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67."神の国"ヘズ帝国


 神に祈るイヴィアナを見つめた。その姿は教会で祈る信者さながらで、俺は幾許の近寄り難さを覚えた。日本は基本無宗教だったからか、馴染みがない。


 「よし!」とイヴィアナが果敢に立ち上がって、俺を見遣る。


 暫く俺を見つめてくるので、「んう?」と声を漏らしながら首を傾げた。


「ちょっと不安でしょ」イヴィアナは絢爛たる装飾の杖を俺の額に当てた。「大丈夫だよ。なんてったって、私は帝国魔道士だからね」


 俺の心奥にある不安を見抜かれていたようだ。八斬りのシュラクぺですら勝てる気がしなかったというのに、それが俺たちを殺した黒幕の一部に過ぎないのだ。正直、2度ほど戦った魔王よりも戦慄する。


 ──得体の知れない伝説のパーティー相手にどう戦えば……

 

 俺が唸り声を上げながら頭を抱えていたところ、頭をイヴィアナの指に突っつかれた。


「伝説のパーティーのことなら、宛があるって言ったでしょ?さっさといこう。時間がないし、乗って」


 イヴィアナは右手に杖を持ち、俺に左手を伸ばして毅然と言った。


 ──乗るって……イヴィアナの杖に?

 

 俺は顔を顰蹙ひんしゅくさせ、1歩退いた。イヴィアナの炎魔法による飛行術は非常に荒い。正直に言うと乗りたくなかった。


 ──俺だって"浮遊(タンフーロ)"で空を飛べるし……


「いや、いいよ……」

「何言ってんの?時間ないから乗ってってば」


 拒否を意味して振っていた手をイヴィアナに強引に引っ張られ、いつの間にか宙に浮いていた。イヴィアナの杖に同行するのは初めてだ。


 ──本当に大丈夫か……?


「ちゃんと腰掴んどいてよ?」


 そう言いながら、イヴィアナはどんどんと高度を上げていく。


 彼女は背が小さく、肉付きもあまり良くない。俺が腰を強く掴んでしまっただけで骨が折れてしまわないか心配だった。だが、そう言っていられないほどの轟速で移動し出したので、お構いなく力を込めて掴ませていただいた。そうしなければ振り落とされてしまう。


 

 イヴィアナの轟速日後述でヘズ帝国の帝都に侵入してからは俺の"気配だけを隠す(フドゥーファ)"で魔力を隠しつつ、上空を飛行している。


 何度も見た深夜の閑静としたヘズ帝国。相変わらず、物騒な朱殷色の軍服を着た夜間警備隊がまばらに見えた。

 

 イヴィアナに初めて会った時は帝国魔道士の正装を身につけていた。その時の服装が鮮烈な赤色だったせいで、益夜間警備隊の制服がますます血の色に見えた。そもそもの話、国を代表する色が赤と黒というのが既に悪の帝国の風格を感じさせる。


 世界帝国──ヘズ帝国はその栄光に見合う勢力を誇っている。実際に他国を征服することなく圧力をかけ、封建的な世界を作っている。しかし、帝国の圧倒的な兵力の脅威を考えれば、中央集権に近しいだろう。


「帝国魔道士はシヴァージ王国を破壊できるほどの力はないのか?」

「なに急に」


「なんとなーくちょっと思っただけだ。だって楯突いた国を武力で制圧してんじゃないの?」

「それ誰から聞いたの?」イヴィアナは少し冷たい声で話した。前方にいるせいで表情はみえない。

 

「エリィに聞いたけど……帝国魔道士は一人で一国を滅ぼせるくらいの力があるって」

「そう」


 なぜか静寂が始まった。疑問に疑問で返されるとは思わなかった。俺の疑問には答えてくれないのだろうか。


 ──それとも、帝国の琴線に触れたか?


 ──あいや……イヴィアナはヘズ帝国に嫌悪感を抱いているはずだからそれはない。


「イヴィアナ」と人差し指で肩を叩くと、ため息が聞こえた。


「やろうと思えばできるよ。さすがに一人で攻略するのは難しそうだけど」

「へえ……それ以上の実力なんかと思った。帝国魔道士って」

「まあ、帝国魔道士を人間だと思っちゃダメだけど、所詮みんな魔道士だから。宮廷賢者と宮廷狩人(ハンター)の2人は侵攻の大きな壁だろうね」

「キャメリチスとクリファイドか……」


 あの道化師のような三十路のキャメリチスのどこに実力があるのか見てみたいところだ。クリファイドは"魔法無効"の化け物戦士であり、アイユイユ曰く"未来を視れる"とも言っていたから、もしかすると未来視もできる可能性はある。


 そんな2人に加えて4人の宮廷魔導師──戦争を仕掛けるよりも魔族による衰弱を選ぶ帝国の気持ちもわかる。


「いざとなれば出来ると思うけどね。とくに()()()()を司るあの二人なら──でもみんなシヴァージ王国のこと嫌いじゃないから特段攻めようとも思わないの。多分、シヴァージ王国を攻めるのは(しゅ)の神託があった時かな」

「主……?そ、そうか」


 神託と言っていたし、"(しゅ)"とは帝国民が崇拝する唯一神だろう。


 ──あぁ、駄目だ。


 ほぼ無神教の日本に生まれたせいで、俺は宗教に縋る世の中の理解が浅い。


 神託で戦争が勃発するのならば、ヘズ帝国は宗教国家であり、世界帝国に順応して他国も同様だろう。中世ヨーロッパのキリスト教さながらに世界を動かす力を持っているはずだ。


「そういえばイヴィアナ、宛っていうのは誰なんだ?伝説のパーティーの素性は上手く隠匿いんとくされてるんだろ?ほんとに知ってんのか?」

「これから会いに行く人はそんな詳しくは知らないかもしれない。でも、結構耄碌してるらしいし、人生の先輩として役に立つかなって」

「そんな雲を掴むような理由かよ」


 自信満々に"宛がある"と言った割に随分と弱腰だ。


「本当は万物を熟知してる人がいるから、その人に会えばいいんだけど……私、一応反逆者らしいから素直に帰れないんだよね」


 イヴィアナはピースを作って誤魔化した。これから会いに行く人は反逆者でも容認してくれるタイプなのだろうか?

 

「あと、今から会いに行く人には別に聞きたいこともあるんだよね。私たちのやり直しについて、分かるかもしれない」

「え?ま……じか」


 ──このやり直しの正体を掴めるような人って、どんだけ偉大な老人なんだ?


 そこまでの秀逸な人材ならば、帝国内でも相当な高官に就いているのではないだろうか。


 ──待て。いや、まさか……


 覚えのある嫌な予感が募っていた。現状はイヴィアナの高貴な杖に跨って帝都の遥か上空を浮遊していて、逃げ場がない。大人しく彼女の腰に捕まっていることしか出来ないのだ。


 ──イヴィアナは無謀なことをしようとしていないよな?


「きっと()なら教えてくれる。大聖堂はここら辺だね。いるといいけど……」イヴィアナは顔を振り向かせて「いい?」と言う。


「リアト、私の事離さないでよ。じゃないと、吹っ飛ぶから」


 ──またどんな荒い飛行術を披露するつもりなんだ……

 

「そ、それはもちろん。でもその彼っていうの……どういうやつ?」

「"(めい)の制定者"()()()()()()()()()()()だよ」


 ──え?……帝国……魔道士?!


 俺の感想も何も聞かずイヴィアナは急降下を始めた。俺は風の抵抗を受けながら、放心状態で連れていかれる。それでも死ぬまいとイヴィアナのことは強く掴んでいた。


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