33.絶対に逃がさない
嫌な予感がして振り返るが、シュラクペは既に空に飛ぼうとしていた。
腸が切れた痛みなんて今はどうでもよかった。こんな瑣末な痛みより、今まで"3回も"仲間の死を経験したことの方が余程痛い。
「魔族だけは、絶対に殺す」
無意識に杖に乗って飛び、あの俊敏なシュラクペを超えて、行く手を塞いでいた。自分の憎悪が恐ろしく感じる。
『火炎放射』
私の最強の魔法でシュラクペを圧倒し、後退させた。高度を落とせばエリィやグレアムの攻撃が届くはずだ。
「殺しは厭いじゃ。命令以外に殺すつもりはない」
「その魔法でいうにはつまらない嘘だね」
「よう言われるわい」
私に斬撃魔法を放ち、隙あらば撤退しようとする所を"火炎放射"で邪魔をした。私の魔法は大火力の脳筋だけど、その精度は誰にも劣らない。
「執拗いのう」
「あんたのほうがよっぽど執拗いから」
「あぁ、イヴィアナの言う通りだな」リアトも浮遊魔法で空中戦に参戦していた。「お前だけは絶対に殺してやる」
平静を取り戻したリアトはいつの間にか上空にいてシュラクペに接近していた。
『重力操作』
例によってシュラクペは地上に叩きつけられた。リアトは酷い形相をして空からあの魔族を見下す。分かるよ。私も同等の──それ以上の憎悪をこいつに感じている。
「ちっ……億劫な魔法を使いおる……」
『火炎放射』
当たり前のように流れてくる斬撃が少し掠るが、痛みを感じない程に必死だった。今は魔法を多発し、私の魔力で彼の魔力探知を占領するんだ。
これまでの戦い方を見て確信できた。やはり、シュラクペはグレアムの気配を感じ取れていない。
エリィたちが到着する前まで私とグレアムの二人体制で攻撃しており、私の魔法の真反対からグレアムが攻撃を仕掛けるという策略だった。恐らくシュラクペはその法則性に気がついて対抗することが出来たのだろう。
賢いグレアムなら、その事に気がついているはずだ。
シュラクペは背後の、誰もいない虚空に大剣を振るい、狼狽で固まった。そして真正面からグレアムが彼を斬る。シュラクペは大剣を手から離し、切創を左手で撫でていた。
「儂が、正面から切られた……か」
呆然とするシュラクペにトドメを刺そうと、エリィが動く。魔族は二つ心臓を備えており、その二つの心臓を破壊しなければ生命力は失わない。しかし、エリィの妖刀が一つの心臓さえを貫けば、狂王ラフアンの呪いが体を蝕み、死に至らしめるはずだ。
あと少しで大太刀がシュラクペの心臓に届く。行け、エリィ──!
「はぁ……」呆然とするシュラクペから唐突に厳然さが戻った。「朋の気配を、忘れられたら良かったのかもしれぬな」
残り数メートルの付近でシュラクペはエリィの接近に気が付き、魔法を放った。
エリィの左手が切断され、同時にその妖刀も地に落ちた。刹那、エリィは驚愕を見せる。だが、痛みで悶え苦しむ所を踏ん張り、右手で大太刀を拾い上げた。
そして、咆哮を上げながら慣れない逆手で柄を握ると、そのままシュラクペの心臓に突き刺した。
エリィが先に倒れそうになった所をリアトが補助に入る。
「大丈夫か?」
シュラクペはエリィの大太刀が刺さったまま、仰向けに倒れて狂喜的に笑った。地面に広がる黒髪が気持ち悪い。
「ラフ……アン……」
満足気に独りごちたを呟いて息を引き取った。私としては同じ痛みを味わって死んで欲しかった。死後の世界、地獄で一生苦悶することを願うばかりだ。
安堵で目を瞑って倒れ込んだ。ついに惨劇の元凶を事前に討ち殺すことが出来た。
「イヴィアナ!」と勇者の声が私の名を呼ぶので、「なに〜?」と、能天気に返答した。
「ビビらせんなよ、死んだかと思った……」
リアトは私を介抱して治癒魔法を掛けてくれた。シェリロルと憩泉の精霊ほどでは無いが、止血と鎮静作用をもたらす魔法は使いこなしている。
「私が死ぬわけないでしょ」
「そんなことはないだろ」
リアトは顔を顰めて私を見つめた。そういえば二度目の魔王討伐の時、私は約束通りリアトを庇うために先に逝ってしまった。
「ま、元気ならいい」と言うリアトは憂いを帯びた顔をして私の頭を撫でた。
「シェリロル、大丈夫か?」
唖然と佇むシェリロルにリアトが声をかけるが、返事がない。かえすがえす名前を呼ぶと頓狂な声を出して肩を浮かせた。
「すみません……!戦いの余韻が残っていて……急いで治療します!」
例に漏れず召喚の詠唱をして憩泉の精霊が顕現した。
「私は大丈夫ですよ。ユーチー…本当に大丈夫ですから」ユーチーとシェリロルは何か話しているようだ。「治療をお願いします、ユーチー」
「手、戻るのか?」
シュラクぺによって左手が切断され、エリィは憔悴しきっていた。
「大丈夫です!ユーチーならいけますよ!無から生み出すことはできませんが、斬られたものがあるならくっつければ良いだけなので。ひとまず私が治療を施しますね」
「そうか。ありがとう、シェリロル」
精霊使いは精霊の契約者として精霊を召喚させるだけではなく、同じ空間にいる場合は精霊と同様の魔法を使用することが出来る。練度や威力は精霊に劣るが、精霊特有の自然を用いた魔法は人族が使う魔法と違い、特異なものだ。
エリィはユーチーに任せ、シェリロルは重症のマリオネを治療しに行った。マリオネは「さすがに早すぎて防御上手く出来んかったわ……」と弱々しい声を上げていた。
あの速度の斬撃をもろに受けて体が一刀両断されていないだけ、マリオネの脊髄反射も負けていない。
数十分後、マリオネの治療を終えたシェリロルが、私の治療を完遂してくれた。1時間もすればユーチーがエリィの手を元通りにしてくれるそうだ。
再三、盲目の魔族の死体に近づいた。単純に不安で生死の確認を何度もしたくなったのだろう。魔族という化け物の特性は未知の領域だ。死体から生き返る可能性だって捨てきれない。
グレアムも私と同様に憂慮していて、死体の前で見下ろしていた。暫く無言で眺めていると、グレアムが斧剣を取り出し斬首した。石さながらに転がる頭を視線が追う。
魔の族と言われていても、体内構造はほぼ同じで死体も残る。生々しいが、私の心境は愉悦に満たさていた。嬉しい……やっと、あの襲撃犯を殺せたんだ。
「この死体、持ち帰ってもよろしいでしょうか!」
愉快な声のアイユイユが間に入る。
「ダメに決まってるでしょ」
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