75. 5人の帝国魔道士
「カソリゾイ」
俺は名を呼ぶ。カソリゾイは嬉しそうに顔を綻ばせて俺の言葉を待った。虚ろながらも輝る白い瞳から送られてくるのは、友愛の視線だった。彼は俺に対して色々と距離が近い気がするのだが、気のせいだろうか。
「イヴィアナって、帝国魔道士の中でも結構な実力者なの?」
俺の質問にイヴィアナが「当然でしょ!」と口を挟んだが、そういうことでは無い。他人からの評価を聞きたいのだ。
「おや、若は予に何をくれるのかな?」
「え?」
戸惑う俺を前にカソリゾイは口角を上げたまま無言で佇んだ。
──ああ、なるほど。
イヴィアナの質問に答えたのはイヴィアナが帝国魔道士に復帰するという条件があったからで、俺もカソリゾイに何かを与えれば答えてくれるということか。
──いや、カソリゾイは神か何かか?
そう突っ込みそうになったが、質問をしている身だ。やめておいた。
──"運命を操る魔法"を使える帝国魔道士が望むものって何だ?
いくら思考を巡らせても何も思いつかなかった。期待の眼差しを送り続けられるのも気まずい。こういう時は本人に聞くのが1番だ。
「俺が与えてやれる範囲内で、何か欲しいものあるか?」
カソリゾイは「ふむ……」と厳かに唸って俺の全身を下から上に見た。
──まさか悪魔契約のように片腕が欲しいとか言い出さないだろうな?
恐怖で訝しげな瞳をカソリゾイに向けた。そして、彼の視線が頭部に至ったところで、瞬きが止まった。彼は目を瞠る。
「それが欲しい」
カソリゾイが指したものは髪留めだった。金色のアメピンで小さな花柄の装飾が施されている女性物だ。安定させるために片側に2個連ならせてつけているが、ひとつくらいなくなっても構わないだろう。
俺は金色のアメピンをひとつ抜き取る。同時に抜けた毛を払ってカソリゾイに差し出した。
「ちょっと!リアト、そんな大事そうなもの渡していいの?!」
手に取ろうとするカソリゾイを差し置いて、イヴィアナは髪留めを乗せた俺の手を覆って止めた。
「まぁ、これ多分貰い物だとは思うけど、元の世界にいた時の記憶ほとんどないし、1個残ってるし大丈夫大丈夫。こんなんでいいなら逆にって感じ」
「ううん……リアトがいいならいいけど……」
イヴィアナが手を退けると、カソリゾイが髪留めを受け取り、早速髪に付けていた。前髪の触覚に付けていてあまり髪留めの効果を感じられていなさそうだが、嬉々として付けてくれているなら文句は言わない。
「そうだな、イヴィアナは帝国魔道士の中でどうかという話だが──ふむ」
「そんなの私が答えればいいのに、髪留めなんかあげちゃって……帝国魔道士の中ででしょ?私だってそこそこ強いはずだし……」
イヴィアナはカソリゾイをちらちらと見ている。自分がどう評価されるのか気になるみたいだ。
「現在の帝国魔道士はイヴィアナ含め5人」カソリゾイは手のひらを広げて5を作った。「"命の制定者"のカソリゾイ。先刻会った"真の断罪人"ルールレ・スォルメル。あとは"夢寐の行人"ソレーヴ。"不敵の覇者"ヴォニ・ウールリュペス。そして"慈愛なき劫火"イヴィアナ・フレイン。リアトはこの中で誰が嫌かな?」
「え、ええ……」
──ソレーヴ……さっきイヴィアナとカソリゾイが言っていた人だ。やはり帝国魔道士だったのか……
カソリゾイが述べたこの5人が、国ひとつを滅亡させれるほどの圧倒的な力を持つ帝国魔道士。
帝国魔道士に冠せられた称号──?いや、付けられた異名は決して褒賞ではないだろう。人々が畏怖と尊敬を綯い交ぜにして、震えながら崇拝する意を込めた"異名"だ。
帝国魔道士は人々が憧憬し、尊敬する偉大な魔法使いではなく、世界を掌握できるほどの力を持った帝国の圧力──兵器なのかもしれない。
異名だけで考えるならばやはり"不敵の覇者"が1番分かりやすく、厳かな存在感を放っているように思える。
「全員やばそうだけど、"不敵の覇者"ヴォニ・ウールリュペスさんがちょっと怖いかもしれない……」
「ほう?見えない者に畏怖する心理は至極当然だよ。だが、命の軌跡を自由に操れる予を前に戦かないとは……些か軽侮しているのではないかな」
カソリゾイは俺の手に触れて陰険に笑った。運命を操れるということは俺の運命も即刻破滅ルートに切り替えられるということだろうか。そんな残酷なことを彼は考えているのか……?
──怖すぎる。
「帝国魔道士とはこの世界帝国における最上級の魔道士だよ。予は他の帝国魔道士には勝てないだろうし、他の帝国魔道士も予に勝てない。それは数年前に帝国魔道士になった初々しいイヴィアナも例外ではない。帝国は妥協で帝国魔道士を選出しないからな。彼女も予と変わらぬ力を持った帝国魔道士なのを忘れてはいけないよ」
イヴィアナは口を抑えて嬉しそうに笑っていた。カソリゾイが自分をそこまで評価すると思わなかったのだろう。
単なる炎魔法が運命魔法という複雑奇怪な魔法と拮抗するとは想像だにしなかった。魔法の種類によって実力が決まる訳ではない。努力や才能次第でイヴィアナのように化ける存在もいるのだ。
「わかった。ありがとう」
その後、カソリゾイに暇乞いをして波乱万丈の侵入劇も幕を閉じようとしていた。カソリゾイから貰った情報は有難いという言葉に収まらないくらいだ。
「あ、カソリゾイ」言い忘れていたことを思い出して振り向くと、やはり彼の表情は歓喜を表していた。「もし運命を超えてもお前はもう1人じゃないからな!そのヘアピン俺だと思っといて。またな!」
カソリゾイは身動ぎもせず、依然と不敵な笑みを浮かべて俺を凝視した。別になんの反応も無くても構わない。
──俺の気持ちが伝わるといいけどな……
俺は"運命を渡る"を使った後の質問の意図を解釈し直したのだ。
カソリゾイは「どう足掻こうと若らはこの世界の人間ではないのだよ」と言った。俺はこの世界に来た時、この世界で時間が巻き戻った時と、この世界から疎外感を感じることが多々あった。
特に、やり直した時の世界は、知っている世界のはずなのに俺自体が確実に"異物"であった。あの不可解で曰く言い難い感覚は耐えられるものではない。
俺は、運命を渡った時にカソリゾイが"どうか"と聞いてきたのは、彼の孤独を"共感"して欲しかったと解釈した。
だが、平然と俺の発言を聞き流すあたり既にその域は超えているのかもしれない。100年以上も生きて運命を渡っていれば過ぎ去った話題だろう。
カソリゾイは表情を崩さないまま、小さく手を振って送ってくれた。彼が幸せに暮らせているのならば、それでいい。
──兎にも角にも、またカソリゾイに会えたらいいな。
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