58.エリィの大太刀
「そうだ……暗黒騎士だか知らないけれど、ラフアンを返してくれないかな……?」
ウルリクアクアは不敵に笑って手を差し出す。返してもらうのが当然といった態度でエリィを凝視していた。
「何言ってるんだ。これは俺の刀だ」
エリィの柄を持つ手がより一層強まった。エリィに手を出すのなら今度こそは看過しない。私も杖を持つ手を強めて攻撃に備えた。
「違うよ。それは私たちの仲間だ……」
一点集中して耳を澄ませているとと、詠唱の端くれだけ聞こえた。でも、ウルリクアクアは1歩たりとも移動していない。
──何か、起きた?
彼と周囲の状況を観察して思考する。私の視界に、衝撃的な光景が映った。ウルリクアクアの手中にエリィの大太刀があったのだ。
今回も一歩も動いていなかった。グレアムが動いてないということは彼も同じことを思っているはずだ。どんな速度であろうと、グレアムの超越した第六感から逃れることは出来ない。
──そのグレアムをも凌ぐ速度なんて、存在するの?
ウルリクアクアは温和な面持ちでエリィの大太刀をためつすがめつした。シュラクペが妖刀を見た時と同様に、旧友を想って妖刀と対面しているのだろう。彼の表情は普通の人族と大して変わらないが、いつもの悠然とした笑みは人心への無関心さが見えていた。
「おい!!返せ!!!」
エリィらしからぬ一心不乱な叫声で、思わず一瞥した。あの無感情で淡白なエリィからは想像もできないくらい焦燥の形相だった。
「まてエリィ」
感情に逆らえず、地面を蹴ったエリィをグレアムが抑止した。エリィはその愚行に気づいたようだが、それでもまんじりとしなかった。
「お前らにとってその刀は仲間の形代なのかもしれないが、俺にとってはそれだけじゃない!それは俺の刀だ!!!」
エリィは悔しさの涙を湛え、声を枯らして叫んだ。声を張り上げなくても彼らには聞こえるが、今自分に出来る精一杯だったのだ。
ユミルテ王国の戦士は往々にして刀という珍奇な刃物で戦う。その刀のなかでも、自身の体躯を超える大太刀──それを使用するエリィは更に珍奇だった。
私はエリィと出会って大太刀という刀の存在を知った。その時に"大きくて使いづらい"との説明を受けたので、なぜエリィは大太刀を使うのか聞いたことがあった。
そしてそれは、幼少期のエリィが"刀は大きければ大きいほど強い"という抽象的な幻想を抱いていたからだと言っていた。そして、ユミルテ王国の高尚な戦士や竜討伐団に憧憬を持つ幼きエリィに両親が贈った至宝だった。
エリィは平民層の中でも貧しい家庭で育ったという。貧困生活の中、大太刀という高価な代物を両親はエリィに贈ってくれたのだ。狂王ラフアンの災害で両親を失った今のエリィにとって、かけがえのないものに違いない。
幾多の魔竜や魔物、魔族を斬り裂いた大太刀──際限ない愛情が宿った大太刀を奪取されるのは、私だって許せない。
──だから、私が全力で取り返すよ。
──エリィを絶望させるなんて、この私が許さない。
『火炎放射』
ホワステルが披露していた魔法発生の兆しをなくして発動する技術──そんな簡単なこと、私にだってできる。
唐突に放った魔法にウルリクアクアは驚愕を呈し、体勢を崩した。
──今だ!
炎魔法で杖に乗って、巧みな技術で誰よりも早く動いた。恐らく、グレアムも行動してくれるはずだ。ウルリクアクアの体勢が崩れた刹那の間隙をグレアムは無駄にしない。それに、グレアムだってエリィの至宝を取り返すのが先決だと考えているだろう。
──今すぐ、その手に持つエリィの大太刀を返せ。
手を伸ばし、刀を奪取する体勢でウルリクアクアに向かった。
──あと少し……!
ところが、私はいつの間にか彼を通り過ぎて目の前の樹木に衝突しようとしていた。
一先ず木を燃やして九死に一生を得たが、受け身は上手く取れずに転倒した。
私は確実にウルリクアクアに向かって飛んだはずだ。それが刹那の間に眼前から消えた。やはり空間魔法を使う魔族か?それとも、神速を使える魔法だろうか?
──ウルリクアクアはどこに消えた?
転倒した時に頭もぶつけてしまったようで、軽度の頭痛が走った。頭を抑えながら顔を上げる。刹那のウルリクアクアを早急に見つけて、今度こそあの刀を取り返さなければ。
初めに視界に入ったのはグレアムだった。私の推測通り、グレアムも私と同じように動きを見せていた。だが、それは不発に終わったようだ。彼は憮然と何かを眺めていた。
「これで主はいなくなったから、これは私のものだよ……?」
グレアムの視線に追随すると、妖刀を持って得意げなウルリクアクアがそこに居た。そして、彼はエリィの身体をエリィの妖刀で突き刺していた。
ウルリクアクアはエリィを抱擁して髪を撫でた。そして、そのまま彼に刺さった刀を抜いた。刀が抜かれた瞬間、エリィはもはや自立が不能になり、口から血を流して崩れ落ちようとした。
誰よりも早くリアトが"入れ替われ"で移動し、倒れるエリィを支える。そして、リアトが反撃の魔法を放とうとした時、既にウルリクアクアは全く別の場所で悠然と佇んでいた。
「エ、エ……リ……」
何も出てこなかった。ただ出るのは私の滑稽な嗚咽だけだ。エリィが"死を纏う妖刀"で刺された。あの妖刀によって傷を与えられれば、かすり傷でも死は免れない。それは、あの偉大なる帝国治癒師のホワステルですら背けぬ呪いだ。
「エリィ!」
リアトの叫びが遥か彼方に聞こえた。視界が歪曲する。息が、動悸が正常を忘れる。
──落ち着いてイヴィアナ。いいや、落ち着けるものか。落ち着くだけ無駄だ。
──早く……エリィを殺したあの魔族を早く殺さなきゃ。
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