ー 1 ー 魔法の力
陰陽術、呪術、妖術。西洋では主に魔法や魔術と呼ばれる不思議な理が、日本にも遥か昔から存在する。その呼び方は時代や場所によって異なるものの、力を持つ者たちはそれが義務であるかのように須く日本を脅威から護ってきた。ところが、科学技術の進歩と共に不可思議な脅威は説明のつく自然現象となり、次第に彼らは表舞台から姿を消した。
しかし、今日にもその力は途絶えることなく脈々と受け継がれている────。
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一人の少女がベッドの上で腕と足の間にクッションを挟み顎を乗せた体勢で、分厚い本を開いている。体が僅かに動く度に、柔らかそうな黒髪が肩の下で好き勝手な方向に跳ねた。両手で抱えるように持っている本の文字列を、両の瞳が忙しなく追っている。
時折ページを捲る音のみが聞こえる室内に、突如大きな声が響いた。
「悠、今日は陣の作り方を練習するぞ」
少女は表情を歪めるが変わらず本を読み続ける。部屋の外からは声が聞こえるが、無視してぱらりと薄い紙を一枚捲った。が、鍵が掛かっている訳でもない部屋に閉じ籠もっていられる筈がなく、ガチャリと音がして扉が開いた。
「悠!」
本に栞紐を挟み、少女は気怠そうに立ち上がる。
「あー、もう。分かったって」
「分かってるなら早く」
四十代の男性の後に続いて、少女が部屋から出ていった。後には、彼女が読んでいた分厚い本が残されているのみ。表紙にはこう記されていた。
『第9版 ジーニアス英和辞典』
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峯岡悠は一般的な家庭に生まれた一般的な少女だった。両親には普通に愛されていたし、学校で虐められることもない。身長も平均的、容姿も体型も極々一般的だと自負している。
しかし、そんな悠が周囲と少し違っていたのは所謂『魔力』、この国では『陰陽力』と呼ばれるものを持っていたことである。とは言え、それで何が他と違うことができるという訳ではない。千年程前は個人に宿る力がもっと強かったらしいが、力を持たない一般人との交配を何世代も繰り返した結果その血が薄まり、殆どの力が使えなくなっていった。現在を生きる彼らにできることと言ったら、精々物を少し浮かせたり何の意味や効果があるのか分からない陣を出現させたりすることくらいである。
ところが悠の両親、特に父が陰陽力を持つ者たちの社会的地位の復活に執着しており、当の本人が嫌がる中こうして毎日のように両親で悠に力の使い方の訓練をさせている。悠にだけ覚醒した強大な力が宿っているなどということもないため、今日も役に立つ未来の見えない陣の作成練習をする。
直径1m程の正円の中に正五角形と五芒星が描き上がったところで、悠はそっと溜め息を吐いた。
「……辞書の続き読みたい」
お読み頂きありがとうございます。
英和辞典のタイトルは、一応存在しない版になっています。




