19.エラファ稠林の主
「まず魔王領の入口から南西部のエラファ稠林に向かってく。そっからぁ……後は適当だ」
1週間後、定刻通り魔王討伐の前日に作戦会議で金髪のクリファイドが乱雑に言った。
マルシュはホワステルを懐柔して協力関係を持ちかけることに成功したおかげで、作戦会議には白髪で白い瞳のホワステルもいる。
彼女の長髪で結われたサイドポニーテールに、お団子を作っている髪型は、何度観ても綺麗だった。シェリロルといいホワステルといい、自身で結ぶには高難易度すぎる髪型ではないだろうか。
「え?」と、真面目な人間が異口同音に言う。不真面目というか、未だに俺よりこの世界に無頓着で無知なシェリロルだけ、クリファイドの乱雑さに疑問を抱いていなかった。
「魔王城には魔法が掛けられてるから、その解除のために稠林にいる魔族をやらなきゃならない。鹿人魔族の…ネベルブリーヤだ。そいつを殺ったら魔王城に入れるようになる」
「あぁ、そういえばそうだった……」
前回は"魔王城の番人"?とやらを他の誰かが対処してくれているとホワステルが言っていた。宮廷魔導師や宮廷狩人のおかげとも言っていたし、クリファイドが仕留めてくれたのだろう。
「今見えている魔王城は偽りの魔王城だ。本物は別の場所にある。まぁ、場所は知らないが霧が晴れてから考えればいい。俺が随時案内しよう」
済ました顔で相当現実離れなことを言っているが、クリファイドの悠々な面持ちからは信頼以外の感情を抱くのが申し訳なくなる。
「大火力の帝国魔道士がいれば戦闘で困ることは無いだろうしな」
"大火力の帝国魔道士"?
帝国魔道士と言ったらこの場に1人しかいない。イヴィアナを一瞥すると赤面して手を慰めていた。
「恥ずかしいからやめて、その名前で呼ぶの」
確かにイヴィアナは大火力で敵を仕留める、所謂脳筋魔道士だ。その大火力を出せるのもイヴィアナの並外れた魔力量の恩恵である。
「懐かしいねその呼び方。イヴィが帝国魔道士になった当初言われてたやつだ。今もさほど変わってないけどね。大火力だし」
「黙っててグレイ……」
イヴィアナは杖をグレアムの首に押し当て睨めつけた。杖の先端に彼の栗色の髪が少し乗っている。これは本当に大火力の炎が巻き起こりそうだ。
そしてグレアムの「ごめんって」の一言で大惨事は免れた。
「別にあの鹿なら俺1人でやれるけどな。逆に邪魔になりそう」
クリファイドは高慢で俺たちのことを弱者扱いする。慢心なのか実力者なのか分からないから反抗する気も起きない。それに思春期男子にに見えてきて、適当にあしらえる。
「こら、やめなさいよリフ。そんな事言わないの」と、マルシュはクリファイドに拳骨をくらわせた。
ふと思ったが、よく見れば2人の容姿は似ている気がした。さながら金糸の髪に真っ赤な瞳。でもグレアムとイヴィアナも翡翠の瞳が似ているし、よくある事か。
魔王領に入るまで、数多の魔物や魔族を倒してクリファイドの後ろについて行った。普段これをたったひとりで行っていると考えると、彼は超人としか思えない。
エラファ稠林に入ると、濃霧で四方が不明瞭になった。1歩でも遅れれば進行方向を見失いそうだ。
「こんな8人っていう大所帯で居るのって危なくないの?」と、疑問を口にすると、クリファイドがすぐに返してくれた。
「そもそもネベルブリーヤを殺らないと、いつ霧に襲われて惑わされるかわかんないから一緒に行動しないと死ぬ。魔王領の監視役みたいなもんなんだ。あ、それとこいつを殺ったら時間がないから一旦別行動する。言い忘れてた」
(その作戦を今伝えるのは遅すぎないか?)
クリファイドはかなり大雑把な性格なんだな。
また、エラファ稠林ではどれほど魔力抑制に優れていてもネベルブリーヤに発見されてしまうし、魔王領全体で魔力が不安定のため、エラファ稠林以外でも分散や隠れて行動する必要性が低いらしい。魔王領では魔力探知が上手く働かないのだ。
道すがらエラファ稠林の主、"魔王城の番人ネベルブリーヤ"について伺うと、帝国治癒師のホワステルのみが答えてくれた。クリファイドもマルシュも魔族への関心が薄いらしい。
「ネベルブリーヤは高精度の霧魔法を使うんだ。それで魔王城を上手く隠してるみたい」
「お前たちはここで待っててくれ」
「クリファイド、何をする気なの?」
クリファイドが唐突に立ち止まり、金髪の髪を揺らして鬱陶しそうに振り向いた。
「魔王城の番人なら俺1人でいける。お前たちの魔力は別のとこで使えばいい」
「だめよリフ」とマルシュが介入するものの、ホワステルが手で制した。
「それならあたしが霧を晴らすよ」
ホワステルは触れることの出来ない霧を触れる素振りをして見せた。霧を晴らせるのなら初めからやって欲しかった、というのは口にしないでおいた。
「ここからの霧は毒霧だね。だから止めたんだ」
「ああ、俺ならいける」
「そうだね。5分はかかるかな。頑張ってね」
言下に神速で消えた後、ホワステルが虚空に手を当て不動になった。霧の解析をしているのか魔法を使おうとしているのか分からないが、魔力の気配が皆無だった。
「ちょっと、本当に大丈夫なの?たった一人で大魔族と戦うなんて……」
「イヴィアナだってできるでしょう?それと同じよ」
そう言いながらもマルシュには一抹の不安があるようだった。クリファイドが1人で戦線に向かうことを止めていたし、信頼してはいるが心配しているのかもしれない。いや、あの表情は恐怖のように見える。
「毒霧も大丈夫って、一体どんな戦士っていうの……いくらグレイでも毒は無理でしょ?」
「無茶言わないでくれ。ごめんってば」
イヴィアナが無理にグレアムを押し出そうとしているのを、必死に食い止めていた。
グレアムはまだあの"大火力"についての業を背負っている。
「バレた」
「なんだ?どうしたホワステル」
「ごめんねみんな。気をつけて」
次の瞬間、霧の攻撃が炸裂し、周囲の霧が徐々に人型に変容した。霧の中の影がみるみる濃さを増し、遂には実体となって俺たちの前に出現した。
癖のある紫陽花のような短髪の女性で、頭には大きな鹿角が生えている。服の装飾は自然で溢れていて花や草木が施され、露出が多かった。
各々で攻撃を避け、戦闘態勢に入る。
「大所帯で侵入して気づかないわけないし。霧を晴らそうなどという愚行をしてなんなの?」
ぼそぼそとネベルブリーヤが喋った。癖のある髪を悠然といじりながら俺たちを見下す。
『火炎放射』
イヴィアナの大火力炎魔法が発動されるが、火炎はネベルブリーヤをすり抜け森林火災に発展した。
「それが実態じゃないの?」
「正直俺も思った」
この濃霧には当たり前にネベルブリーヤと思しき個体が複数いるのだが、明白に贋物と分かるものと本物だという匂いを放つものがある。イヴィアナが狙った個体は本物としか思えない魔力を放っていたのだ。
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