28.窮地
「ちょっとグレイ!私を置いて先に行かないでよ。どこか分かってるの?」
グレアムは途上の木々を華麗に回避しているというのに、減速せずに疾駆し続けた。人を超越した才能に正直気が引ける。
「うん、だってイヴィがこっちの方向見てたから。違った?」
「え?……うん、まぁ…合ってるけど」
"見てた"と言ったが、私は顔を向けていたんじゃなく眼を動かし横目に捉えただけだ。それも刹那の時。今更だが、グレアム・クリーエは本当に人間だろうか。
グレアムに対する意味のない不信感を抱きながら、上空に上がった。
リアトは盲目の魔族が翼人魔族で、浮遊して戦闘していたと記憶を読み取っていた。魔力で感知できなくとも、目視で確かめられれば魔力隠密の意味もない。
メリペール遺跡を超えたところで、上空に小さな物体が浮遊していた。あれが私たちを何度も殺害した盲目の魔族の正体だ。感情に憎悪を乗せた刹那に、不愉快な魔力が私を襲った。
目視で確認できない距離にいるため、こちらを一瞥しているのかは不明だが、盲目の魔族が魔力で私を牽制したようだ。
アイユイユが戦闘に役立たないとしてもマリオネ──宮廷魔導師1人と対峙している最中。それなのに、遠方で迫る私に対して牽制する余裕があるのか。
できる限り高度を落としてグレアムに近づいた。この速度での低空飛行はグレアムと違い、木々に衝突してしまう。
「グレイ、作戦があるんだけど」
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時は数刻前。メリペール遺跡内部。宮廷魔導師2人が任務のため魔物退治に来ていた。
「破壊完了っと〜。楽ショーだね〜、何のために2人も必要だったんだあ?」
糸魔法使いのマリオネは能天気に欠伸をした。オリーブ色のショートヘアで、左側の触覚が三つ編みに結われている。瞳は深みのある藍色で知的な雰囲気を宿していた。
更に能天気──いや、上機嫌で気味の悪いのがマリオネの隣にいる。もう1人の宮廷魔導師 アイユイユだ。
彼は銀髪のポニーテールで、色つきのサングラスを装着している。サングラスの下にある瞳の色は奇異で、青と赤、緑が入ったグラデーションで瞳孔は彩やかな黄色をしている。
アイユイユが長身のせいか、マリオネは相対的に小さく見えた。
「文句は言うだけ無駄ですよ!マリオネ卿。キャメリチス嬢の占星術は当たりますから…」
「別に2人でもイーけどさ、オマエと一緒はヤなの。変態と一緒に仕事したいヤツいないっしょ?」
「おや…!これは傷つきますね…ワタクシは──」
ひたとアイユイユの歩みが止まった。止まったと言うより止めさせられた。アイユイユの踵は糸で抑えられて地に足を付けられなかった。
「なんです…?マリオネ卿。意地悪は頂けませんなぁ…」
「オレの糸が切れた」
そしてアイユイユの目前を斬撃が過ぎった。マリオネが動作を止めなければアイユイユは切断されていただろう。
「これまた有事ですね…!!」と、アイユイユが興奮気味に言う。
「魔力の気配がしないのに、オレの糸にはかかってる」
二人はひとまず遺跡の外に避難した。
「マリオネ卿、敵の特定はできますか?」
「黙れ。言われなくてもやってる──アイユイユ、避けて」
マリオネの忠告通り斬撃がアイユイユを襲ってきた所を、間一髪で避けた。
「おかしいですね…魔法のはずなのに魔力の気配が微塵もしない……」
「見つけた」と陰険に笑うマリオネ。「オレの"蜘蛛の巣"があるのに、マヌケなんかな」
「普通は気づきませんからね、マリオネ卿の糸魔法には」
マリオネは"蜘蛛の巣"の感知能力を駆使し、斬撃を回避しながら元凶を追跡した。
「さっきの話だけど、アイユイユ」
マリオネは上空に浮かぶ不気味で超然とした魔族を見遣って呆れ笑った。
「コイツ、オレの"蜘蛛の巣"に気付きながら無視してんだ」
「おや…それは可哀想ですねマリオネ卿。同情しましょうか?」
「オマエの呑気さ嫌いなんだよ」
魔王軍と何度も戦い、打ち破ってきたマリオネが眼前で浮遊する魔族に畏怖を感じていた。
「あ~あ、なんだあの化け物は…オマエの言う通り見つけてやったけど、勝てんの?」
「それは、まあワタクシがいれば魔族に負けることはないと思いましたが…これは無理そうですね!」
アイユイユは恍惚と夜空を見上げた。そこには闇夜に浮かび、長髪を不気味に靡かせる翼人魔族がいた。
「はぁ、なんという奇禍!」
快活なアイユイユの声を遮るように斬撃が襲う。アイユイユはその有能な魔法からあまり戦闘が得意ではなく、マリオネの糸に助けられながら動いていた。
『死線』
アイユイユは色つきサングラスを外して、魔法を詠唱するが、魔族に効果はないようだった。
「アイユイユ、オマエの魔法無意味じゃん!」
「はぁ…!なるほど。これはいけない。これはこれは…歴史的瞬間ですよ、歴史的!!」
アイユイユの涙腺と口元は緩み、涙とヨダレが垂れていた。マリオネは横目に軽蔑し、「うっわ」と距離を1歩置いた。
「こんな魔族に会えるとは思いませんでしたぁ!!最恐の魔王時代、災禍の四柱と呼ばれたディア──」
『操り人形』
陶然とするアイユイユに容赦なく斬撃がふりかかる所を、マリオネの糸魔法で彼を引き寄せ回避させた。
「あぶなっ!何やってんだよアイユイユ」
「これは失礼。少し昂ってしまいました」
「役に立たないなら、戦いのジャマはすんなよ」
「と言いましてもワタクシ、文弱ですので…」
諧謔を弄するアイユイユへ例に漏れず無数の斬撃が切迫する。
『毛細強糸』
マリオネの糸魔法による防御壁が展開されるが、斬撃は減速することなく糸を切り刻み、照準が狂うことなくアイユイユを襲う。
「ちっ…アイユイユ!避けろ!!」
「おや、これは避けられますかね?しかし避けれなくともワタクシの畢生に後悔などありませんよ」
「何言ってんだバカタレ!」
気味の悪い笑みがマリオネを一瞥する。
「そう思いませんか?マリオネ卿」
『救済命令』
アイユイユが詠唱した時、時間が緩慢に進み、マリオネはアイユイユに吸い寄せられて斬撃の前に放り出された。
「はぁ?!」
先刻まで数メートル先で傍観することしか出来なかったマリオネの眼前には斬撃が襲来する。彼は瞬く間にアイユイユの目の前に移動していた。
『撚糸』
咄嗟の判断で強固な糸で糸槍を錬成して、斬撃を受け止めた。跳ね返すことは適わなかったものの、軌道を逸らすことはできた。
マリオネはアイユイユに助けさせられたのだった。
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