60.ただの快楽
私は深呼吸をして香りを嗜みながら、空中で杖に座って悦に浸った。気味の悪い笑い声が聞こえる。私の笑い声だ。
「マルシュ!!」
あの魔族が声を張って、動顛を見せるのは初めてだ。
『完治せよ!!』
ホワステルは震える手で詠唱していたが、今更回復を施しても無駄だ。今の私の魔法を弾ける訳がないだろう。
魔法が効かないと気づいたホワステルは泣き叫び、燃え盛るマルシュの元に憮然と歩いていた。
「もう無理だって」
私は独りでに呟き、指を鳴らして眼下で燃える火炎を消滅させた。この私の憎悪で燃える劫火が、全てを消せないはずがない。マルシュであった灰はゆるやかに風に乗った。
「リア……リア……!嘘……あたし、あたし……!まって……!!」
ホワステルは風に乗ったマルシュの遺灰をつかもうと必死に中空で手を動かした。バカみたいだ。
「マ……ルシュ……」
リアトは唖然と零す。その唖然のせいで、ウルリクアクアから手を離してしまっていた。開放された彼は瞬時にホワステルの傍に移動し、肩に手を置いていた。紳士のフリをしたただの魔族が、忌々しい。
リアトはウルリクアクアを取り逃したことに悔恨を抱いている様子はなかった。ただマルシュが死んだ現実に絶望しているように見えた。
グレアムが不安そうな目で私を仰ぐ、あの時と同じ目だ。また私を心配するていで同情し、辟易している。
──ねえ、私の何が悪いっていうの?
襲撃されたのは私たちの方。ただの正当防衛だろう。それの何が──
──あぁそういうこと。
グレアムは相変わらず察しがいい。彼は、私がただ単にマルシュを殺したかったと看破しているんだ。防衛目的ではなく、憎悪に駆られてて殺したことを分かっている。ずっとそばに居たせいか、私のことを理解し尽くして可愛いグレアム。
私はツインテールの毛先をくるくると弄って、高慢に足を組んだ。
「ウル、戻してよ!!」
「……ホワステル、わかってるよね……?今の私では実態がないとそれはできないよ……」
「ミユのこともまだどうなるか分からないのに……リアまで……ねえウル、ラフアンの呪いじゃなければ可能性はあるでしょ?ね?」
「うん、諦めてなんかないよ……手段はある」
騒々しい会話だ。耳に入る声が煩わしい。私の大切な仲間を殺したお前たちももちろん死ぬべきだろう。マルシュを燃やしたのはただの序章に過ぎない。
『火炎放射』
魔法の実態は掴めていないが、ウルリクアクアはとにかく目にも止まらぬ速さで動く。それを加味して詠唱後に杖を自身の前に持ってきて、攻撃を防ぐ素振りをした。
──次はどんな攻撃を……
そう警戒していたというのに──警戒で瞬きひとつもしていないというのに、私の眼前には予想外の人物がいた。
それは赤黒い外套を靡かせ、愉快に嘲笑う夜間警備隊のハルヴィンだった。私は杖で宙に飛んでいるのに、合わせるかのように彼も飛んでいる。
グレアムと同じ魔力欠如だから彼の接近を察知出来なかったのだろうか。それにしても登場が唐突すぎる。
風に吹かれて、親しみのある魔力の感覚が私に触れた。
──ん……?一瞬、魔力の残滓が私に触れたような……
そんなはずが無い。彼はグレアムと同様に魔力欠如者のはずだ。今、この至近距離でも魔力は一切感じ取れない。
──まさかこの男、本当は魔法が使える?何かの勘違いか?
「よぉ、この間ぶりだなイヴィアナ・フレイン」
不敵に笑うハルヴィンは落下しながら弾丸を発射した。浮遊系の魔法を使える訳ではなさそうだ。それならば、なぜ突如として、空中にいる私の眼前に現れたのだろうか?
「私はただのイヴィアナだよ」
のべつまくなしに発射される弾丸を杖に乗り必死に躱したものの、少し掠ってしまった。嫌な予感がした。銃使いの戦士ならば懐中に数多の銃を携えている可能性がある。
例えば帝国製消音銃器以外にも、凶悪な銃器──猛毒が塗られた弾丸の可能性。
予想は的中した。全身の力が抜けていく感覚がする。たった数発掠っただけでこの効力なら、弾丸に体を貫かれていたら死んでいた。
『火炎放射』
震える手で魔法を出すが、毒が体内に回り始め照準が大きく逸れてしまった。私はいつもこの男に出し抜かれている。無意識に舌打ちが零れた。
「おぉい〜当てる気あんのかぁ?」
あの夜間警備隊もただの人間だから、あとは自由落下するだけ。毒のせいで魔力と体力の消耗が激しい。とりあえず高度を上げて上空に逃げよう。
「逃がすかよ……」と、途端に私の耳元で囁き声がした。私は思わず息を呑む。
狼狽えて振り向くと、至近距離で夜間警備隊のハルヴィンが銃口を向けていた。
──嘘でしょ?!たった今、落ちている最中だったはず……!どうして高度を上げた私に追随できているの?
毒素が回り、視界が朦朧としているから他の奴が出す魔法を認識しきれていないのか。瞬間移動といえば、やはり"刹那のウルリクアクア"の仕業だろうか。
いや──微かに魔力の気配がする。こいつの周囲に魔力の残滓が漂っている。そして徐々にハルヴィンから魔力が消えていく。
──なんで消えるの?待って、まず魔法を使ったの?どういう魔法?
──この男、ただの夜間警備隊じゃない……!
ハルヴィンは歯茎を見せ、嘲笑している。相変わらず見覚えのある深海のような瞳は、私を傲慢に見つめた。
──魔法を出さなきゃ……こいつの魔法を看破するまで死ねない。
弾丸が私の額を撃ち抜く前に、"火炎放射"を出さなきゃいけない。
──それなのに……毒のせいで…無理だ。
「慈愛なき劫火の終焉だなぁ!!」
──そういえばこいつ、帝国民だった。それならその異名を知ってても不思議じゃないか。
母上から賜った杖を握りしめ、目を瞑って死を待った。四度目の死は既に慣れたものだが、やはり力んでしまうものだ。
ハルヴィンの呻き声が聞こえたと同時に顔に何かの液体が飛んできた。自身の血だと瞬時に理解がいったが、痛みが全くしない。
──前回はもっと痛覚が働いて最悪の死だったのに、銃はすごいんだね。
瞼を開けたら、またあの村落の前に立っている。また最初から。リアトもシェリロルもエリィも私のことを知らない。
──もう、頭が狂いそう……
「化け物が!……頭イカれてんだろ……!」
──あれ、おかしい。まだハルヴィンの声がする。
「イヴィ!」
グレアムの声に誘われて瞼を開けると、ハルヴィンの手首は切断されて宙を舞っていた。私はまだ生きている。
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