44.未来を?
「まず魔王領の入口から南西部のエラファ稠林に向かってく。そっからぁ……後は適当だ」
数日後、定刻通り魔王討伐の前日の作戦会議でクリファイドが乱雑に言った。
本来共に魔王領に赴くはずだったマルシュとホワステルの代わりに、アイユイユとフェリシィラを誘ってみた。
魔族殺しのアイユイユと、冷静沈着なフェリシィラは心強い協力者となる。私が誘った時、フェリシィラは顔を曇らせることなく承諾してくれたが、アイユイユは顔を歪ませていた。しかし、彼に「魔王城の番人や他の魔族に会えるよ」と囁くと、快く飛びついてきた。
ちなみに、操られていたフェリシィラはホワステルの白魔法で魔法を完全に排除してもらったことで、万全の状態に回復した。治癒魔法では排除できない厄介な魔法を容易に排除してしまう手腕──ホワステルは恐ろしい治癒師だ。
「魔王城には魔法が掛けられてるから、その解除のために稠林にいる魔族をやらなきゃならない。鹿人魔族の……ネベルブリーヤだ。そいつを殺ったら魔王城に入れるようになる」
「へーそうなのか、了解」
そういえば、またリアトに"魔王城の番人ネベルブリーヤ"の説明をし忘れた。この前の作戦会議で、だいたいは察してくれただろうか。何度もやり直しているとこの世界についての常識の教示を忘れてしまう。
「今見えている魔王城は偽りの魔王城だ。本物は別の場所にある。まぁ、場所は知らないが霧が晴れてから考えればいい。特に経路とかは決めてない。俺が随時案内しよう」
「ありがとう、クリファイド」と言ってツインテールの髪を払った。
「大火力の帝国魔道士がいれば戦闘で困ることは無いだろうしな」
この生意気な金髪の男は──クリファイドは、冗談を言うのが好きみたいだ。彼は眉を上げて、悪戯な顔で私を見る。
「その名前で呼ばないで」
"大火力の帝国魔道士"──そんな異名で呼ばれるようになったのは、私が"火炎放射"しか使わないからだ。帝国魔道士の試験でも、最後の任務試験以外は"火炎放射"だけを使った。
初級攻撃魔法の"火炎放射"は炎魔法を使う誰もが習得できる魔法だ。私がこれのみを使用する理由は単純で、それだけで事足りるから。これ以上の魔法を使う必要性がない。
そのせいで私は"大火力の帝国魔道士"──なんで呼ばれることは稀にある。当初から褒詞なのか悪罵なのかよく分からない異名だと思っているから恥ずかしいのだ。
「皆さん、先日はすいませんでした」
作戦会議を終えた後、私たちの前でフェリシィラが頭を下げた。その時、ハーフアップした髪につけた黒色のリボンも髪のように動いた。
「謝ることじゃないよ、フェリシィラ」間を置かず最初に慰めたのはやはりリアトだった。「俺たち無事だったし、気にしないで」
「そうですよ、フェリシィラさん!私たち生きてるので問題ありません」
リアトに便乗してシェリロルも心遣いのある言葉を告げた。相変わらず無愛想でにべもないエリィは「うん」とだけ。
「不意は誰にでもあるからね。仕方ないことだよ」と、グレアムは少し横柄に腕を組みながら言っていた。
「グレイの言う通り。なんならあんたの強さを再確認できたから魔王討伐に協力してもらうんだよ」
全員の仮借を聞いてフェリシィラは顔を上げる。
「ありがとうございます。最善を尽くしますね」そう無感情に言って立ち去った。
数日後。魔王領に入り、前回同様数々の魔物を倒しながらエラファ稠林に足を踏み入れた。相変わらず霧が濃く、魔力が空気に染み込んでいて、歩きにくい場所だ。
前回通りに進むとすれば、あと30分ほど歩くとクリファイドがネベルブリーヤの討伐に向かう。その前にエラファ稠林を抜け、身を潜めてマルシュたちの動きを待つのが策略だ。
リアトに目配せをした。早めに手を打たなければ、クリファイドが強行突破でネベルブリーヤを倒してしまう。彼女が死ぬとエラファ稠林の霧が晴れ、魔力探知でその場に居ないことが露呈する。
『火炎放射』
リアトが魔法を発動すると同時にあさっての方向に炎魔法を放った。私の詠唱と被せて"少し真似をする"を唱えた口は見えた。上手くネベルブリーヤの霧魔法を真似できたら良いが……
「なんだよ」と、先陣を切るクリファイドが不審な目で見つめる。
彼を初め、アイユイユとフェリシィラは私を敵もいないのに魔法を放った狂人のような目で見てきた。
「いや、ちょっと魔力反応が強かったから反射で撃っちゃって」
「ま、ここなら無理もないか」大剣を肩に担ぎながら歩を進めていたクリファイドの足が止まった。唐突に足を止められ、私は彼の大きな背中にぶつかってしまった。
「待て、後退しろ」
彼の雰囲気が一気に変わった。戦闘態勢に入ったようだ。魔力はさほど感じないが、背中越しに伝わる気配は悍ましさがあった。
全員がクリファイドに「え?」という疑問の声と視線を向けられる。
「いいから早く!」
クリファイドの叱責に圧倒され、皆が踵を返して小走りで後退する。
作戦通りだ。作戦は単純。強硬手段で──"魔王城の番人ネベルブリーヤ"の討伐を遅らせることだ。もちろんクリファイドはおろか、アイユイユとフェリシィラにも告げていない作戦だ。
そのために、リアトに一手打ってもらった。"少し真似をする"でネベルブリーヤの魔法を真似し、毒霧を発生させたのだ。恐らく少量の毒霧だろうが、皆の気を引くには十分だ。
リアトはまだ"魔王城の番人ネベルブリーヤ"と邂逅したことがない。だから、魔法は想像で補うに他なかったが、上手くできたようだ。
須臾の間にリアトと目を合わせる。黒い瞳は陰険そうに笑っていた。こんな狡猾そうな顔も出来るんだな。
「クリファイドさんは後退しないのですか」
単調で冷たいフェリシィラの声で振り返った。濃霧で見にくいが、クリファイドの背中が朧気に見える。こちらに向かって来る気配はない。
「クリファイド!」私が叫び呼ぶと、クリファイドは「うるさい」と鬱陶しそうに言った。彼は私よりも年齢が上なはずなのに、何故か年下のような生意気さがあった。
「俺はネベルブリーヤを殺りに行く。君らはエラファ稠林を出て進め」
「は?!何言ってんのクリファイド!」
ネベルブリーヤの本拠地まで、まだかなりの距離があるというのに、クリファイドは倒しに行くつもりなのだろうか。前回はホワステルの白魔法でどうにかなったが、今回彼は1人だ。
「うるさい。俺に任せとけ」
「分かりました。さようなら」フェリシィラは依然と冷酷非道な声で返答した。「行きましょう。皆さん」
「ちょっと?!」
「安心してください。イヴィアナさん」
フェリシィラは私を誘導する。そういう心配をしているんじゃない。ネベルブリーヤが早々に討伐されては、魔王領の魔力の不安定さが消えてしまう。
考えても無駄だ。それをどうこう出来る状況でもない。大人しく引き下がってニルトア湖畔に向かうとしよう。
「あの、大丈夫なんでしょうか……?おひとりですよ!」
純真無垢で優しいシェリロルに、アイユイユは「平気でしょうねぇ。だって未来を視れますから」と言って色つきサングラスを上げた。
「未来?」と皆食い下がっていたのに、アイユイユは「はい」としか言わなかった。彼の美しい瞳から、これ以上の言及を控えるような視線が向けられる。
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