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53."リア"


「ミレ、私たちが来るまでに殺しておくって言ったじゃない」


 私の脳内で何度も反芻された汚く品のない声が鬱蒼とした森の中から現れた。ふんわりとした穢らわしい金髪に、敵意むき出しで悪意に染まった真っ赤な瞳。


 その横には依然と温和で清廉潔白な雰囲気を宿しているだけの、最低最悪の帝国治癒師が悠々と歩いていた。


 憎悪と憤りが全身に流れる。私のような執着深い女には収まりきらないから、憎悪と憤りはとっくのとうに溢れ出ている。多分今も凄い形相でマルシュを睨んでしまっている。


 ──あぁ、今すぐにでも殺したい。


 彼女らがアイユイユやフェリシィラを前に現れるということは、本当にこの場にいる全員を虐殺するつもりだ。


「無詠唱の宮廷魔導師は殺した」


 私の攻撃を受けていながら、ミレは苦悶の声もあげずに淡々と話す。私の炎で再生を阻止しているうえに、顔半分と右半身が炎で焼かれているというのに大した根性だ。


「随分やられたね」と、完全に私の尊敬を失ったホワステルがミレを一瞥する。

「この炎でうまく戻せない」

「あたしの回復を待ってるってこと?仕方ないな」


完治せよ(キュナティオ)


 ホワステルはミレに触れることなく、遠方から魔法を発動した。すると無から身体が再生され、私が焼き付くしたミレの身体は元に戻った。私の炎で抵抗していたはずだが、その抵抗を凌ぐ浄化力で治癒している。


 舌打ちを鳴らしたいところだが、彼女の魔法技術に恐れ戦き、唇を噛むことしか出来なかった。


 どんな治癒魔法でも損傷した部位を無から生み出すことは不可能に近い。優秀なヒーラーのシェリロルでさえできない神業なのだ。それを一瞬で苦もなく完治できるホワステルは紛れもなく傑出した治癒師だろう。


「どういうことでしょうか……これは……?災禍の四柱執達吏(ディアルキャル)とマルシュ嬢が気脈と……?」


 木の背後からアイユイユは顔を覗かせた。アイユイユの問いにマルシュとホワステルは目配せをして無言を貫いた。


「ミレ、言ったでしょう?アイユイユだけは先に殺しておきなさいって。シュラクペが殺せなかったんだから」


 冷笑を浮かべてマルシュが言う。もう完全に馬脚を表している。


「知らない。あとは任せた、ミレはしらない」


 マルシュが八斬りのシュラクペを差し向け、マリオネとアイユイユを排除しようとしていたのは自明であった。──が、今まで隠匿しようと尽力していた彼女が、ここへきて平然と露にしているのだから、さらに業が煮える。怒りのあまり、爪が手のひらに食い込む。


 事情の知らないアイユイユは表に出て、憮然とマルシュを凝視した。王国に忠誠を誓った同僚として数年間ともに過ごし、魔族に対抗した間柄だ。ヘズ帝国の刺客というよりも絶望が勝るだろう。

 

 マルシュの持つ短い魔法の杖がアイユイユに向けられる前に私は動いていた。面倒なアイユイユを初めに殺すだろう。


死を安らかに(ローズフローヒェ)


 やはりマルシュは私よりも先にアイユイユを狙って詠唱した。


 炎魔法で杖にのり、アイユイユを拾って上空に避難した。予測して動いたというのに、あと数センチでアイユイユに魔法が命中していた。驚愕の射出速度で、凄まじい魔力を帯びた魔法だった。あれに触れれば一瞬で死んでいただろう。


「ありがとうございます……イヴィアナ嬢……」

「ね、言ったでしょ。私あの女嫌いなの」


 リアトの前では絶対に言えないことを冷淡に呟いた。当のリアトは地上で顔を俯かせ、シェリロルに撫でられている。


 アイユイユは絶望感から放心状態だった。彼も普通の人間だ。クリファイドとマルシュ──同僚に裏切られて心の傷を負っている。


 私はアイユイユのサングラスを外し、妙に長い前髪を耳にかけさせた。青と赤と緑の3色が混じった美しい瞳が空虚に世界を映している。私は彼の頬に優しく触れた。


 そんなアイユイユを連れ、様子を見て地上に降りた。


「マルシュ…」と、リアトは細い声で恐る恐る顔を上げる。「どうして、こんなことをするんだ?」


 リアトの問いにマルシュは伏し目がちに口を噤んだ。


 私から見てマルシュの感情は掴みづらかった。私たちには言う価値がないと思われているのか、言いたくない事情なのか……


 何も言わないマルシュを見かねて、ホワステルが口を開く。


「あたしたちの目的は所詮"異邦人"に分かるわけない。きみたちはただ魔王を殺してくれればよかったのに。非人族(あたしたち)の詮索なんてしちゃだめだよ」


 ホワステルの話を聞いている須臾の間に、私たちは血を流していた。致命傷までとは行かなくとも、軽傷では済まされない出血量だ。


 ──いったい、何をしたの?


 魔法発動前には必ず魔力の気配を感じられる。それなのに、無詠唱で何も感じなかった。八斬りのシュラクペさながらの魔力操作だ。


 あのご満悦顔からホワステルが放った魔法に違いない。白魔法は一般的な攻撃魔法より劣る分、治癒や加護を施す魔法に富んでいるというが──彼女に限ってそれはないな。


 傷を負った周囲の味方を、シェリロルは"憩泉の精霊ユーチーで瞬時に回復した。彼女も傷を負っていたというのに、心配性なヒーラーだ。


「マルシュ……俺は……どんなマルシュだって、それが君自身なら、それを受け入れるよ!!初めて会った時のあの親切な君も嘘だって言うのか?勇敢に人を助けられて、人にあんな優しく笑える君が…」


 マルシュは視線を落として口を噤み続けた。そんなマルシュを見て、私から小さく舌打ちが漏れていた。


 リアトがマルシュに()と呼ぶ時、私には彼なりの純真な愛情が籠っているように聞こえた。敵対してもなお、問答無用に否定しないところ──そういう所が大好きだった。


「前も言ったけど、俺が魔王討伐に出た理由はマルシュだし、俺が死にたくない理由はマルシュが"救った命を大事にして"って言ったからだ!!」


 剣戟音だけが聞こえる闇夜の森に、リアトの声が悲しく響く。


 私から思わず溜息が漏れた。怒りがさらに募る。手の震えが止まらなかった。今にも魔法を詠唱してしまいそうだ。


 あの女がそこまでリアトの人生を侵していることに心底腹が立つ。リアトの真摯で実直な叫びを嘲笑うように突っ立っているだけなのも腹が立つ。


 ──本当にあの女は早く殺したい。


「なにそれ?あたし聞いてないよ()()。この異邦人に会ってたの?」


 ホワステルの威圧的な白い瞳がマルシュを見る。彼女は狼狽しているように見えた。リアトがこの世界に降り立った時、マルシュと出会ったのは本当に偶然のようだ。

 

「偶然会ったのよ。ただそれだけ」

「ねえ、殺したくないの?殺さないとダメだよ?分かってるよね、()()

「分かってるわ」


 ──()()って誰?


 ホワステルはマルシュを呼ぶ時に()()と呼んでいる。マルシュという名から派生するあだ名ではないだろう。別名だろうか。


「マルシュ。もう1回聞くけど、なんでこんなことをするんだ?」


 リアトはマルシュから視線を逸らして苦しそうに言った。


 ──可哀想なリアト……


 マルシュは心臓に手を置き、一息吐く。


 ──悲劇ぶる女は嫌い。この女もそう。気持ち悪い。


「私は()()()()()()()()()()()()()()()()


 マルシュの毅然とした真っ赤な眼差しは、その言葉が真意ということを示していた。


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