26.気配
グレアムが暗雲に光明をもたらしてくれたことに違いはない。だが、この光明もあのメリペール遺跡の襲撃に間に合わなければ話にならない。
あの襲撃は恐らくメリペール遺跡での出来事ではあるが、アイユイユとマリオネが襲撃犯を探し出したことで、戦闘場所はメリペール遺跡の遥か手前だった記憶だ。
つまり、メリペール遺跡に到着しても、更に南下して行かなければアイユイユとマリオネ、そして盲目の魔族に遭逢できない。
そしてメリペール遺跡の周辺は鬱蒼とした森林が広がる樹海。マリオネの糸魔法は精密なもので滅多に感知させてくれないし、盲目の魔族は元より隠密術が優れている。可能性があるとしたら、アイユイユの魔力か。
グレアムと久しぶりに2人きりで朝日を浴びていると、彼はやにわに警戒態勢に入り斧剣を構え出した。
「どうしたの?」
私が首を傾げて問うものの、グレアムは眉間に皺を寄せて微動だにせず、眼だけを頻繁に動かしていた。
魔力探知なら私だって熟練ほどの実力はある。魔族や他の敵襲なら気付くはずだ。
「いや……今」と言って斧剣を下ろす、厳然とした面持ちから途端に温和に変わった。「確かに何かを感じたんだけどな、イヴィは何も感じなかった?」
「特に何も……近くに特殊な魔力を放つ個体はいな……」
"魔力"を感じなかった──まさか……!
私が魔力を探知できず、グレアムが第六感で感じ取った気配。
グレアムは前回の襲撃時に私を斬撃から救ってくれた。ということは、グレアムの第六感は盲目の魔族を感じ取れるのだ。
「イヴィ?」
私の顔を覗き込むグレアムを置いて、駆け足で拠点に戻った。シェリロルはまだ毛布を被っているが、リアトとエリィは起床して暖をとっている。
「エリィ、なんか感じ取ったりした?」
「え?うん。今その話をリアトとしてたとこだ」
「やっぱり……じゃあ魔族ってことだね?」
「ううむ」と唸りながらエリィは大太刀の妖刀を手に取った。鞘から少し出して刀刃に触れる。
エリィは死神魔族と契約した暗黒騎士で、死神の魂がエリィの体内と大太刀の妖刀に入っている。その恩恵と言うべきか呪いと言うべきか、エリィは魔族に敏感で私の魔力探知よりも優秀な時がある。
エリィ曰く、契約した死神魔族ラフアンの魂が疼くため、見知らぬ魔族には反応が薄く、ラフアンの記憶にある魔族に過剰反応する。
「反応はすぐ消えたが、間違いなくラフアンが反応した」
「なるほどね……リアトは魔力を感じてないよね?」
リアトは「ああ」と言って頷く。少し不安そうに眉を下げていた。
ラフアンでさえ一瞬の反応ということは、既に近辺には居ないということだ。隠密が得手で、さらに敏捷な魔族。あの盲目の魔族──本当に何者なんだ?
「ねえ、追いかけてみない?」
「やめた方がいい。とんでもない魔族だ」
エリィが契約した死神魔族ラフアンは大魔族だ。そのラフアンと馴染み深い魔族という情報だけで、エリィは忌避したいのだろう。
でも私は──未来の皆だってそういう訳にはいかない。
「それほどの魔族を野放しにしたら、どれだけ犠牲者が出ると思う?」
「僕も思ったよ」
いつの間にか戻ってきていたグレアムが私に便乗した。優しすぎる男のグレアムならば、迷わず乗ってくれると思っていた。
「イヴィアナとグレアムの意思を曲げられんのか?エリィ」
今のリアトは一度やり直しているから、胡乱な魔族の気配がすれば追跡したいに違いない。それはリアトの真摯な瞳をみれば瞭然としていた。
「2人のお節介はわかってる。でも、ラフアンの魔力が反応する魔族で、イヴィアナとリアトが感じ取れない魔族だぞ?お前らはラフアンがどれほど凶悪な魔族か分かってない」
エリィは震える声で言う。いつもこともなげの彼が感傷的に物を言うのは珍しい。
「俺の故郷は"狂王ラフアン"に壊滅させられたんだ。都市だぞ?それがたった一体の魔族によって壊滅し、市民は俺以外死んだ。俺だけがラフアンの脅威を知っている。もしその魔族がラフアンの仲間だったら……」
エリィは左目の眼帯を抑えて蹲った。無口で無感情に見えるエリィにも恐怖心が心奥に潜んでいる。
エリィの故郷が滅んでいることは彼の口から説明されたが、その原因がエリィと契約した死神魔族のラフアンだとは知らなかった。
毎日毎分毎秒、エリィは故郷を滅ぼしたラフアンへの憎悪と畏怖を抑制して共生しているのか。
「じゃ、倒さなきゃだな」
言葉選びをして黙考していた私を差し置いて、リアトが明朗に笑って話した。続けてエリィの肩に手を置く。
「ラフアンはもう死んでるから、さっき感じ取った魔族をな」と言ってリアトはエリィの手をとって立ち上がらせた。「エリィに辛い思いさせるやつは片っ端から殺ってけばいい。魔族なら尚更やり易い。それとエリィ、ラフアンのことはまだ怖いかもしれないけど、今のエリィと俺たちなら余裕で勝てるでしょ?」
こんな金言を泰然と語り、言葉の選択を誤らないリアト。彼は誰が見ても勇者で英雄だった。何故か私が誇らしげに鼻息を鳴らした。
「そうかな」
リアトを見遣るエリィはまだ悄然としていた。
「うん、間違いなくな」
この潔さと強かさは1度目から何も変わらない。エリィもシェリロルもあんたの人間性に惹かれてパーティーに入ってくれたんだから。
「わかった。いこう」
エリィはリアトの手を強く握った。
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