59.いい香り
『火炎放射』
魔法を射出しながらエリィを見遣ると、力なくリアトにもたれかかって動いていなかった。リアトの慟哭が耳に入る。
──エリィは……死んだ……
私の中で蠢く憎悪が攻撃を加速させる。間隙を狙う攻撃は捨てて、ひたすら攻撃していた。そんな単純な攻撃が当たるはずもなく、全て不発に終わった。私の高火力弾が全ていなされる。
"刹那のウルリクアクア"の魔法や弱点について無知な現状、彼に勝てる見込みがない。刹那を思わせる動きを見せる彼には、グレアムですら出し抜かれている。
信じられないくらい憎い。憎悪に支配される私の不肖な攻撃も、伝説のパーティーも。
──なんでウルリクアクアは私たちに攻撃しないの?
エリィやシェリロルのように刹那を使って私たちを殺せるはずだ。災禍の四柱ほどの悪名を持ってしても、自惚れずに帝国魔道士である私を警戒しているのか?
──そんなこと、どうでもいいか。
私は勝てない相手に挑み続ける愚者ではない。ウルリクアクアには勝てなくても、あの女は殺せる。
ウルリクアクアに誘発の魔法を出し、発射時の魔力を悟られないよう、空気と一体化することを意識して詠唱する。
『火炎放射』
いつも以上に集中して鋭く発射した。私の魔力量は莫大でも、それを隠せないほど未熟な魔道士ではない。それに、私の魔法は大火力だが、そこそこ精密だ。
マルシュの傍にはホワステルが看病していたが、気にする事はない。私の高精度な魔法は正確にあの女を燃やし尽くすだろう。そして、ホワステルが私の魔法に気づく頃にはあの女は死んでいる。
"火炎放射"は真隣にいるホワステルを無視して、マルシュだけを正確に射止めた。
──私の魔法って、天才!
気持ちよくてどうにかなりそうだった。
「マルシュ……!」泰然自若としていたウルリクアクアはようやく狼狽えた。私の魔法はお前の刹那ですら庇いきれない。「はやいね……やはり帝国魔道士は手強い……」
『贖罪を下す』
ホワステルの白魔法が私に切迫するが、私は杖に乗って華麗に躱した。
杖に傲慢に座り、空からお前たちを見下す。
──ああ、ダメ。本当に幸せっ!
実に快感だった。全身の体温が上がる気がした。
ホワステルとウルリクアクアが必死に首を上げて私を睨んでいる。自然と笑っていた。このままでは本当に慈愛を失くしてしまう。
「ウル!さっさと倒すよ。まっててリア……まず障害を排除してから助けるよ」
マルシュが上下に動くのを目視した。まだ生きている。私の幸福の笑みが瞬時に消えた。せっかくころせたと思っていたのに。
──まさか、ホワステルがあの速度の魔法を感知して魔法の軌道を逸らしたの?
即死の魔法を放ったはずなのに、生きているのはそういう事だ。
──本当に厄介な白魔法使い……尊敬しちゃう。
「ラ……──」
ホワステルの詠唱途中で、グレアムの一撃が入った。ホワステルはその一撃をもろに受け一瞬怯む。──が、直ぐに"完治せよ"を使用し、何事も無かったかのように白魔法の攻撃魔法を繰り出してグレアムを追い払った。
「何をやっているの、ウル。早くこの野蛮人たちを仕留めて」
ホワステルが焦燥している。私の攻撃が相手の形勢を崩せている。
「残念だけどね……ホワステル……」と、不甲斐なさと傲慢さを含んでウルリクアクアが言った。「魔法が使えないみたいなんだ……」
「え?どういう……」
私も不思議に思い、ホワステルと同様に一瞥する。視界に映ったのは、リアトがウルリクアクアの肩に触れ、杖を首元に当てている光景だった。
「万能魔法の勇者……"無効力化"を使ったんだ。あたしたちのウルが魔法使いの文弱だってこと見抜くなんて、なかなかやるね」
ホワステルの面持ちから、リアトの行動に狼狽はしていないようだった。彼女はガラスの魔法の杖をリアトに向け、威勢よく睨んだ。
「白魔法を舐めてる?そもそもあたし、攻撃魔法の方が得意だから」
「そっちこそ、うちの騎士舐めたら死ぬぞ」
リアトの警告でホワステルは即死を回避して攻撃を掠めるに留まった。魔法使いは往々にして無意識に魔力で敵を探知してしまう。何も悪いことでは無い。本来なら、魔力で探知することが魔道士として真っ先に習得すべき術。
人は誰しも魔力を内に秘めているが、残念ながらグレアムは魔力欠如者だ。そんなグレアムを魔道士は滅多に探知できない。
ホワステルならグレアムの特性を考えて警戒していたはずだが、この様子を見ると今は感情に支配されて冷静に動けなくなっている。
『神罰』
精確な魔法がグレアムに多数発射されるが、グレアムの俊敏な動きには掠めさえしなかった。
グレアムがホワステルを牽制し、リアトがウルリクアクアを食い止めている。今この瞬間、私は時宜を得ている。
あの女を確実に殺す方法はもう分かっている。人智を超えた白魔法を使う帝国治癒師ですら修復不能にすればいい。
『火炎放射』
燃やし尽くすならば、この魔法が最適だろう。憎悪を魔力に乗せて火力を上げた。私の憎悪は四度の旅を経て、取り返しがつかないほど育まれた。この魔法は私の感情全てが乗った一撃だ。
火炎の温かさと焦げた匂いが鼻腔を刺激する。
──あぁ、この匂い……人が私の火炎で焼ける匂い。
皇帝の命で帝国の邪魔者を排除した時と同じ匂いだ。あの時はこの匂いに嫌悪感しか抱かなかった。
──今は、なんて馥郁たる香りなの!
信じられないくらい心地がいい。高揚が止まらずに私の体から出ていってしまうくらいに喜んでいた。
──やっと殺せた!
私の執念が──この溢れんばかりの憎悪がついに実を結んだのだ。




