73.運命を渡る
礼拝堂外の謎の脅威に、俺の身体は些か震えていた。こんな序盤で状況が大幅に変化するのは勘弁して欲しい。まだグレアムにも出会っていないというのに。
「ただの警備交代に怯えすぎだってリアト」
イヴィアナは俺の頬に人差し指を沈めて、くすっと笑った。
「や、バレたかもって誰しも思うじゃん」
不貞腐れながらもカソリゾイに目を遣ると、彼は未だに扉を注視していた。
「どうした?カソリゾイ」と彼の名前を呼ぶ。
カソリゾイは「ふう」と息を吐く。何を考えているのか読み取れない。
「今更の登場か……」
そう言って彼は好奇心をそそられた子供のような表情で扉に向かって闊歩した。扉に触れ、俺たちを愉快そうに一瞥する。
瞼を閉じて耳を澄ますと、扉外での会話が微かに聞こえた。どうやら礼拝堂内は防音になっているが、外の音は聞こえるような魔法を用いた建築のようだ。
「……夜分遅くに如何なされましたか」
これは警備兵の声だ。近くに目上の者がいるような口ぶりをしている。
「カソリゾイに用があって来たのだが、中から妙な魔力が感じられる。客でも招き入れたか?」
中性的な声をしているが、その口調から横柄さを想起できる。この声の主が警備兵を慇懃にさせる要因だろう。
「ルールレ?なんでここに……まずいね」
イヴィアナは立ち上がって杖を持ちつつ、顎に手を当てて思考し始めた。先程まで悠々と俺の頬を突っついてたくせに、今更狼狽している。
「ルールレって誰だ?」と首を傾げる俺にイヴィアナとカソリゾイは目を丸くして、溜息を吐いた。またもや非常識人が露呈したようだ。
──いやいや、イヴィアナは俺の非常識さを知っているんだからもう驚かないで欲しい。
「ルールレ・スォルメル。"真の断罪人"と呼ばれる帝国魔道士の1人だよ」
イヴィアナは呑気に人差し指を立てて教えてくれた。
「帝国魔道士!?なんでまた!?!」
つまり今この周囲には5人中3人の帝国魔道士が居るということだ。なんという身の毛もよだつような話だろうか。
「それは知らない。他の帝国魔道士ならまだしも、1番面倒なルールレなんて……」
不意にイヴィアナは瞠目してカソリゾイを見遣った。「まさか……」と言って睨めつけている。
──そのまさかカソリゾイが呼び立てたわけではないよな?
俺とイヴィアナの怪訝な視線にカソリゾイは肩を竦めた。
「反逆者が来訪するというのに、警戒しないわけが無い。違うかな?」
不敵に笑うカソリゾイに背筋が凍った。今まで知己で話していたが、帝国魔道士はどう考えても敵だ。
「それにしても、ルールレなんて趣味が悪い。捕まった途端断罪じゃん」
イヴィアナはどすどすと音を立ててカソリゾイに近づき、長駆のカソリゾイを必死に見上げて睨んでいた。
──イヴィアナは首が痛そうだな。
そんな下らないことが頭に浮かんだ。
「戦闘能力のない予ならば、致し方ない考えだろう?でもまぁ……若らに敵意がないとわかった今、ルールレは不要だ」
カソリゾイはイヴィアナの肩を押して遠ざける。そして扉にもたれ、隙間を作るように少しだけ開けた。
「ルールレ、ここではおさらばだよ」
『運命を渡る』
カソリゾイが詠唱した後、隙間が作られた扉が乱暴に開かれた。
「おいまて、カソリゾイ!きさまは一体何──」
スクエア型の眼鏡をした短髪の少年と目が合った刹那に視界が歪んだ。だが、ひとつ瞬きをすると先刻と変わりない礼拝堂に俺は佇んでいた。
ルールレの声も、騒然とした雰囲気も全て打ち消された。曰く言い難い違和感に襲われた。俺は冷や汗を垂らしながら無意味にも四顧する。
イヴィアナは眉間に皺を寄せて、両掌をまじまじと見つめていた。
「どうかな?」と、腰を屈めたカソリゾイは俺を覗き見る。いつの間にか鼻の先ほど接近されていて、俺の眼鏡を我が物顔で着けていた。
「それ俺の……なんだけど……」
「ふむ、そうだったかな?」カソリゾイは眼鏡を外して、俺に掛け返した。「若らは予の力で時空を越えてしまった。感覚としてはどうかな?どう足掻いても若らはこの世界の人間ではないのだよ」
カソリゾイは指を唇に当て、俺たちを淑やかに嘲笑っていた。俺たちは彼の魔法で時空を越え、"ルールレが礼拝堂に訪れない"世界線に移動したようだ。時空軸は異なっているが、時間軸が同じだから違和感も多少しかない。
「特に……あんま、感じないかもしれない……?え、でもあの絶体絶命の俺たちはどうなったの?俺たち飛んだってこと?」
前いた時空の俺たちの運命はどうなっているのだろうか。そもそも俺たちが飛んだこの時空には元の俺たちは存在したのだろうか。多くの疑問が引っかかる。
「それは予にも不可知なこと。予の関知しない運命に興味などない」
カソリゾイの言うとおり、確かに今の自分の関係ない話はどうでもいいかもしれない。
──いや、だとしても気になる!
とりあえず、今の俺は厄介な帝国魔道士ルールレ・スォ……なんとかから逃れられて安堵した。
俺はいとも容易く時空を越え、都合の良い運命を選択できるカソリゾイの人生に羨望してしまった。その力さえあれば俺たちの死の運命も退ける選択ができるというのに。
「あんたは時空を超えることになにか感情でもあるの?私は全くなかったけど」イヴィアナは依然と冷徹に言う。「というか、運命──時空を超えたってことは何か変わったりするの?」
「多少の変化はあるよ。だが、若らの結末は変わらないだろうね」
泰然自若として崩れなかったカソリゾイの面持ちが、幾許か悲哀を含んだ気がした。先刻の言葉に秘められた哀切さも、声音の少しの震えも俺には伝わっていた。
──彼は俺たちに何の"共感"を求めていたんだ?
カソリゾイは黒蝶真珠の耳飾りに触れ、虚空を見つめた。それから背を向けて祭壇に登り始める。祭壇の裏にでも寝床があるのだろうか。
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