49.裏切り
指揮者シェフドルの討伐から遡ること数分前。
グレアムの相手を引き受けたエリィは、湖畔から鬱蒼とした森の中へ知らぬ間に移動していた。グレアムの一撃の重心に耐えきれず、後退の連続を繰り返していたらいつの間にか湖畔が見えなくなっていたのだ。
「ちっ、本気すぎだろグレアム……」
エリィの妖刀で捌くにも限度があった。彼だって負けず劣らず攻撃をしかけている。本当に斬る気で妖刀を振っているというのに、グレアムには掠りもしない。
そしてエリィは思った。いつも手合わせして貰っている時、グレアムはかなり手を抜いてるな、と。
「このままじゃ俺が先に死ぬ」と思考しつつも、エリィはの頭には苦肉の策すら出てこなかった。ただ生き残ることに必死だったのだ。
そしてエリィの大太刀がグレアムの斧剣に弾かれた。エリィの手から離れ、空中で回転している。
彼はこの時、血の気が引いた。固く握っているはずの武器が相手の力に負けて手から離れる時、戦士は負けを認めざるを得ない。
エリィとグレアムは2人とも狂王ラフアンの魔力が宿る妖刀を注視する。
必死に手を伸ばすが、妖刀はグレアムの左手にあった。あまりの速さにエリィは唖然と佇む。
無感情な翡翠を持つグレアムは、手にした妖刀を左手に、斧剣を右手に持ち、奇抜な二刀流を模している。
「グレアム、それは返してくれ……」
立ち止まっている暇では無い。エリィは全速力で逃げながら、斬撃を避けた。攻撃を受け止めたいが、素手で刃物は止められない。
「まてグレアム!落ち着け!目覚ませ!そしてそれを返せ!」
エリィが何度声をかけようと無駄だ。グレアムは心無く一心不乱に襲ってきている。
エリィは咄嗟に身をかがめると、頭上に斧剣が過ぎって木を伐採した。
グレアムは斧剣をぞんざいに扱う戦闘をするはずがない。そう不思議に思うエリィは、瞬間地面に刺さった斧剣に足をかけ転倒した。先刻、頭上を過った斧剣が、エリィの先を越して行く手を阻んでいたのだ。
エリィの心臓は早鐘を打つ。振り返ると、グレアムは長い栗色の髪を荒ぶらせて、がむしゃらに妖刀を持って突っ込んできていた。
「まてまて!グレアム!!」
必死に声をかけるが、依然とエリィの声は届かない。
「グレアム!!!!」
危機一髪のところで、グレアムの持つ妖刀はエリィの首筋数センチ前で止まる。
「あれ、エリィ?」
いつもの温和なグレアムが、焦燥したエリィを覗き込む。
「うわ、なんで僕がエリィの妖刀もってるんだい?!」
グレアムは飛び跳ねて妖刀を手放した。
エリィは呼吸を止めていた所を、堰を切ったように息を吐いた。
「ざけんなよ……」
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指揮者シェフドルを討伐した後、すぐに深閑とした森からエリィとグレアムが出てきた。エリィには所々切創がある。身体が切断されていないことに安心した。
「エリィ!無事でよかった」
私はエリィに駆け寄って顔を覗き込んだ。顔面蒼白のエリィを見る限り、かなり危急な状況だったのだろう。
「冗談じゃない。死んだ心地だった」
エリィはなぜか自身の大太刀を大事そうに抱き締めていて、グレアムは「ごめんごめん」としきりに謝っていた。
「気が気じゃなかった……」
リアトはエリィの手を握り、安堵の溜息を吐いた。
「助かった。リアト、イヴィアナ」エリィは八重歯を見せて笑い、「……あとアイユイユさんも」と付け足した。
「いいえ」アイユイユは微笑む。「それにしてもなぜ露見したのでしょうね?ここは魔王城の番人ネベルブリーヤの霧の範疇ではありませんし、いくら魔王でも魔王領を全て把握している訳では無いでしょう」
アイユイユの言う通りだ。この場所が露呈した理由がわからない。
それに、シェフドルに"なぜこの場所が分かったのか"と聞いた時の言葉も引っかかる。
彼は『それを分からない貴方たちは本当に面白いな?』と私を嘲笑った。なにか嘲笑う要因があったに違いない。彼には私たちが滑稽に見えていた?──どうしてだ?
「大丈夫ですか?!エリィさん!」
近くで様子を見ていたフェリシィラとシェリロルが、ようやく姿を現した。
そして、シェリロルはエリィを治療した。エリィは「別にこんなことで使わなくても……」と零していたが、うちのヒーラーは過剰に心配するから仕方ない。
「よぉ〜、みんな元気そうだな」
ここで聞くはずのない声が耳に入り、背筋が凍る。
まさかまだ幻影を見ているのか?そう思って急いでシェフドルを見遣るが、微動だにしない屍に違いない。
「クリファイドさん、無事だったんだね」とグレアムが声をかける。
「あぁ、仕留めきれなかったがな」
前回は余裕綽々とネベルブリーヤを狩っていたクリファイドが"仕留めきれなかった"?
いや──なんでこの場所が分かった?
"ニルトア湖畔に身を隠す"という作戦はあの時の作戦会議で──リアト、グレアム、シェリロル、エリィ、そして私の5人での作戦会議でしか言っていない。
説明するのが面倒だからという理由で、アイユイユとフェリシィラ、クリファイドにも告げていない。
再三言うが魔王領──ましてやニルトア湖畔に隠れている魔族や人族を探知するのは不可能だ。
心拍数が上がる。手が震えだした。落ち着いて、イヴィアナ。
「クリファイド、なんでここが分かったの?」
私の問いに答えず、クリファイドは不敵に笑う。
「それよりも君たち、なぜ魔王を倒しに行かないで立ち止まってる。やはり噂通りの反逆者なんだな」
クリファイドの意味の分からない発言に、「反逆者?」とみんなが口を揃えてオウム返しする。
──あぁ、嫌だ……
ひとつの絶望がゆっくりと私に近づく。そして、背後にはそれ以上の絶望が待っている。私には受け入れきれないほどの莫大な絶望が──
クリファイドは私たちがここに身を隠すことを知るはずがない。
なぜ知っているか?信じたくもない明白な事実があった──勇者パーティーの中に裏切り者がいるのだ。
私の頓馬な質問にシェフドルが嘲笑するのも頷けた。裏切り者に騙され続ける私を見るのはさぞ滑稽だったろうに。
「クリファイドも……敵なの?」
歯ぎしりの音が聞こえる。私の歯ぎしりだ。淑女としてあるまじき行為だった。1粒の涙が零れた。屈辱からか、心痛からか分からない。
リアト、グレイ、シェル、エリィ。
──一体誰が、どういう感情で、なんの意義があって私たちを陥れているの?




