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61.逃げの選択


 グレアムが拳銃を持つハルヴィンの手を切断したおかげで、私はまだ生存していた。

 

「やっぱ帝国の貴族は腹立つなぁ!」


 ハルヴィンはがなり声をきかせて残る片方の手で銃を発射した。


打ち返す(ルクシオン)


 途端にリアトの冷たい詠唱が間近からした。庇護対象だったリアトの勇ましい横顔に、私は圧倒される。いつの間にこれほどの上空に来れたのだろうか。


 どんな人間でも、浮遊系統の魔法が使えなければ空中で攻撃を避けるのは不可能だ。リアトの魔法で打ち返された弾をハルヴィンは喰らうだけ──そう思っていたが、打ち返された弾丸を、ハルヴィンは新たに発射した弾丸で防ぎきった。感心するほどの冷静さと照準の正確性に腹が立つ。


 ハルヴィンはそのまま急降下していった。今度こそは奇妙な魔法を使って戻ってこないよう祈るのみだ。


「大丈夫か?イヴィアナ」


 ふらつく私をリアトが支える。横で心配そうに見つめてくるグレアムは、リアトの浮遊魔法の恩恵で宙に浮けているようだ。


「大丈夫……ありがとう」

「毒か……解毒できる魔法なんて知らない……」

「このくらい平気だよ、リアト」


 リアトは不甲斐なさでいっぱいの悄然とした表情を見せる。あまりの情けなさにクスッと笑いが漏れてしまった。


「顔も……」

「顔?」


 リアトに言われて顔に触れると、何かが付着している感覚があった。指に着いたのは血液だ。恐らくハルヴィンの手首が切断された時に迸った血だろう。


「ごめんイヴィ、綺麗な顔なのに……」


 グレアムは私の顔に着いた血を裾で拭き取った。

 

「ちょっと、大丈夫だってグレイ」


 裾で拭き取るのは構わないが、頬を何度も擦られるのは少しくすぐったい。


水を流す(ウオーサ)


 私とグレアムが走行しているうちに、リアトが水魔法で顔を洗い流してくれた。そのリアトは肩を竦めて嘆息を吐いた。


「ありがとうリアト!」


 前髪まで濡れてしまったのは少し恥ずかしいが、それは言わないでおこう。


 リアトは「はいよ」とむすくれて言う。

 

「リアト、僕の服まで濡れちゃったんだけど……」


 グレアムの言う通り、彼の服はかなり濡れてしまっている。私よりも被害があるように見えた。


「それしても、どう対抗するか……」


 リアトはグレアムの文句を放置して話し始めた。


「どうしようね……エリィもシェルもなしで勝てる相手じゃない」


 私が真摯に話すと、リアトもグレアムも深刻そうに黙考し始めた。私たちの仲間は2人葬られているのに、伝説のパーティーで退場したのはマルシュだけだ。オリミユは危急な状況にある様なことを言っていたが、それでもあの3人と相手しなけばならない。


 最強の白魔道士、グレアムをも凌ぐ刹那の速さを持つ魔族、未知で憎たらしい銃使い。


 ──勝てる兆しがない。

 

「一旦逃げるか……?エリィとシェリロルは置いていきたくないけど……」


 リアトは苦虫を噛み潰したような顔をして、俯いたり頭を抱えたりした。グレアムも目元を隠して悩んでいる。

 

「うん。シェルとエリィを置いていくのは嫌だけど、リアトの言う通り逃げよう……2人だって私たちに生きて欲しいはずだよ」


 私はグレアムの手に触れて言う。正直、シェリロルとエリィが死んだこの世界の必要はもうない。だが、グレアムとリアトがむざむざ死ぬのを看過できるほど倫理観は失くしてもいない。どんな世界でも、私の愛する仲間には幸せに生きていて欲しい。


「夜間警備隊はよく分からないけど、恐らく浮遊系統の魔法を使える者は居ないはず。このまま高度あげていけば、問題なく戦線離脱出来ると思う。あんたたちの命が1番なんだから」

「イヴィアナもな……」

「シャキッとしてよリアト!今は勝てなくても後で殺せばいい。1人は殺れたしね」


 私は微笑を浮かべて言った。あの女だけは殺すと決めていたから、成就できて本当に幸せだ。


「イヴィ……」と薄目で呟くグレアム。「感情的になりすぎちゃだめだよ」

 

「そうだイヴィアナ……そんなすぐ殺していいなんて──」

「そういう事じゃないよリアト。殺しの正当化を言っているんじゃない。僕は君が心配で言ってるんだよイヴィ」

「え……」


 グレアムにリアトは困惑の色を示していたが、数秒後に得心したように「あぁ、そっか……」と零した。彼は元いた世界の記憶の殆どを失っているが、故郷は争いの少ない平和な地だと言っていた。そのせいでリアトはこの紛争世界の倫理観に馴染めていない。


 その平和世界からリアトの性格や思想が生まれているのなら、それは悪いことでは無い。しかし、私たちの死生観を悪だと少しでも思っていることが気掛かりだった。


「わかってるよグレイ。別に感情的になってない」


 私はグレアムの翡翠を凝視して言った。私の翡翠もこのように見えているのだろうか。


 ──別に、感情はまだ抑制できている。この世界を焦土にしていないんだからそれが証拠でしょ。


「もう少し嘘が得意になってから言って。"今後はちゃんと自制してよ"」


 グレアムは私の頬をつねって意地悪をする。


「ちょっとやめてよグレ──」


 グレアムの手を払い除けた瞬間、一瞬の違和感が私を襲った。周囲の魔力が一変した。


「楽しそうだね……?」


 不意に聞こえた畏怖の声は、私の耳元から聞こえた。まるで私の耳と彼の唇が接触しているかのようなほどに、至近距離に聞こえた。


 全身の血の気が引く。この遥か上空で聞こえるはずのないウルリクアクアの悍ましい声だ。

 

 奇襲すればいいものを、私に話しかけるということは私の攻撃を受ける覚悟を持っているということだ。馬鹿な魔族だ。


 ──私は崇高なる帝国魔道士なのに。


 果敢に杖を構えようとした。──が、体が金縛りのように固まって動かなかった。


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