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39.刹那


 明日は確か、私がリアトに置いてかれた日だ。その晩にマルシュと一日を共に過ごしていたことを聞かされる。マルシュの動向を探る必要もあるし、どうリアトを(たぶら)かしていたか見に行く価値もある。


 翌日、エリィとグレアムがまだ寝ている所を忍び足で抜け出して宿屋の前に潜んだ。


 こんなこともあろうかと、数日前にマリオネに作ってもらった代物があった。マリオネお手製の、魔力を抑制する魔道具だ。繊細な糸で作られたこの魔道具を身につけている限り、魔力探知されることはない。


 マリオネは八斬りのシュラクペに比肩する魔力操作の持ち主であり、私とグレアムの旧友だから信頼もできる。助けた礼を口実に無理やり作らせて良かった。


「ねえ、エリィ……イヴィがアイユイユのこと気になってるとかは、有り得ないよね?」

「知らない」

「そんな……!否定してよ!」


 エリィとグレアムが一番乗りに宿屋から出て鞘探しの旅に向かった。グレアムが私のことに関して何か言っていたが、どうでもいい話だった。今日こそは鞘が見つかることを願う。


 その数分後にしゃちほこばったリアトがぎこちない足取りで出てきたので、私は尾行を始めた。


 待ち合わせ場所であろう地点に着くと、体をゆらしながら待っていた。そわそわしている。 

 そして20分後、マルシュが駆け足でリアトの元に走ってきた。


「おはよう、リアト。結構待たせちゃったかしら?」


 このやり取りの感じを読み取るにリアトは待ち合わせ時刻よりかなり前から待機していて、マルシュも時間よりは早く到着したと言うところだろう。何だこの駆け引き。見ていて何も楽しくない。


 そしてマルシュはリアトを様々な所に連れ回し、王都散策を楽しんでいた。ただただ散策を楽しむ2人を尾行するのも心地悪い。


 2人がカフェに入った。ここは昨日アイユイユと来た店である。この店は宮廷魔導師御用達なのだろうか──そう思い回顧した。うん……確かに味は高貴でありながら、値段はそこまで張らない良い店だ。


「めっちゃうまい!」


 マルシュに勧められたスイーツを食べ、リアトは至福を味わっていた。あの天真爛漫な笑みを、見る価値もない女がなぜ見ているんだ。


「でしょ?他にも美味しいもの沢山あるから、気になるのあったら頼んで頼んで!」

「ありがとうマルシュ」

「どういたしまして。私は何頼もうかな……期間限定にしようか」


 マルシュが「う〜ん」と鬱陶しく唸りながらメニュー表を見て眉根を寄せていた。


「ねえマルシュ」とリアトが勇猛果敢に話しかける。

「何?」

「その……」


 これからどんな惨状を見せられるのか辟易していたところで、突然マルシュが小さな悲鳴を出した。私は耳が特別良いので聞こえたが、普通の人ならこの距離で聞こえないだろう。


 (まなこ)を向けると、マルシュの真横に密着する魔法帽を被った男が居た。泰然自若とした雰囲気を宿した超然的な魔道士。


 誰だ?不思議な魔力を纏っている。彼が闊歩(かっぽ)すれば私でさえも瞬時に認識できるはずだと言うのに、目を離した刹那(せつな)に現れた。


「ちょっとウル!急にくるのやめてっていつも言ってるでしょ!!」


 マルシュは「もう!」と言いながら、頻繁に耳を摩っていた。マルシュの仲間か?


「満更でもなさそうだけどな……?」

「そんな訳ないでしょ!ビックリさせないで」

「ところでマルシュ……この人は誰……?」


 魔法帽を被る紳士はマルシュの髪、身体、肌に触れては、(みやび)に笑っていた。


 リアトは一途だな。こんな惨事があってもなお、マルシュと一緒に居れることが幸せだと思っているのだから。


 気まずさで視線を逸らそうとした時、決定的な特徴に気が付いた。肩につかないくらいの水色髪──毛量が多いからか誤魔化されていたが、耳が尖っている。エルフ魔族はもう少し大きい耳をしているから──彼は"悪魔魔族"だ。


「私がいるのに……?」

「ちょっと!やめてよ!!ごめんリアト。そんなんじゃないから。気分屋なのよ」


 依然と顔を赤くさせているマルシュが頬杖をついたとき、水色髪の紳士はマルシュの髪に唇をつけた。


 するとマルシュは再び頓狂な声を出して、さらに顔を紅潮させた。流石に我慢が尽きたのか小さな手のひらで顔を隠して紳士から多少遠ざかっていた。


 なんて茶番劇を見せられているんだ。私の推理もこいつらの茶番のせいで捗らない。


「で、何しに来たのよ──もうからかわないで」


 マルシュは髪を弄り続けるウルの手を払った。

 彼が悪魔魔族ならば、もしかすると災禍の四柱ディアルキャル──?アイユイユによると万物凌駕(ばんぶつりょうが)のミレは女性のエルフ魔族と言っていたし、悪魔魔族と言ったら指揮者シェフドル?いいや、流石に早合点か。


「それがね、オリミユが……」

「え?ほんと……?」


 "オリミユ"──誰だ?魔族の仲間?ディアルキャル?伝説のパーティーか?


「ありがとう、ウル」

「ううん……」

「ハルとウルに任せきりになっちゃうけど、よろしくね」

「もちろん……」


 また新たな人物の名が出てきた。"ハル"──情報量が多い。オリミユとハル、そして眼前にいる悪魔魔族のウル、マルシュとホワステル様の5人で数は合う──伝説のパーティーである可能性が高いか。


 というかもう話を終えたのか?早過ぎるような気がする。なんだか不思議な違和感を覚えた。


 耳打ちで話す内容は流石に私でも聞こえない。八斬(やつぎ)りのシュラクペが没し、次の作戦に切替える旨を伝えに来たのだろうか。


「じゃあね、マルシュ。くれぐれも気をつけてね……リアトもまたね……」


 ウルが気怠げに手振った瞬間、姿が消えた。密かに四顧(しこ)するがあの紳士は見当たらず、不思議な魔力も感じなくなった。


 刹那(せつな)的な魔道士だ。刹那的……刹那──そういえば、災禍の四柱ディアルキャルの一角に"刹那"の異名を持つ魔族がいた。


「ごめんなさいね取り乱しちゃったわ。本当に揶揄うのが好きな人なのよ……」

「不思議な人だったね」

「私の友人よ」

「名前はなんて言うの?」


 ナイスリアト!ちなみにナイスという言葉も一度目にリアトが教えてくれた異邦の言葉だ。


「名前?ウルよ。"ウルリクアクア"」


 マルシュが口にした名前が私の脳内で絶望と共に反芻(はんすう)された。


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