51.万物凌駕のミレ
深閑とした森に剣戟音がこだまする。シヴァージ王国が誇る戦士と私たちの騎士2人の戦端が開かれた。
2人なら大丈夫。そう自分に言い聞かせる。
「間に合わなかったみたい。さよならシェフドル」
突如としてアイユイユの肩に触れる奇異な存在が現れた。癖のある菫のような長髪に、尖ったエルフ耳、さらに無意識に恐怖を覚える異様な瞳。その瞳は気味が悪い朱色をしていて瞳孔が白く、魔族でも異様な外見だ。
「残念でしたね……って貴方誰です!」
アイユイユは魔族の言葉に同調するが、異変に気付いて瞬時に一歩退いた。
次々と現れる敵に、もはや肩を竦めそうになった。視界がぼやける。本当に滑稽だ。私はずっと騙されていたのだ。
また感傷的になってしまった。運命を打破するんだ。戦わなければ。
ひとまず、ヒーラーを狙われたら終わる。そう判断してシェリロルを守ろうと果敢に動き出しかけたが、リアトが既にそばにいるのが見えたので行動をやめた。
リアトは冒険を経て勇敢に成長したものだ。やり直しをしていない彼ならば、動揺で動けていなかっただろう。
「魔族ですね」
フェリシィラは問答無用に指を弾き爆発を起こす。
そして魔族はフェリシィラの起爆に少しの狼狽も見せなかった。
終いには、呑気に指揮者シェフドルの死体の面前で弔っていた。彼女が徐に振り向くと、奇異な瞳が私を奇襲する。
「貴方まさか……万物凌駕のミレですか?」
アイユイユは少年さながらに目を燦然と輝かせて問う。
「おまえか、執達吏を知る者は」
魔族の声は、フェリシィラよりも感情を感じられない単調な声だった。雰囲気に威厳はなく、どちらかと言うと超然的だ。
とうとう本物の災禍の四柱が現れてしまった。400年前に猛威を奮った彼らは、現代でもなお生存していた。今の彼らにはどのような意図があるのだろうか。
私たちを殺せば、伝説のパーティーが目論んだ魔王を討伐させることは出来なくなる。
それ以上に敵対する私が怖いか?
魔王を討伐した後、狡猾に私を襲撃するのだから、本当に怖いようだ。
──それもそうだよね。私は"帝国魔道士"だもの。
「きゃーっ!万物凌駕のミレ!!!えっ?!貴方は本当に災禍の四柱ディアルキャルですよね!?」
指揮者シェフドルの前例があったからか、アイユイユはぬか喜びしないようにしている。とはいえ口を抑えて興奮しているように見えた。
「そう。ミレは"魔王様"率いる執達吏。執達吏の万物凌駕」
万物凌駕のミレは肯定の言葉を吐いた。瞳孔が白く不気味な瞳に魅入られそうになる。私は無意識に視線を外した。
「えー!きたーーー!!!本物!ホンモノ!待ってましたァ!ついにもう1名の災禍の四柱を……!!」アイユイユは神の御前にたっているかの如く、手を絡み合わせていた。「はい!聞きたいことがあるのですが!!」
「なに」と、ミレは返事した。
「ワタクシたちは編纂された事実を信じ込んできたわけなので、貴方と八斬りのシュラクペ、刹那のウルリクアクア、そして指揮者シェフドルが執達吏だと思っていたのですが、もう1名は誰なんですか?教えてくださァい!」
神秘的で奇怪な万物凌駕のミレはアイユイユの質問を歯牙にもかけなかった。緩慢に歩を進め、ニルトア湖の水に触れた。これが神話ならば、どれほど美しいものだったか。忌々しい魔族なのが残念だ。
「あとひとつ……それは"無双"」
ミレの尖った人差し指の先から、手を伝い腕へと移動して水滴が落ちる。
「無双?」
「"凌駕"すら"絶勝無双"に負ける」
名も特徴も不明の、災禍の四柱は"絶勝無双"という異名を持っているようだ。その異名から圧倒的な強さを誇ることは読み取れる。
そして、"凌駕"──つまりミレはその執達吏に勝てないということか?あまりにも抽象的な発言で推測の余地もない。
「私を殺すの?」
私がミレに問うと、奇妙な瞳に注視された。まるで魔力の圧力を掛けられているかのような圧迫感を感じる。
「おまえじゃなく、おまえたち。ミレは全員殺すように言われた」
また"命令"──万物凌駕のミレほどの大魔族に命令できる存在は魔王くらいだ。もし魔王の命令なら、矛盾している。なぜ自身を殺させようとしているのだろうか。
「執達吏が後世に喧伝されなかった理由。知るものを屠ってきたから」
ミレは淡々と話す。特徴的な仕草もなにもなく、無感情そのものだった。
「どうでもいい。早くマルシュも出てきたらいいんじゃないの?」
私がマルシュの名を出した途端、宮廷魔導師2人の視線が私に釘付けになった。まだ2人には何も言っていないのを忘れていた。
「もうすぐ来る。それまで生きれれば」
『強化』
万物凌駕のミレは、その華奢な腕で大木をへし折る。そして、大木を私たちに向かって投げた。確かにその腕力は万物を凌駕している。
投げられた大木は、フェリシィラが手をひとたび叩くとミレの元に戻されていった。返された大木はミレが素手で切り刻む。
フェリシィラにも言えたことだが、どんな魔法を使っているか分からない。
「エルフのくせに魔物のような戦い方ですね。品がない」
フェリシィラはミレを蔑視して言う。
ミレは彼女の言葉に動きを止める。少しの間視線を落として思慮しているようだった。
「品……品がある魔法はなに」
ひたと、ミレは眼鏡か何かを外す素振りを見せた。彼女は眼鏡もサングラスもしていない。
一体、何をする気なのだろうか?
そういえば、彼女のその素振りはアイユイユが魔法を発動する寸前に見せる挙動を彷彿とさせる。
「ん……?あれは」
真隣にいたアイユイユの疑義の声が聞こえた。彼はサングラス越しに目を眇めていたが、徐々に表情が狼狽に変わる。しまいには紳士らしからぬ叫声をあげた。
「皆さん!!!万物凌駕のミレを見るな!!!!!」
『死線』
ミレが聞き覚えのある詠唱を口にする。
今のは聞き間違いか?ミレがアイユイユの魔法を詠唱したような……
「フェリシィラ!!」とアイユイユは叫ぶ。
私やシェリロル、リアトはアイユイユの珍しき大声に意識を向けていた。だが、生真面目で警戒心が高いフェリシィラは万物凌駕のミレから目を離していなかった。
フェリシィラは脇目も振らず、万物凌駕のミレを凝視し続ける。まるで意識が飛んでいるかのようだ。
「だめだ……皆さん、ひとまず木陰に隠れて!」
アイユイユの指示に、フェリシィラ以外が果敢に動き出した。状況が掴めず唖然とする私は、アイユイユに抱えられて身を隠した。
不動のままミレを凝視し続けるフェリシィラは、血涙を流し始めた。
指揮者シェフドルが"死線"を受けた時と同じ現象が始まっている。あの詠唱は聞き間違いではなかったのか?
「フェリシィラ!」
私の無力な叫びも虚しくフェリシィラの心臓は貫かれ、力なく倒れた。魔物ですら残酷で、魔族でも正視し難い魔族を殺す魔法は、さらに酷薄に人を殺した。
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