ー 10 ー 果実と波と涼しい夏
悠の心も道案内のお陰で安寧を取り戻し、再びショッピングモールに戻った三人はアイスクリームを食べたりたまたま通り掛かったゲームセンターに入ったりして過ごした。その間瀬衣は紙袋に入った上下一式を大事そうに抱えたままで、特にハンドルとソファのような椅子が備え付けられているレースゲームをやっているときは非常にやりにくそうだった。因みにゲームは悠の圧勝で、容赦なく甲羅や爆弾を瀬衣と実波に投げ付けていた。淡々とした表情でハンドルを握る悠と始終笑い声や叫び声を上げる瀬衣と実波が対照的すぎて、周囲からすると同じグループには見えなかっただろう。
窓の方に目を遣ると、ブラインドの隙間から見える空が橙色に染まっている。「そろそろ帰ろっか」と名残惜し気に言う瀬衣に二人も同意し、夕焼けの陸橋の上を三人でのんびりと歩いていた。楽しかったね、と誰からともなく笑い合う。瀬衣が手に持つ紙袋に目を遣り、実波が何を思い出したのかその顔を喜色に染めた。
「ねぇねぇ、さっき涼くんから連絡あってね、来週デートすることになったのぉ!」
その表情を見るだけで、どれ程嬉しいのかが手に取るように分かる。悠と瀬衣が口々に「良かったね」「おめでとう」と称賛する。例年よりもいくらか涼しい夏の風を感じ、実波がとんっと一歩前に出てくるりと振り返った。
「涼くんはねぇ、冷たいように見えて実はすっごく優しいんだよぉ。最近は部活とテスト勉強が大変だったんだってぇ」
悠も瀬衣も涼介に会ったことがないため分からないが、幸せそうな実波に口を挟むことなく笑顔で相槌を打つ。ふいに左腕に視線を落とした実波は銀色に光るブレスレットを外し、二人に見せようと掌を前に出した。夕焼け色に染まった空間の中で、銀色のブレスレットはゴールドピンクにも見える。恐らく値段的にはそこまで高価ではないのだろうが、デザインが繊細で実波によく似合う意匠をしている。
「これ涼くんにもらってねぇ、可愛くなぁい~?」
そう言った実波が、陸橋の柵に身を預けた悠にブレスレットを手渡そうとしたとき。辺りを吹き抜けた一際強い風が三人の髪の毛や服を揺らし、それに気を取られた実波の指から銀色の物体が意思を持ったかのように滑り落ちた。不運だったのは、そこが陸橋の上だったこと。実波の手から離れたブレスレットは足元ではなく橋の下、多くの車が行き交う大通りに吸い込まれていった。
「や、嫌ぁ!待ってぇ~っ!」
悲鳴を上げる実波の叫び声と車両の音に搔き消され、道路に接触したかしゃんっという小さな衝突音は悠の耳に届かなかった。落下したのは道路の真ん中よりやや右側、丁度車のタイヤが通る地点だ。視線を道路の先に向けると、大きなトラックが轟音と共に実波のブレスレットへと迫っている。
「……嫌、嫌!嫌ぁあ~!」
落下したブレスレットと巨大なトラック。受け入れたくない状況を理解したらしい実波の悲鳴が、再度陸橋に響く。悠の脳裏に、『力は人生において最も重要だ』という両親の言葉が浮かび上がった。この家訓に心から賛同している悠にとっての力とは英語力であり、両親にとっては陰陽力である。しかし、悠が最も大切にするのは『友人たちと普通に生きること』である。二つの“importance”が交錯するが、トラックは既に目前に迫っており、迷っている暇はなかった。
「……あーもうっ!」
自分でも何に向けてなのか分からない苛立ちを口に出し、道路に向かって精一杯手を伸ばす。体内を廻る陰陽力の全てを銀色に光る小さな的に向けて放出し包み込んだ瞬間、一瞬だけ空間が歪んだような錯覚を覚えた。そのまま少しだけ道路の内側に移動させトラックのタイヤを回避してから、陸橋の上まで引き上げた。
「はい、実波。もう落としちゃ駄目だよ?」
「……あ…ありがとう」
涙を浮かべた目を真ん丸にして固まっているが、一応自己を取り巻く環境を理解する程度には脳が働いているようだ。しかし、実波の視線は涼介から貰った大事なブレスレットではなく悠に固定されている。瀬衣に至っては口を半開きにしたまま焦点の合わない目でぼんやりと悠辺りを見つめている。
どうにかしようにも言い逃れのできない状況を作り出してしまったのだから、取り敢えず二人の手を引いて駅に向かおうとした悠だったが、そうはいかなかった。
(あー……これちょっとやばいかも。一日に二回は不味かったかぁ)
徐々に回らなくなってきた頭を支えるように柵に凭れ掛かるが、頭痛も相まって体を支え切れなかった。その場に倒れるようにして、膝から崩れ落ちた。
そんな悠の姿を見て正気を取り戻した瀬衣と実波の声を最後に、悠は意識を手放した。
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10話のタイトルのテーマは、「実波と涼介」「実波と悠」。
次回、最終話です。




