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69.命の制定者


 俺が()()だと知っているならば、同じようにやり直しをしている可能性もある。

 

 俺は敢然と声の方向に顔を遣った。杖を申し訳程度に構える。思い切り杖を向けるのは敵意がなかった場合、非常に気まずく申し訳ない思いをする。だから、動きが控えめになる。あまり良くない癖だろう。


 あの囁き声がした方向を一瞥したが、誰もいなかった。


 ──どこに行った?俺の聞き間違いか?


「久しぶり?()()()()()


 イヴィアナは祭壇の方を向いて誰かに話しかけていた。視線に追随すると、灰色がかった桃髪を足元まで伸ばした女性?──が祭壇で悠然と頬杖をしていた。


「ふむ、そうだなイヴィアナ」


 月明かりに照らされた瞳は真っ白く色素がなかった。万物凌駕のミレとは異なる奇異さを持ち、その空虚さに吸い込まれる。

 

 次の瞬間、カソリゾイは俺の頬を手のひらで優しく包み、長駆を曲げて俺の顔を覗き込んでいた。


 ──いつの間に移動した!?


はカソリゾイ。今宵は珍奇な運命を見れたものだ」


 自己紹介を終えると、頬からそっと手を離して後退し、俺に全体像を見せてくれた。くすんだ桃髪は2mほどある体躯より遥かに長く、床に垂れさせている。虚ろでありながら奇異なひかりを放つ瞳は一見威圧的にも見えるが、朗らかさも感じ取れた。


 ──老、人…?


 ──男性……いや女性?


 容姿を見た途端に過ぎった疑問だった。イヴィアナは()と言っていた。それに耄碌もうろくしているだとか、人生の先輩とかも言っていた。だが、眼前にいる"めいの制定者"は20代前半の()()に見える。


 カソリゾイは俺をじっくりと見続けていたが、イヴィアナが「ちょっと?」と口を挟んでくれたお陰でその視線がイヴィアナに移った。

 

 邪な感情はないのかもしれないが、感情の計り知れない超然的な態度や視線に思わず邪推してしまう。


「なんだイヴィアナ。面白い運命でも運んで来たのか?」

「あんたに聞きたいことがあったから来たの」


 イヴィアナは東雲色のツインテールを高飛車に払って言う。

 

(なんじ)はそもそも反逆者と喧伝されていたよ?そんな権利があると思うのかな?」


 俺の体が反応して少し動いた。イヴィアナは皇帝に狼藉ろうぜきを吐いて反逆者となった身で、いつ殺されてもおかしくない。帝国魔道士にイヴィアナの抹殺命令が下されている可能性もある。


 出会ってすぐに拘束されなかっただけマシなのだ。


 ──いや、まさかカソリゾイは他の帝国魔道士より温厚だと分かっていたから接触したのか?


「ご忠告どうも。あんたにその気がないことくらいわかる」


 イヴィアナが冷淡に返すと、カソリゾイは微笑を見せた。


「しかしながら、予はそう易々と答えるほど都合が良くないよ」

「えー、別にいいでしょ?あんたは減るもんないし。お願いだから聞いて」


 イヴィアナは稚拙に足をバタバタさせる。そんな態度で易々と教えてくれるのだろうか。

 

「おや、それは些か予のことを侮っているのではないかな?」

「いつも互いに警戒してるでしょ」


 物々しい雰囲気の静寂が礼拝堂を包み込んだ。イヴィアナとカソリゾイは何も言葉を交わさず、目線だけで威嚇し合っている。


 ──怖すぎる。


 俺は極力音を立てないように生唾を飲んだ。


「"慈愛なき劫火ごうか"イヴィアナ・フレイン。陛下がなんじの帰還をご所望している。若が帝国に帰るというのなら、この見識を授けよう」


 "慈愛なき劫火"──その異名は初耳だった。


 言葉の意義から、敬われる帝国魔道士というより冷酷非情な印象を受ける。以前クリファイドに"大火力"と呼ばれていたことから、その異名が喧伝されていると思っていた。


 あの明朗で義侠心の高いイヴィアナが恐れ呼ばれているなんて想像がつかない。といっても国の上層に立つ者は数多の人々に憎まれやすく、印象操作されていてもおかしくないだろう。


「どうせ私を処刑したいだけのくせに」


 くすっと笑ってイヴィアナはカソリゾイを睨んた。

 

「殺される危険性がないと踏んでるからこそ反逆者のなんじが帰ってこれたのだろう?わかっているというのに白々しい。帝国は若のような逸材に畏怖し、憧憬を持ち、尊敬の意を評して()()したいのだよ。他の帝国魔道士を見れば瞭然だろうに」


 ──イヴィアナが、帝国魔道士がヘズ帝国に畏怖される存在?


 他国ではその圧倒的な実力に畏怖している印象を受けたが、帝国内まで恐れられているとは思わなかった。もしかすると、帝国魔道士に冠せられる異名は栄光の称号ではなく人々の怖れから来るものかもしれない。


 俺が見ていたイヴィアナはほんの一部でしかない。本当のイヴィアナは明朗で義侠心の強い少女なのだろうか。


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