78.愛
ハルヴィンの身辺調査を続けるため、グレアムを頼ることは決定した。――がこんなにもすぐ行動するとは思わなかった。
俺とイヴィアナは、あの後すぐに下町を離れて再び貴族街に向かっている。今日は大聖堂に行ってから下町に行き、それから貴族街に戻っている。こう考えると何だかんだ帝国の観光を楽しめているかもしれない。
――そんな訳ないか……
今は本来グレアムを誘拐――ではなく、勧誘をする日程よりかなり前だ。出発前に俺は「大丈夫なのか?」と声をかけた。運命は繊細で気難しい。選択や時期を少しでもずらすと、思いがけないことが次々に起こるのだ。
これにイヴィアナは「自分から掴みに行くんだよ。何でもいいから無理やりきっかけを作って仲間にすれば大丈夫!」と滅茶苦茶なことを言っていた。
――でも、それが心強いとこはあった。
そもそもなんですぐグレアムに会いに行こうという話になったかと言うと、全く記憶がない。本当にいつの間にかそう言う話になっていた。俺はそんな無茶なことは即刻否定するはずだが、イヴィアナの勢いに俺が対応しきれなかったようだ。
「そういえばイヴィアナ、グレアムが仲間になるんなら2人で話せる機会も少なくなるから話しておきたいんだけど……」
クリーエ家までイヴィアナの杖に跨って移動している最中だが、言わなければならないことを忘れていた。
「なになに?私と2人きりがいいってこと?」と、前で操縦するイヴィアナは俺にぐりぐりと頭を押し付けてきた。
「当たり前のことかもだけど、グレアムにはあんま話さないでよ」
イヴィアナは「ええ?」と言って、俺を見つめてきた。周囲に障害物はないが、なんとなく前を見て飛行して欲しいところだ。
「元からグレイには言うつもりないよ?まあでも……グレイには何だかんだ色々バレちゃうんだよね」
「少しでもバレないようにしてよ」
正面を向き直ったイヴィアナを訝しげに見つめた。俺やシェリロル、エリィと違ってイヴィアナとグレアムの2人は何十年間も隣にいた幼馴染。互いに誰よりも信頼できる人間だろう。だからこそ、少し心配だった。
「グレイなら詮索するようなことしないから平気」彼女の声音は少し弾んでいた。「というより、2人で話せる機会が少なくなるってそんなことないよ。自由行動の時とかあるよね?」
「お前、それ本気で言ってるのか?」
――もしかしてイヴィアナもグレアムも自覚ないのか?
「なに?どういうこと?」
勢いよく振り向いたイヴィアナの髪に顔面が攻撃された。ちょっとちくちくする。
「グレアムとイヴィアナ、お前たちだいたい2人で出掛けてるだろ。そりゃ言わないか心配するし、イヴィアナと2人で作戦練る時間もない!」
冒険の途上、都市や村落を訪ねると基本的に数日から数週間滞在する。その滞在期間はパーティーメンバーと四六時中共に生活する訳ではなく、自由行動だ。
それでも毎度ではないが、イヴィアナとグレアムが2人で散策している姿は頻繁に見る。それにあの2人は宿屋も同じ部屋だ。
――どう考えても倫理観がズレていないか?
エリィも同じ部屋ではあるが、年頃の男女が密室で一晩を過ごして何も無い訳が無いと考えるのは当然だ。
――まあ、それで本当に何も無いのがイヴィアナとグレアムなんだけど……
前進していた飛行が止まる。俺たちは空中で風に晒された。不思議に思って様子を覗くと、イヴィアナは「えぇ」と小声を漏らしながら熟考していた。
「そんなことない……と思うんだけど……?」
イヴィアナは頭をかいて自信なさそうに呟く。
「何回も冒険してみてきてるんだ。信用できるだろ」
「え〜?分かったよ、気をつける」イヴィアナは悄然とツインテールの毛先を弄る。「リアトが話したいことあったら普通に誘ってよ?私も誘うし。そのくらい誰も不審に思わないでしょ?だって仲間と出かけるだけだもん」
「そりゃそうか……」
「でも、作戦とか話したいことあるなら前日には言って!グレイと出掛ける時、前日の夜に決めること多いから」
「はいよ……」
――結局、グレアムとか出かけるんだな……
そして再びクリーエ家に向けて前進した。上空飛行は肌寒いはずなのだが、イヴィアナの杖の先端から放射されている炎のおかげで寒さが軽減されている。
「お前たちって付き合ってないの?」
意を決してついに聞いてしまった。
初めての冒険からずっと頭の片隅にあった考えだ。どう考えても幼馴染にしては距離が近すぎる。イヴィアナは俺にも距離が近いが、グレアムと話す時は恋人同士にしか見えないのだ。
俺の質問にイヴィアナは狼狽えると思っていた。だが、飛行を停めることなく問題なく進み続けたままだった。
返ってきたのはあっけらかんとした「え、なんでそうなるの?」という言葉。
――なるほど、狼狽する要素がイヴィアナにはないのか……
本当に純粋な友情心でグレアムと交流しているということだ。
「え、……ええ??そ、そりゃ〜……だって、絶対付き合っててもおかしくない距離感だから!」
――何故か俺が狼狽えている。
「距離感?昔からずっと変わんないよ?」
イヴィアナは淡々と話した。
――少しくらい動揺してくれたっていいのに……
「グレアムのことは好きなの?」
「好きだよ?大好き」と言って前を向きながらピースを掲げた。
――え?それが"恋愛"じゃなくて"友情"だって言いたいの?
――ワケが分からない!
相手が鈍感グレアムじゃなかったら絶対に勘違いしている領域だ。
「でもリアトのことも大好きだし、シェルもエリィも大好き」
俺は唖然と固まる。なかなか会話を繋ぐ言葉が思いつかなかった。
つまり、イヴィアナはグレアムに対する感情と俺とシェリロル、エリィに対する感情の重さの天秤が水平だと言いたいのだ。
――そんなわけない。
「そ、そうなんだ」
俺の口からはぎこちない相槌しか出てこなかった。
「でも恋仲なのかってよく言われてた」
「そうだろうな」
名門貴族なら幼少期の頃に婚約していてもおかしくない。周囲が二人の仲を取り持つこともあるだろう。イヴィアナとグレアムはなぜ婚約まで至っていないのか。
「そういうのどうでもいいから気にしてなかったな〜。それに今は愛するみんながいるから、グレイにだけ愛を注ぐことはしないよ」
俺も仲間のことを愛している。命に変えても守りたい存在だ。しかし、イヴィアナの愛は俺の感情を遥かに超越した執念に聞こえる。
その"愛"に執着したイヴィアナに俺は少しの恐怖心を抱いているかもしれない。俺はまだ彼女の全てを知らない。
イヴィアナはなぜそこまで俺たちのパーティーに固執するのか。マルシュを焼き殺した時のイヴィアナは猟奇殺人鬼さながらだった。
イヴィアナの復讐心は明らかに過激で異常だ。
――いや、これが普通のイヴィアナなのか?
俺は彼女の腰に回していた手を少し緩めた。
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