66.誰が裏切り者か?
「俺たちの中に裏切り者がいる」
俺は意を決して沈黙を破った。イヴィアナは辛そうに息を吐く。この推測──いや、事実をを他人に告げてしまえば裏切り者の存在を認めることになる。
──わかる。俺も認めたくなかった。
でも、俺らのニルトア湖畔の隠密作戦を知らない限り、奴らに襲撃されるはずがない。イヴィアヤが雲隠れする生命体の魔力を探知できるのは、マリオネができるか出来ないかのラインだと言っていた。あの練達した白魔法ですら不可能だろう。
俺たちの中の誰かが意図的に情報を漏らし──はたまた伝え、俺たちを殺させるよう促した。
「うん、分かってる。でも……分からない」
イヴィアナは震えた声で言う。俺以上に仲間を愛する彼女ならば耐え難い事実だろう。
「作戦会議してる時、誰かが盗み聞きしてた可能性はある……かも……」
そんなことは無いと分かっていても、仲間の中に裏切り者がいるという事実を排除したくて仕方がなかった。
「ずっと盗み聞きしてて私やグレイが気がつけないはずない。特にグレイの第六感から逃れられる生命体なんてほぼいない」
「でもイヴィアナ、それはグレアムが盗み聞きを看過してたらどうすんだ?」
「グレイがそんなことするはずない!」
憤怒の様相を呈しながら、イヴィアナは立ち上がった。
感情が俯瞰した推理の邪魔をするのは人として当然の障壁だ。俺だって感情を打ち消してまで仲間を疑う類推を立てるのは心苦しい。
だが、真相へ近づくには通らなければならない道だ。
「じゃあシェリロルかエリィってことになる」
俺はイヴィアナの目を見て話せなかった。
──いいや。ダメだ。いつまでも逃げてばかりじゃ……
「それも違う!……はずなの」
「イヴィアナ」と言って彼女の小さな手を掴んで引き寄せ、顔を合わせた。「その感情を捨ててくれ」
イヴィアナが自分の命よりも、俺たち仲間のことを大切に思っているのを知っている。
彼女にとっての"仲間"とは俺の想定以上に愛の妄執に囚われているように思う。だからこそ疑心を向けることが出来ないのだが、裏切り者を見つけられなければ前回と同じ運命を辿るだけだ。それだけは避けなければならない。
「捨てる……私の……愛情を……?」
イヴィアナの翡翠の瞳が底の見えない海溝さながらに暗澹に染まり、俺ではない何かを見つめていた。俺は少しの恐怖を感じて体が動いた。
「それは無理だよ」
戦慄を誘う声音で囁かれたイヴィアナの言葉は、背後で鳴る自然の音を全て打ち消して聞こえた。
「ほら!」と、俺の手を両手で包み込んだ。「裏切った人の真意は分からないでしょ?脅されていたり、操られていたかもしれない」
「あぁ……」という微妙な返答しか出なかった。
俺は確実に意図的な裏切り者だと推測している。なぜなら、脅迫ならあの3人が屈する訳ない。それに、精神操作魔法──それこそシェフドルほどの高精度精神魔法だとしても遠方から"特定の情報を抜き取って伝える"という局所的すぎるものは不可能に思えるからだ。
「冗談だよ!私もそんな能天気じゃないから」
「え……あ……なんだ……」
盲信するイヴィアナを止める術がないと諦めるところだった。
「"指揮者シェフドル"に嘲笑われてたしね。なんだっけ?"それを分からない私たちがほんとーに面白い"とか何とか言ってたやつ」
「俺もそれは思ってた」
「裏切り者かー……」とイヴィアナは目を眇めて俺を見つめる。「うーん……とりあえず、リアトは違うでしょ?」
「当たり前だろ!」
思わず突っ込んでしまったが、イヴィアナの推理経路は妥当だ。イヴィアナを除いた3人ではなく、俺以外の4人が容疑者でなければいけない。
でも、イヴィアナはあの作戦の発案者だし、同じようにやり直ししてる立場としてありえないとは思う。
俺の訝しみを察したイヴィアナは「どう?」と稚拙に微笑んで聞いてきた。
「シェリロルはないんじゃないか?」
「なるほどね……」イヴィアナは少し黙って頭を回転させているようだった。「精霊使いだから?」
俺は首を縦に振った。精霊は魔族を嫌い、人間を好む種族だ。魔族と関係を結ぶ伝説のパーティーと気脈の裏切り者が精霊使いなはずないだろう。
「確かに、精霊と魔族は相容れない存在だからね。もし関わっているのがホワステルとかマルシュといった人族だとしても、精霊は敏感だから背後にいる魔族を感知して忌避する気がする」
「シェリロルは……外してもいいかもしれない」
俺の発言を聞いたイヴィアナは「うん……」と小声で返事をして、胸を押さえつけた。「それなら、エリィかグレイだね……」
彼女は東雲色のツインテールをくるくるといじる。きっと、いつまでも仲間過信したいのだろう。大好きな仲間が、そんなことをするはずが無いと思い込みたいのだ。
「でもさ、裏切り者は意図的に私たちを陥れたの?結末は自分も死ぬって言うのに」
掠れた声でイヴィアナは言う。
「もしかすると、死んでなかったのかもしれない」
馬鹿げたことを言っているのは承知だ。だが、世界最高峰の白魔道士ホワステルがいる。実態さえ残っていれば死者をも蘇らせることができる白魔法があるのだ。
「……なるほどね。そうなるとエリィが1番怪しいと思うけど……」
イヴィアナの頭にはエリィと歩んだ冒険の数々が浮かんでいたのだろう。急に唸って頭を振るい出した。ツインテールも一緒に揺れる。
「エリィは狂王ラフアンの妖刀を持っているって言うのがな……ラフアンは災禍の四柱の旧友ぽかったし、操られるじゃないけど、乗っ取られてるとかあったりするかもな……」
狂王ラフアンという大魔族の魂が入る妖刀には、前代未聞な能力があってもおかしくないだろう。ラフアンの肉体は朽ちていても妖刀の中で生き続けているとしたら、エリィを操ることや、そもそもエリィに成り代わることも出来るかもしれない。
「最初からエリィじゃなかったとかがあるって事?私、そんなこと考えたくないんだけど……」俯くかと思ったイヴィアナは途端に天を仰いだ。「いや!そんなんじゃダメだよね。とりあえず、エリィのことは注意深く見るよ。もちろんグレイもね」
「そうしよう」
数秒の静寂が挟まれるだけで、仲間との冒険が回想される。裏切り者は俺に──俺たちよっぽどの絶望を与えたようだ。
「それとさ」静寂を打ち消すために急いで話し出した。「裏切りってさ、最初らへんの冒険はなんも感じなかったじゃん?普通に魔王討伐してた時の話。なんかやってたのかもしれないけどさ」
「そうだよね。普通に冒険できてた……まさか!」
「うん。あの悲劇が起こったのって、俺たちが本来の軌道から逸れたからじゃないか?魔王討伐っていう軌道から」
前回は八斬りのシュラクペ討伐、イヴィアナによる伝説のパーティーの詮索、それに伴う魔王討伐を1時中断する作戦変更──と数々の運命を変えてきた。
伝説のパーティーの琴線に触れる出来事が数々起こる中、俺たちに魔王討伐させるため、彼らはそれを黙認していたはずだ。
恐らく裏切り者の目的も俺たちに魔王討伐させることだろう。その目的から俺たちが逸れたことが、裏切り者が動く素因となった出来事だ。
逆に魔王を討伐したやり直しで裏切りを感じなかったのは、それをする必要がないからだ。
俺たちが魔王討伐に支障をきたすことをしない限り、裏切り者は動かないのではないだろうか。
「てことは、魔王討伐が難航するっていう流れを作れば裏切り者は動くってこと?逆にそれ以外の時は警戒する必要は少ない……」
イヴィアナは唇に人差し指を当てながら話した。指を横に唇に強く押し込んで変な形になっている。
「だからと言って考え無しに冒険するのはダメだけどな。実の所、裏切り者を炙り出すには俺たちで誘導すれはをいいんじゃないか?」
「んぅ、確かに名案だね。そもそも伝説のパーティーを先に片付けないと魔王討伐は出来ないし」
俺は真剣に考えるイヴィアナを一瞥した。彼女は裏切り者のことをどう思っているのだろうか。殺したいほど憎んでいるのか、仲間への愛情が勝って許してしまっているのか。
「裏切り者を炙り出すならシヴァージ王国のラヴィンタかな?」
そう言ってイヴィアナは俺を見遣る。彼女を凝視していたので、突如として目が合って肩を浮かせた。
「そうだな。途中で炙り出したらまた殺されるかもしれないし、慎重に行こう」
「うん。ラヴィンタに着いたら誘導方法を考えよ。でも……その前に私なりにちょっと探りを入れてもいい?」
イヴィアナは地面に座って体育座りをした膝に頭を乗せた。その顔を俺に向け、陰険に笑う。長髪で外にはねたツインテールは片方は地面に垂れ、もう片方は首にまきつけて遊んでいる。
──俺探りを入れるってイヴィアナはいったい何をするつもりなんだ?
「好きにすればいいよ」と言いつつ、俺はイヴィアナを訝しんで見つめた。
「まあ、任してって!」
イヴィアナはウインクして親指を立てる。それから、雰囲気を一変させた。
「私たちの平和を取り戻すために」
イヴィアナは神に祈るように、指を交互に絡め瞼を閉じた。
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