23.あんたは知らない話
不可抗力で瞼を開ける。本当は開けたくもない、見たくもない過去と現実を再度目にする。
リアトが住む村落の入口に私は佇んでいた。毎回ここから再出発する。4回目の魔王討伐だ。また、死へ向かう冒険が始まる。
あぁ、許せない。酷く腹が立つ。
もうこの世界ごと火炎に呑み込まれれば良いというのに。
母上に貰った魔法の杖を、乱暴に地面に突き刺した。本来はこんなことはしない。杖は魔道士にとって神聖で大切なものだから。
でもそれ以上に怒りが絶頂していた。今すぐ殺しに行きたい。殺したい。殺すしか感情がない。
許さない。許さない……!
あの女────!
あの女だけは許さない。私の大事な仲間を誑かし、裏切り、殺した怨敵。全てを破壊した元凶。
"あの女はやはり魔族だったのだ"。
私の脳内は無意識に前回の悲劇を追想していた。
私とグレアムを庇ったリアトは斬撃に直撃し、力なく倒れ込んだ。2人して不動のリアトを憮然と眺めた。それしか出来なかった。
エリィも絶望で何も発せていない。ただ膝から崩れ落ちた。
「リアト……」
「リアト!!!」
私もグレアムも必死にリアトの元へ走って、身体を揺らした。グレアムだってリアトが亡きものになっている事は理解している。ただ一縷の希望に賭けただけだ。
「なんで……なんで私たちなんかを庇うの……!」
私が助けなければいけない未来の英雄。こんな所で散る命ではない勇者の畢生。大粒の涙がとめどなく溢れる。
「リアト、頼むから起きてくれよ……」
グレアムも名誉騎士に似合わず、嗚咽を漏らしながら泣いている。私たちを庇って死んだという事実は、シェリロルの死以上に私たちの精神を蝕んだ。
「もう終わりでいいわよね」
高圧力の魔力を感じて振り向いた。涙で視界がぼやけているが、マルシュが私たちに向かって短い杖の先端を向けている。
「いいわよ、シュラクぺ。もう私がやるわ。万能魔法が居なくなれば平気よ」
『火炎放射』
私は善悪の判断が出来ないまま、脊髄反射で魔法を打った。
『暗黒』
『漆黒剣』
"火炎放射"は暗黒へ吸い込まれた。そして、私が追撃の詠唱を言いかけたところで、マルシュは刀を携えるエリィの如く私に接近していた。
私を仕留めようとするマルシュの剣戟を、グレアムが間一髪で応戦してくれた。
「大丈夫か?グレアム、イヴィアナ」
エリィも衰弱した精神ながらも、負けじと大太刀で加勢した。
「勇者パーティーはここでおしまいよ」
マルシュの真っ赤な瞳は冷酷に光り、私たちを見下していた。
「リアトを騙してたの?あんた最低」
「騙してないわよ」
「あんたは知らないでしょ。リアトがどんな思いで……いや、言う必要なんてない。すぐ殺してやる」
所詮黒魔法。マルシュは人間に扮した魔族だ。魔族と人族はどの時代も争い相容れぬ関係。なら絶対に殺さなければ。
「怖いわね」
刹那、マルシュとは違う別の魔力が私の感覚を刺激した。振り向いた時には後の祭りで、マルシュから一番遠くにいたはずの私の体は暗黒に溶けた。
私は正面から攻撃を受け止めて、魔法衝突で対抗しようとした。向こうもそのつもりだと思っていた。しかし、マルシュの魔法は背後から私を不意打ちした。これは空間魔法だ。別の魔族がまだ居る。
私は即死だった。グレアムとエリィの声すら聞こえなかった。
あの後のグレアムとエリィは無事なのだろうか。あの2人はパーティーの中でも高い実力を誇る。マルシュの相手は戦士2人だから優勢に戦えていたと信じたい。とは言え、もうこの世界では意味の無い思考だ。
それでも仲間にはどんな世界でも幸せに生きていて欲しい。
「はぁ……」
溶けた体がまだ痛むような錯覚を覚える。
何故?──何故そこまでの勢力を集めて魔王との戦闘時に応戦せず、討伐後に私たちを殺すの?
いや、もしかすると──私たちは魔王を"討伐させられている"のか。
寄り道をせずに疾駆してツアルトさんの家に向かった。扉の前で思索を巡らせる。
ここで私が押し入らなければ、リアトは数ヶ月先の未来で若き英雄の血を断つことはない。
"2度目の魔王討伐"の際、私は出来る限り寄り道をした。魔王討伐への畏怖はなくとも、その後の奇襲は畏怖していたからだ。だが、私のことをよく知るグレアムが疑問を感じ始め、苦肉の策で魔王討伐に向かった。
1度目とは別の選択肢を多くしてきたつもりだが、惨劇の結末は揺らがなかった。
"3度目の魔王討伐"では、何故かリアトまで時間が巻き戻っていた。本当はリアトに覚えているか尋ねられた時、首を縦に振れば良かったのだ。あの時、私は勇気が出ず白々しく否定した。
リアトは英雄で、勇者として相応しい人だ。私が出来なかった大きな運命改変を果たし、シヴァージ王国で多くの収穫を得た。
どうして私だけが記憶を引き継いでやり直せるのだろうか。
今回もリアトは記憶を引き継いだままやり直しているのだろうか?
それなら、今度は──今度こそは開襟して話そう。
扉に手を添えた。この扉を開けるか否か、前も思ったんだった。でもグレアムとシェリロルとエリィ、そしてリアトとの旅を回顧したら、開ける以外の選択肢はなかった。
そして、今回もリアトは私に水を差し出した。
さらさらな黒髪をセンター分けしていて、目は少し垂れている。漆黒の瞳は大きく、凝視されると反射で私が映ることもあった。不機嫌な表情を作る時、その垂れ目が釣り上がるのが魅力的だ。
書物を読む際はスクエア型の眼鏡を装着するのも、普段と違う厳かな雰囲気が様になっていた。
私が老眼なのかと茶化すと、「眼鏡を掛けていると集中できるから」という稚拙な理由を語ってくれた。
目の前で動き、喋るリアトが存在してくれることが幸せだった。
愛しいリアトにあの女が裏切り者だと、どう話せば良いだろうか。
「イヴィアナ、覚えてるか?」
肯定の言葉を口にしようとしたが、ふと気づいた。三度目と同じ言葉、声音だ。
「リアト、この方と知り合いなのかい?」
リアトの面倒を半年間見たツアルトさんの言葉は当然前と同じ。
もしかすると、リアトは前回の記憶を引き継いでいないかもしれない。やっぱり、話すのはやめておこう。
「私は……知らないよ」
「え……」
時間が巻き戻ったばかりのリアトは憮然と私を見ていた。
「婆ちゃん。俺旅に出るよ。いつか帰るから、絶対に」
前と同じく、脈絡のない突飛な発言だ。この言葉を聞いて確信した。リアトは前回の記憶がない。
(リアトが前やり直せたのは単なる奇跡だったの?──私はまた孤独に戦うんだ……)
いや、独りだからなんだと言うのか。今の私は恐れよりも憤怒が増している。
マルシュに対する復讐心が燃えたぎる私を、止められるものなら止めてみればいい。
マルシュが謀略する全てを台無しにしてやる。イヴィアナは世界で一番執着深い女だから。
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