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第8話 青の生命

あれから一週間。森の中は、閑静な陽射しに包まれていた。

 午前の日差しが“びょういん”の窓を照らし、外では鳥のさえずりが心地よく響く。調合室には、すでに整然と並べられた十本の薬瓶が、淡く輝いていた。

 それは、リーナとレインが協力して完成させた「長時間効力型・青魔法転写解毒薬」。 藍苔草から魔素のみを抽出し、古代法術の技法で精製した、完全な“命の瓶”。


「……これで十本。全部、同じ効能を保ってる」


 リーナが最後の瓶に封印栓を施し、息をついた。少し痩せた顔に、それでも達成感の笑みが浮かぶ。

 その時だった──扉が軽くノックされ、やや粗い声が響いた。


「よう、お二人さん。邪魔するぜ」


「タグスさん!」


 扉の前に立っていたのは、前回と同じく黒の外套を着た男──商人タグスだった。 以前よりも顔色が暗い。ひと目で、町の混乱が始まっていることがわかる。


「約束の一週間だが、その様子だと--あんたら、本当に“作った”んだな……?」


「はい。時間はかかりましたが、ようやく形になりました」


 リーナは慎重に薬瓶を一列に並べて見せた。どの瓶も、淡く光る蒼の液体を満たしていた。タグスは一つ手に取り、光にかざす。


「……まるで星明かりの小瓶だな。これが毒を消す……?」


 傍らでレインが頷いた。


「標本での実験では、2日以上効力が保たれた。携帯と使用に耐えるはずだ」


「こいつは……すげえ。マジで希望ってやつだぜ……!」


 タグスは先ほどの面持ちと打って変わって思わず口元を緩め、荷袋から小さな布袋を取り出す。それを机に置くと、じゃら、と重たい金属音が鳴った。


「これは約束の報酬。金貨三枚分だ。十本分、全部買わせてもらう」


 リーナは思わず顔を上げた。


「そんな、大金……いいんですか?」


「俺は商売人だ。それ相応の価値でしかものは売り買いしねぇ。この小瓶の本当の価値はわからねぇが、人の命が買えるってんなら、安いもんだろ?……そうだ、薬の名前、決めてあるか?」


「えっ、名前……?」


 リーナは戸惑ったようにレインを見た。彼は少しだけ考えて、静かに答えた。


「“アオノセイメイ”。──そう呼ぶのは、どうだろう」


「いい名だな。よし、こいつはこのタグスが責任持って、ハールの町まで届ける。命を繋ぐ青の光……必ず、必要としてる人のもとへ運ぶ」


 タグスはそう言って、薬瓶を丁寧に革袋にしまった。


「また必要になるだろうし、頼りにしてるぜ、“びょういん”の若先生たち」


 その言葉を残し、彼は荷を背負って軽やかに扉を出ていった。 遠ざかる足音の向こうに、確かな希望の気配があった。


「……やっと、届けられるんですね。誰かの命に」


 リーナの小さな呟きに、レインはただ頷いた。 風が窓から吹き抜け、蒼い薬の瓶たちがほのかに光った。

それはまるで、未来からの返事のようだった。

 それから、日々の風景が少しだけ変わった。

 “びょういん”の奥の棚には、新たに用意された魔法薬の小瓶が、静かに並んでいる。藍苔草を主成分とした《アオノセイメイ》は、簡易的なラベルと共に瓶詰めされ、定期的に補充と検査が行われるようになった。

 レインとリーナは、解毒薬の一件を経て、より多くの人々を救いたいという想いを新たにしていた。

 レインは患者に合わせた治療の手順を考え、リーナは法術憲章の解読にさらに熱意を注いだ。古文書は難解で、時に数行を読み解くだけで一日が終わることもあったが、彼女は諦めなかった。


 ──それから数日後。

 調合室の机に、蝋燭の火が揺れていた。日が暮れた後も、リーナは憲章の前に座り続けていた。

「……ここも解けた。よし、これで二十ページ目……!」

 声には疲れがにじんでいたが、その瞳は達成の光に満ちていた。そして──その時だった。

「……『癒術暴走』……?」

 ふと目にした一節に、彼女の指が止まった。

 そこには、こう記されていた。

 > “癒術暴走ゆじゅつぼうそうとは、術者が患者の症状を特定せずに魔法を注入することにより、本来癒すはずの器官以外に干渉し、予期せぬ反応──発熱、痙攣、さらなる臓器の損傷などを引き起こす現象である。”

 リーナは顔を強張らせた。そしてすぐに、傍の椅子で資料を広げていたレインに声をかける。


「先生……これ、見てください。『癒術暴走』って……」


 レインは紙面に目を落とし、眉をひそめた。


「……魔法の“治癒”にも、危険がある……ということか」


「……今まで、患者さんの状態を詳しく見ないまま、青魔法をかけてましたよね。傷を見て、熱を測って、それで十分だと思ってた。でも──」


「内側に何が起きているかを知らずに、魔力を流し込むことがどれだけ危ういか……それすら知らなかった」


 二人の間に、静かな沈黙が流れた。

 レインはゆっくりと立ち上がり、薬棚の前に歩み寄る。そして、小瓶を一つ手に取ると、それを見つめながら呟いた。


「……俺たちはまだ“癒し”の入り口に立ったばかりだ。だが、それでも歩いていける。患者のことを、もっと知る。症状を見極めて、正しい魔法を選ぶ。今までは、それを怠っていたのかもしれないな」


 リーナは頷いた。


「もっと勉強しましょう。法術憲章を解いていけば、きっと他の病気や怪我に関する術や知識も出てくるはずです」


 レインは深く頷く。


「“びょういん”はただ魔法をかける場所じゃない。正しく診て、正しく癒す──そういう場にしていこう」


 月の光が、静かに差し込んでいた。

 “びょういん”にとって、それはただの夜ではなかった。──“診ることから癒す”医療の幕開けだった。

ここまで読んでいただいてありがとうございます!

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