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31.八斬りのシュラクぺ②


 その影はシュラクペの首を狙い、大太刀を振るう──エリィだった。だが、あと数センチの距離でシュラクペは優雅に身を引き、妖刀から逃れた。


「ちっ……」


 エリィは思わず舌打ちしている。

 

「故友の魔力を忘れるともがいるかのう」


 みやびに笑うシュラクペは焦りのひとつもなく、次の魔法を繰り出そうとしている。不気味になびく黒髪も余裕を示していた。


 空中戦において戦士はなんの抵抗も適わず、ただ格好の的になるだけだ。エリィが傷つけられる前に救い出さなければ。


火炎放射(フランメルン)


 私は杖に乗って空中に躍り出て、エリィを拾い、素手から魔法を放出した。魔法の杖からの放出と比べると威力に劣るが、優先すべきはエリィの命だ。


「ありがと、イヴィアナ。死んだかと思った」


 エリィは手を震わせて言った。彼が震えるほどの恐怖を感じるのは珍しい。

 

「あんま無理しないでよ、エリィ」


 私はエリィの背中を思い切り叩いて喝を入れた。

 

「不意打ちなら割といけると思ったんだけど」エリィはまた舌打ちをして大儀たいぎそうにシュラクペを見上げる。「あれを避けるだなんてな」


「"狂王ラフアン"が、貴様のようなわらべと契約して斃死へいしするとはゆゆしきことじゃ……」


 魔族は一般的に倫理感なく伝道されることが多いが、冒険をする事で魔族にも心根があり、愛情を持てることを学んだ。シュラクペも旧友の死を憂いているのだろう。物憂げなシュラクペが単なる老人にも見えた。


 でも、同情なんてしない。何があろうと、私は魔族が大嫌いなことに変わりはない。


「差し支えなければ、ラフアンの往生際をおしえてくれないかのう……契約した時分じぶんでも構わない。儂は単に童が如何にしてラフアンをほふったのか、関心があるだけじゃ」

「どうやったかなんて忘れたな。どうだっていいだろ。俺が狂王ラフアンを殺したことに違いない」


 エリィの持つ大太刀からは、いつも未知の魔力が溢れ出ていた。その妖刀自身が決して触れてはいけないと外敵に対して威嚇をしている。


「濁すのはくないのう。"歿"を司る魔法を使うラフアンを圧倒できるのは、かつての"魔王様"だけじゃ」


 シュラクぺは凶悪な牙を見せて嗤った。

 

「まさか貴方!本当に狂王ラフアンの契約者なのですかぁ?!なんてこった!天地がひっくり返りますよ!」


 エリィとシュラクペの睨み合いに闖入ちんにゅうしたアイユイユは、興奮交じりにエリィに擦り寄った。


「なんだこいつ……」と、エリィの視線が私に救済を求める。とりあえず私は苦笑しておいた。


「貴方!本当なのですかぁ?!」


 鬼気迫るアイユイユは、大太刀の柄を握るエリィの手に触れた。非常に気持ちの悪い触れ方をしている。

 

「どっちでもいいだろ……」


 エリィはドン引きしつつもアイユイユの手を振り払わなかった。淡白だが、こういう所は変に優しい。

 

「狂王ラフアンといえば、各地を壊滅状態にした死神魔族ですよ??死んだとは聞いていましたが、まさか契約者がいるとは思いませんでしたァ……」


 アイユイユは目を燦然さんぜんと輝かせ、まるで"大賢者"や"名無しの勇者"を眼前にした子供のように狂喜した。ひょっとすると、アイユイユは狂王ラフアンより狂喜的なのではないか。


「"一瞥で魔族をほふるものよ"。貴様は儂らにとっても人族にとっても厄介な者のようじゃな…」


 やはり彼にアイユイユたちを襲撃させた首謀者は、アイユイユが視線で魔族を殺せることを知っている。"死線(トリートト)"は極秘魔法だというのに。


木端微塵(ミンミヌーレ)


 シュラクぺは前に躍り出てきたアイユイユに、容赦なく魔法を顕現させる。


 アイユイユの魔法は一方的な攻撃手段であって、防衛手段を持たない。彼にできるのは、己の身体能力で躱すことだけだ。


 だが、シュラクぺの魔法は無慈悲にも逃げ場のない斬撃だった。


撚糸(イロフィルル)


 マリオネが糸槍しそうで斬撃を受け流し、アイユイユを拾って木陰に隠れた。


「ボサっとすんな、宮廷魔導師の名が廃れんじゃん」

「やはりマリオネ卿の糸は強靭きょうじんですね。流石です!」


 危急な状況でも何一つ変わらない奇異なアイユイユに、マリオネは肩を竦めた。


「皆さん、お待たせしました……」


 私たちのパーティーで最強のヒーラー、シェリロルが到着した。膝に手を着いて喘鳴音(ぜんめいおん)をあげながら、薄青髪の団子を揺らして周囲を見渡している。


「シェル!グレイとアイユイユ……その銀髪の人を治してあげて。あんたのことは私が守るから」

「わかりました……!」


 リアトの姿が見えない。魔力の気配も感じられない。恐らくリアトは、シュラクペがやってきたような襲撃方法で撃破しようとしている。


 翼人魔族シュラクぺは今も悠然と空を飛び、私たちを見下す。


 魔族はいつも人族を軽侮(けいぶ)していて、人族への探究心が欠如している。八斬りのシュラクペ(おまえ)のような完全無欠を思わせる猛者には、探究する必要もないのかもしれない。


 だが、魔族(おまえ)たちの長を殺すという、越権行為を犯した"大賢者アムラヴィーベ"と"名無しの勇者"が使う万能魔法の使い手が再び現れたらどう思うのだろうか。


 魔法は表現力と想像力を混ぜ合わせた超越的力であり、その2つさえ無限大に広げることが出来れば、どんな魔法も具現化できる。


 この世界の生命体なら魔法の系統縛りで想像と表現の幅が強制的に狭まるが、リアトにはその強制力が働かない。加えて、この世界を知らない異邦人(リアト)が思考する魔法の可能性はどこまでも広がるだろう。


 気がつくと、リアトは堂々と正面突破でシュラクペに浮遊して向かっていた。"浮遊タンフーロ"を使っているはずだが、シュラクぺは魔力探知できていない。


 なるほど──リアトは"絶対に認識できなくなるが、目視で捉えられてしまう魔法"を使っている。詠唱文句は失念してしまった。


 この魔法は、リアトが旅の途中で文句を言いながら使用していた。大して役に立っていなかった魔法が、こんな場面で生きるなんて思いもしなかっただろう。


 "八斬りのシュラクペ"──どのような経緯で両眼を喪失したか知る由もないが、今だけはその()()が惜しいみたいだ。


 リアトはシュラクぺの眼前で魔法を詠唱した。


自分が思う最強の攻撃(インビ・マアリー)


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