40.私の憧れは
「"ウルリクアクア"」
マルシュが口にした名前が私の脳内で反芻される。
400年前の魔王直下の大魔族で、災禍の四柱と呼ばれた魔族、ディアルキャルの一角──"刹那のウルリクアクア"。
「綺麗な名前だね、ウルリクアクアって」
「私も同感よ。アクアって名前なのに水とは全く関係ないのが面白いけれどね。強いていえば髪色はそうかも?」
リアトとマルシュは普通に歓談を楽しんでいる。どうしてマルシュはウルリクアクアの名を躊躇なく言ったのだろうか?
悪魔魔族のウルリクアクアとの交友関係が露呈すれば宮廷魔導師という地位が揺らぐのではないか。それに、私達を騙し続けるためには言わない方が吉だろう。
ウルリクアクアの名を隠す素振りも見せなかった。何か企んでいるとは思えないほど安直な発言だ。
「ところでマルシュ、災禍の四柱って何かわかる?」
あれ?そういえば、リアトは刹那のウルリクアクアの名を知っているはずなのに、彼の名を聞いて驚嘆の感情を出していなかった。もしかしてリアトは探りを入れている?
「災禍の……?なに?」
マルシュは眉根を寄せて首を傾げた。
まさか、マルシュは災禍の四柱のことを知らないのか。だからウルリクアクアの名が魔族に直結する心配をしなかったのだ。アイユイユもシュラクペが現れるまで童話同然だと言っていたし、魔王以外の魔族は──当時人族を脅かした災禍の四柱でさえ、忘れられた歴史のようだ。
「知らないならいい。俺もそこら辺で聞いたんだけど、なんか禍々しい名前だなって思っただけだ」
「そう?」
「それより、大丈夫?マルシュ」
「え?ええ……」
「ウルって人が来てからマルシュずっと落ち込んでるように見えるから心配で」
こんなに如才無く話せる男なのに、なぜよりにもよってマルシュに好意を抱いてしまったのだろうか。
「私の友達が、ちょっと危ないことしようとしていて。仲間が駆けつけてくれてるみたいだから、大丈夫だとは思うんだけれど……ちょっと不安で」
「行かなくていいのか?」
「魔王討伐の手助けをしたいから」
演技か判別できないが、マルシュは視線を落として拳を握った。リアトは人の幸福を一番に望む人間だ。マルシュの感情の変化に既に気づいているだろう。
「大丈夫だよマルシュ。魔王を討伐しても仲間や友人がいなかったら元も子もない」
「本当に平気なの。ウルとハルは強いから、大丈夫だと思う。私は宮廷魔導師としての責務を果たしたいの」
「ううん。行ってきて。居なくなってからじゃ遅いからな。時間は巻き戻らない」
そうだよね。普通なら巻き戻らないのが至当の世の中だ。リアトも私も、巻き戻っているからこその恐怖心と理不尽さを味わっている。私たちこそ時間、そして選択の重要性を誰よりも知っているのだ。
リアトの真摯な面持ちに、マルシュは幾らか圧倒されていた。
「え、うん……リアトがそこまで言うなら……ちょっと見に行ってくるわ。絶対に魔王討伐前には間に合わせるから」
「それなら助かる」
リアトは再びスイーツを頬張り始めた。そんなリアトを見て、マルシュは笑顔を取り戻す。
2人のデートのお陰で、膨大な情報が手に入った。
災禍の四柱ディアルキャル、"刹那のウルリクアクア"がマルシュの仲間であること。マルシュが災禍の四柱のことを不知ということ。
あのおかしな距離感は何年も共にしていないと出来ない。恐らく、刹那のウルリクアクアは、伝説のパーティーの1人だろう。
これは私の類推に過ぎないが、伝説のパーティーはホワステル様、マルシュ、刹那のウルリクアクアが3人の魔道士ではないだろうか。
残るは星神使い・銃使いだが、先刻言っていたハルかオリミユだろう。
伝説のパーティーに魔族が紛れ込んでいる──酷く幻滅した。それに、伝説のパーティーが襲撃の黒幕かもしれない。
魔法鍛錬の士気を永久に高めてくれる、誰もが憧憬する"伝説のパーティー"が、黒幕──私の夢はどうすればいいの……?
なにより私が1番絶望したのは、帝国民が尊敬してやまない帝国治癒師のホワステル様がマルシュの仲間であり、私達を襲撃させることを看過していたという事だ。
なぜ崇高なる帝国治癒師のホワステル様が魔族と気脈なんだ──
あとはマルシュが言っていた伝説のパーティーの"別の目的"も気になる。それが理由で私たちに魔王を討伐させ、用済みになったら消すのだろうか。
明日ホワステルに会うと言っていたマルシュは、リアトと別れた後、小さな酒場でホワステルと顔を合わせた。私はと言うと、今度はマルシュの尾行を始めていた。
マリオネの糸は本当に優秀で、酒場で空気を読んだ店主が裏に入った後、マルシュとホワステルは多弁に話し出した。魔力で周囲を警戒しているから、この魔道具さえあれば無警戒で居てくれるのだ。
「ねえ、またウルが奇襲してきたんだけど。本当にどうにか出来ないの?あの女ったらし」
「距離近いのはどうにかして欲しいよね。あたしも困るけど、マルシュと話す時いつもゼロ距離だもんね」
他愛ない話が続いた。久々に会う友人に今まで起こったことを伝えあっている女の子達の会話だった。
ホワステルは意外にも酒豪だった。息つく間に酒を口に運んでいる。純白な髪と瞳を持つ彼女からは想像も出来なかった。
「ミユのことなんだけど、私も行こうと思うの」
ミユ?オリミユのことだろうか。
「聞いた。あたしも行くよ」
「いや、ホワステルには魔王討伐の方に行ってくれない?」
「魔王討伐?」
マルシュは私たち勇者パーティーが魔王討伐に行くことを語り、クリファイドも同行すること、ホワステルには協力して貰いたいと懇請した。
「なんだ。あとから行けば平気じゃない?」
「もし上手くいなかったらどうするの?私達が"待ち望んだ"魔王討伐よ」
「鹿の子にも手伝って貰えばいいんじゃない?それにもし出来なくてもあたしたちがやれるし大丈夫。"シュラクペ"は残念だったけど」
私の夢が崩壊して行く音がした。誇り高き帝国治癒師ホワステル様はシュラクぺと繋がりを持っていて、私達を殺そうとしている。いつから私は幻想を見ていたの?
「ところで勇者とあった?マルシュ」
「会ったわ。ひたむきな子だった。あと、もしかしたら私の事好きなのかも」
「へぇ、都合いいね。何でもマルシュの言う通りだ」
あぁ本当。こんな世界なんてどうでもいい。人助けなんてしてるほど余裕もない。仲間が無事で、幸せならそれでいい。帝国魔道士の時だって人間を殺していたし、この程度良心の呵責が震えもしない。手始めに不意を突いて殺そうかな。
世界も人間も魔族も破滅していい。私はただ憎悪で動く復讐女だから。殺そう。絶対に殺そう。
杖を握る手を強めて魔法を詠唱しようとした時、「おい」とやにわに声をかけられた。魔力も何も感じなかったため、生肝を抜かれたように驚いた。
「フレインのクソガキ。盗み聞きは貴族としていただけねぇな」
撃鉄を上げる音が聞こえる。私は銃口を向けられているのか。視線を落としたまま相手のズボンの裾と靴を凝視した。帝国の刺繍が施されている、夜間警備隊の制服だ。
怨念が尾を引き、驚愕を混ぜつつ顔を上げたので、相手は顔を歪めていた。深海さながらの瞳に、癖のあるくすんだ黄緑色の髪をひとつに結び、赤黒い軍帽を被っている。
「帝国の……夜間警備隊……なんでここに」
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