもずっとああなのかな?」
「大丈夫だよぉ!だってあの熱烈な英単ファンだよぉ?絶対大丈夫に決まってる!今日だって、きっと…」
机に座ったまま身を捩って友人の手を握ったそのとき、教室の扉が音を立てて開いた。普段は耳障りな大きな音でも、今日は天からの報せに聞こえる。
「「悠ぁ!」」
二人の声が重なり、彼女たち以外誰もいない教室に入って来た少女は普段通りの笑顔を見せた。
「瀬衣、実波。心配掛けてごめんね」
「ほんとだよぉ!急に倒れたりして、心臓止まるかと思ったもん!」
「ちょっと実波、あんまり悠にくっつかないでよ。病み上がりなんだから」
勢いよく悠に抱き着く実波と、それを引き剝がそうとする瀬衣。悠は「病気じゃないよ~」と笑っている。暫くの間主に悠と実波が戯れてから、瀬衣が悠に腕を伸ばす実波を確保した状態で尋ねた。
「それで、話って…大体予想は付くけど、何?」
穏やかな空気が溶け、辺りに緊張が走る。先程までと変わらない風が吹き抜けた。
「えっと…あのね?……私は────」
・・・❇︎・・・❇︎・・・❇︎・・・
あの日、陸橋の上で意識を失った悠は瀬衣と実波の手によって自宅に運ばれ、丸一日眠り続けた。目覚めたときに両親には適当な言い訳で誤魔化したため、悠が無茶をして一日の許容量以上の陰陽力を使ったことはバレていない。生まれてから十五年と数ヶ月、両親による強制訓練以外で力を使ったことがない悠だからこそ説得できたと言えるだろう。その後スマホを開いて瀬衣と実波との三人のグループに『放課後学校に行くから会いたい』とメッセージを送り、今に至る。
全てを話し終えた悠は、水筒の水を口に含んで乾いた喉を潤わせた。自分の出自から脈々と受け継がれる陰陽力に至るまで、悠がこれまで全力で隠してきたトップシークレットである。いくら仲の良い友人とは言え多少なりとも嫌悪感や拒絶の意を示すのではと思っていたが、二人の反応は驚く程気の抜けるものだった。
「え、すご」
「魔法使いみたいでかっこ良いぃ~」
二人とも瞳に何か入れたのではないかと思うくらいに光を灯らせ、寧ろ尊敬の念さえ抱いているかのような表情で悠をじっと見つめている。
「え、いや……気持ち悪いとかないの?」
困惑した悠が思わずそう口にするが、瀬衣と実波の方がそちらへの衝撃で真顔になっている。
「悠、何どこぞの主人公みたいなこと言ってんの?そーいうのは大体本人の勝手な思い込みなんだよ」
「トラックに轢かれて転生だって一般常識なんだからぁ、日本で魔法使えたって何ら可笑しいことはないでしょぉ~?」
結果、何故か悠が陰陽力の正当性について二人から言い聞かせられるという事態に陥った。
「……まぁ、そういう訳でね、私たちは悠がどんなに変な力持ってたとしても嫌ったりしないから」
「そーだよぉ~!実波も瀬衣も悠のことすっごく大好きだからねぇ?」
数分間陰陽力について交互に話し続けた瀬衣と実波は、いつぞやと同じように悠を両側からサンドイッチにして柔らかく抱き締めた。一瞬驚いたように瞳を瞬かせた悠だったが、様々な感情が混ざり合った、しかし喜びが大きな割合を占めた表情で口角を上げた。
「……うん。ありがとう」
カーテンを揺らした風が三人の髪を撫でていった。
「わ、悠、泣いてる?泣いてる?」「泣いてないし。……いや、ほんとに。私ドライアイだから」「もぉ、意地張らなくて良いのにぃ~」「ちょっと、実波まで。いや、ね?確かに泣く要素はあったよ?でも、申し訳ないけど泣いてない。心では泣いてたから許して」「来週は実波の家で大量の玉葱刻ませてやるぅ~!」「あ、来週は隼人くんとデートだ」「瀬衣ぃ、このリア充め!」「わー!ちょっと悠、急に飛び掛かって来ないでよ!悠にはジーニくんがいるでしょうよ」「だから、ジーニくんは彼氏とかそういう次元じゃ────」「ジーニくんに魂与えてさぁ────」「悠!陰陽力使って────」
三つの影を落とす夕暮れの教室に、やけに明るい笑い声が響く。
数年後、海外留学した悠が書いた『西洋における魔力と日本における陰陽力の類似点と相違点』という本が飛ぶように売れ、日本語版原作者である悠が英訳も担当し英語圏でも絶大なヒットを記録することになるのだが、それはまた別のお話。
お読み頂きありがとうございます。
これにて完結になります。




