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第13話 祈りじゃない救い

 朝の光が、邸宅の窓からそっと差し込む。

 夜の闘いが幻だったかのように、柔らかな風がカーテンを揺らしていた。


「……落ち着いてるな」


 レインが小さくつぶやく。

 寝台の上では、患者の男性が静かに眠っていた。

 肌の発疹は消え、呼吸も深く穏やかだ。頬に色が戻り、脈も安定していた。

 リーナはその様子に目を細めながら、そっと手を重ねる。


「本当に……助かったんですね。先生の魔法で」


「いや、それだけじゃない」


 レインは静かに視線を横に向けた。

 そこには、椅子に座って記録板を見つめるメルキオルの姿がある。


「この病気が何かを突き止め、体の状態を丁寧に診てくれたのはメルキオルだ。俺だけじゃ、ここまで正確に病巣に届かなかった」


「……私なんて、ただの村人ですよ。村長でも、教会の聖職者でもない。ましてや魔術師じゃない」


 そう言いながらも、メルキオルの目には、確かな光が宿っていた。患者の生還。その奇跡を、自分がわずかでも支えられたという事実が、彼の心の奥に灯をともしていた。

 レインは一歩、彼のほうへ近づく。


「それでも、俺は君を“必要だ”と思ってる。今の世の中には、“病気と向き合う”という当たり前のことをできる人間が、あまりにも少ない。だから──」


 彼は手を差し出した。


「一緒にやらないか。“びょういん”を。俺たちと一緒に、人を救う場所を作ってほしい」


 リーナもそっと頷く。


「私は、癒しを“異端”と呼ぶ世界を変えたい。病を罪として扱い、治せる力を封じてきた社会が間違っていたって、ちゃんと証明したいんです」


 しばらく沈黙が落ちた。

 メルキオルは、遠くの窓の向こうを見つめていた。

 そこには、祈るだけで何も救わなかった教会。

 無数の家族が死に、涙を流しても、ただ神に感謝するよう強制された時代。

 それを知っているからこそ──彼は、唇を噛み締めた。


「……私の母は、父を病で失った時、村の教会にすがりました。でも、あの神父は『これは試練だ』って言っただけでした。父を救う方法なんて、一つも教えてくれなかった。その時、私は確信したんです。──祈りだけじゃ、人は救えないって」


 彼の声は淡々としていたが、その奥には痛みと、静かな怒りがあった。


「……わかりました。私もやります。あなたたちと一緒に、始めさせてください。“祈りじゃない救い”を、信じたいんです。」


 レインは頷き、リーナは思わず笑みを浮かべた。

 それは希望の瞬間だった。たった三人、けれど確かに始まった、新しい形の“癒し”であった。

 するとハクガク宅の扉が静かに開いた。振り返ったリーナが驚きの声を上げる。


「……ハクガクさん!」


 玄関先には、少し土埃をまとった旅装のまま、村長ハクガクが立っていた。疲れた表情の中に、わずかな緊張の色がある。彼は足早に室内へと入り、レインの姿を確かめると、すぐに扉を閉めた。


「ちょうどよい。急ぎ、話がある。」


 その一言で場の空気が変わった。


「王都はどうでしたか」


 メルキオルが問うと、ハクガクはしばらく黙し、炉の傍に腰を下ろした。


「……“審問”が始まった。王都では、教会の異端審問官が動き出している」


 その言葉に、リーナが息を呑む。


「まさか、“びょういん”のことが……?」


「正確には、“癒しの異端がこの辺りに潜んでいる”という噂だ。名前までは出ていなかったが、――“ソワン”という言葉を口にする者がいた」


 レインの表情が凍る。


「……俺のことを?」


「そうだ。レイン、お前の名は出ていなかったが、特徴を曖昧にぼかして、“過去に癒しの青い魔法を使った者が北の村に隠れている”と。異端審問官がこの地方に派遣されるのも時間の問題だ」


 部屋の温度が下がったような沈黙が落ちた。ハクガクは真剣な眼差しでレインを見据える。


「いいか、絶対に勘付かれてはならん。今この瞬間から、“お前がソワン族の末裔だ”と悟られただけで、全てが終わる。治療を施したことも、今の“びょういん”も、村もろとも火をつけられるだろう」


「……わかってます」


 レインは静かに頷いた。それでも、握りしめた拳は震えていた。

 自分が動いたことで、周囲に危険が及ぶ。そんな恐怖と罪悪感が、彼の中で膨らんでいた。


「しばらく身を隠せ。森の奥、旧い祭殿跡がまだ残っている。教会の地図には記されていない場所だ。そこなら、追手の目は届かないだろう」


 リーナが思わず身を乗り出す。


「でも、それじゃ“びょういん”が……患者さんたちはどうなるんです?」


 ハクガクは穏やかに言った。


「誰も、何も終わらせるとは言っていない。ただ、“知恵ある逃げ”だ。すべてが終わるまで、ほんの少し、時を稼ぐだけでいい。審問官に誤認させれば良いのだ。”村にソワンはいない”と。」


 レインは視線を落とし、そっと拳を解いた。

 彼の横で、メルキオルが立ち上がる。


「私も同行します。あなた方が動けるようにするには、誰かがそばで支えなければ。戦えるわけじゃありませんが、せめて知識で支えられます」


 その言葉に、レインはわずかに目を細めた。

 この闘いは、始まったばかりだ。だが同時に、彼らには仲間がいる。そして、希望もまた。

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