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64.今度こそ


 目の前で演技するただの女の子が酷く脆弱に見えた。崩壊寸前の彫像のようにひび割れ、無機質で哀愁が漂っていた。


「水……水くれる?」


 そう演技する声は肉体的疲弊を型どっているが、空虚で淡白な声は精神的疲弊を表していた。


 ──ひとりで……俺たちを救うために……


()()話してくれないのか?イヴィアナ」


 勇気を振り絞って発言すると、すぐに「え……」という返答が帰ってきた。


 驚愕していながらも希望の光を宿した翡翠の瞳が、俺を見つめる。虚ろに渇いた翡翠が、潤いを持ち始めた。


「知り合いなのかい?リアト」

「うん、知り合いだ。イヴィアナ、()()()()()()?」


 俺はツアルト婆ちゃんの疑問に即答してコップいっぱいの水を差し出した。イヴィアナの瞳は彼女の感情のように小刻みに震える。


 ──俺はお前と2人でこの悲劇を乗り越えたい。


 ただ、イヴィアナが話してくれるかどうか不安だった。

 

 俺はイヴィアナを救いたい。イヴィアナには万遍の笑みで笑っていて欲しい。俺のこの想いが届いてくれることを願って、拳を握った。


 心拍数が上がる。俺は見つめることしか出来なかった。


 イヴィアナが息を静かに吸う。口を小さく開け始めたが、まだ言葉が出てこないようだった。唇と顎が震えている。


「うん……覚えてる……っ……知ってる……大好きな仲間だよ……リアト……っ」


 満を持して発せられたのはか細く震えた声だった。そして、枯れることを知らない涙が流れ続ける。


 ──俺は一体何をしていたんだ……


 仲間にこんな辛い思いをさせるのならば、もっと()()打ち明ければ良かったというのに。


「お、落ち着いたか?イヴィアナ……?」


 ひとまずイヴィアナを椅子に座らせて水を飲ませた。嗚咽を漏らして、ひくひくいいながら泣き続けている。


 いつも通りならこの時点でツアルト婆ちゃんの家から旅立ち、帝国の追っ手と対峙するところだが、"気配だけ隠す(フドゥーファ)"でイヴィアナの魔力を隠密させて、衝突を上手く避けられた。


 この魔法は八斬りのシュラクぺと戦った時に有効活用できた魔法だ。視覚だけは誤魔化せないが、意外と役に立つ。


 腰をかがめてイヴィアナの顔を覗き込むと、翡翠の瞳に涙を浮かべながら「うぅ〜」と唸っていた。俺はその涙を指ですくう。これ以上泣かないで欲しかった。


「話したいこといっぱいあるんだから!じっくり聞いてもらうからね」


 ひたとイヴィアナが立ち上がって声を震わしながら言った。赤く腫れた目元に俺は胸が締め付けられる。


「分かった。いつもの場所にするか?」


 俺はイヴィアナに手を重ねた。いつもの場所──帝国の追っ手から逃れたあとにいつも一休みしている場所だ。小川が流れ、人が座れるような座れる石もある。拠点として十分な場所だった。


 イヴィアナは俺の発言に瞠目してから嬉しそうに頷いた。"いつもの場所"が分かる俺が居ることに感激しているのだろう。


「婆ちゃん、俺旅に出るね」


 心配そうに覗き込んでいたツアルト婆ちゃんを一瞥して、そう告げた。やはり"いってきます"くらいは言わなければ。

 

「そうかい。若いものは外に出るべきだと思っていたよ。いつでも帰りを待っているからね」


 婆ちゃんはいつもと変わらず、優しい笑みを浮かべて言う。

 

「今までありがとう婆ちゃん。絶対帰ってくるよ」


 出発の前に、ツアルト婆ちゃんからは水分と食料、貨幣を押し付けられてしまった。前回までの突発的な出発では起こらなかった事柄だ。


 そしていつもの拠点に着いた。前回までは追っ手から逃れるために疾駆していたが、今回はゆったりと歩きながら辿り着いた。道中では一言も喋らなかった。俺はなによりイヴィアナが心配で尻目でちらちらと一瞥していた。


 疲れているはずがないのに、体がそれに馴染んでいるのか、相変わらず澄んでいる小川の水を飲んで喝を入れた。それから石に腰掛け、俺は口火を切る。


「イヴィアナは……いつから、ループしてるんだ?」


 俺が初めて魔王討伐をした時には既にイヴィアナはループしていたはずだ。でなければあの時「また……ダメ……」なんて言葉は出ない。


「そっか……もう私が先駆けてるって分かってるんだ。リアトは何回目?」


 イヴィアナは視線を落としながら話す。陰鬱とした雰囲気がまだまとわりついている。

 

「俺は……今回が4回目……」

 

「私は5回目」快晴の下にいるというのに、イヴィアナの翡翠の瞳は虚ろだった。「ごめん。私……何も変えられなくて……」


 そう言うと、イヴィアナは再び涙を流し始めた。今まではただ虚勢を張っていただけで、彼女もただの女の子だ。


「な、泣かないでくれ……!俺が悪いんだから、ごめんイヴィアナ……」


 俺はイヴィアナの目から流れる涙を必死に拭き取った。俺の服がイヴィアナの涙でびちゃびちゃになっても構わない。ただ、彼女の悲しい顔を見るのはもう耐えられなかった。


「……リアトは前回のやり直しも記憶を引き継いでたんでしょ?なんでずっと黙ってたの……?言ってくれても良かったのに!」


 途端に威勢を取り戻して迫ってくるので思わず転けてしまい、転けた俺にイヴィアナが乗りかかってきた。華奢なで貧弱な魔道士のため、驚くほど軽い。


「イヴィアナだって、俺が最初にやり直した時、"覚えてるか?"って言うのに対して"知らない"っていっただろ?──だから、イヴィアナはやり直ししていないんだなって思って黙ってたんだよ」

「それは私もごめん……」


 イヴィアナは両人差し指を合わせてもじもじする。俺は彼女が怯むのを見て起き上がろうと腕に体重を掛けた。


 だが、「でも!」とイヴィアナに腕を掴まれて阻まれた。そのせいで、俺は仰向けに倒れてイヴィアナは俺に馬乗りになった。


「リアトの3回目の度で、2回目の時と同じように発言したのはなんでなの?"イヴィアナ、覚えてるか?"って。あんなの、リアトのやり直しが止まったのかなって思うじゃん!」


 そういう言動を取ったのにはくだらない理由があった。俺は頭をかいて「あはは」と苦笑する。


「それはぁ……」と情けない声で話した。「できる限り前回と同じように進めたくって……じゃないと、俺だけこの世界で異質な存在になるみたいでやだったんだ。あと、ちょっとした発言の変化で運命が変わってイヴィアナや他の仲間に会えなくなるのもやだった……」


 前回と同じように動く皆が、俺には異質に見えた。俺はそんな世界にとっての"異質"だと考えると、心の底から居心地が悪かった。それを少しでも繕うために前と似た言動を取ったのだ。


「そうだったの……気持ちはわかる」


 そう言うと、イヴィアナがやっと退いてくれた。俺は体を起こして地面に座り、一旦体を伸ばした。


「前より冒険の進みがかなり早まってることには気づいてたんだけど、俺がちょっと変えちゃったのかなって思った。イヴィアナがやり直してるって気づいたのはアイユイユとマリオネを助けに向かった時だったよ。流石にあの強引さは確信した」

「おそい」と、イヴィアナは頬を膨らませた。

「ごめん、本当にごめんよ……」


 謝り続ける俺を、イヴィアナは睨み続けた。

 

「で、なんで途中で言ってくれなかったの!」

「それは……タイミング逃して……」

「逃さないでよ!」

「ごめん……」


 罪悪感で俯いて手を慰めていると、イヴィアナが手で俺の頬を挟んだ。


「ごめんはいらない!うじうじしてる暇なんてないんだから。今度こそは運命を変えてみせる。そうでしょ?」


 いつもの威勢よく、毅然としたイヴィアナが戻っていた。俺は安堵で思わず微笑んでしまった。俺のせいで孤独にさせてしまったが、これからは絶対に独りにさせない。


 俺は「うん、当たり前だ!」と言ってイヴィアナの頭を撫でた。


 ──2人の力さえあれば、運命に抗える。


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