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18.ある訪問者


「ちょっとウル!急にくるのやめてっていつも言ってるでしょ!!」


 マルシュは「もう!」と言いながら、頻繁に耳を摩っていた。顔を紅潮させ目線を逸らしている。


「満更でもなさそうだけどな……?」

「そんな訳ないでしょ!ビックリさせないで」


「ところでマルシュ……」ウルと呼ばれる水色髪の紳士は(いや)らしくマルシュの肩に手を回し、手を重ねた。「この人は誰……?」


 ウルの視線が俺に刺さる。睥睨(へいげい)ではないと頭では分かっているが、その甘い瞳には敵愾心(てきがいしん)が宿っているように感じた。


「私がいるのに……?」


 あれ、俺の初恋生活はもう幕を下ろしただろうか。心臓が張り裂けそうだった。


「ちょっと!やめてよ!!ごめんリアト。そんなんじゃないから。気分屋なのよ」


 依然と顔を赤くさせているマルシュが頬杖をついたとき、水色髪の紳士はマルシュの美麗な金髪に唇をつけた。


 するとマルシュは再び頓狂な声を出して、さらに顔を紅潮させた。流石に我慢が尽きたのか小さな手のひらで顔を隠して紳士から遠ざかっていた。


 溜息が出そうなところを抑え、目を(しばたた)かせた。俺が挑もうとしている戦いは負け戦だということは明々白々だった。喉から手が出るほど欲しいものを目の前の神秘的で蠱惑(こわく)的な紳士に全て奪われてしまった感覚だ。彼が相手なら勝てっこない。


「で、何しに来たのよ──もうからかわないで」


 不貞腐れているようで、マルシュは髪を弄り続けるウルの手を払った。


「それがね、オリミユが……」

「え?ほんと……?」


 "オリミユ"──誰だろうか。名前的に女性に思えるが、アイユイユとマリオネの件もある。


「ありがとう、ウル」

「ううん……」

「ハルとウルに任せきりになっちゃうけど、よろしくね」

「もちろん……」


 (なんだろう……なにか違和感が……)


 一抹の違和感が俺を呼んでいる気がした。周囲の人々や景色に変化は無い。マルシュとウルも相変わらず2人で会話している。


 でも何かがおかしい。場面が、飛んだ…?

 考えても魔力を集中させても解明できない違和感だ。俺はなにかされたのだろうか。


 そう思い、不安げにウルを見遣った。


「じゃあね、マルシュ。くれぐれも気をつけてね……」と俺を凝視しながら言いやがった。「リアトもまたね……」


 マルシュに名前を呼ばれた時は大歓喜したが、この紳士に名前を呼ばれても何だか気味が悪いだけだ。


 ウルが気怠げに手振った瞬間、彼の姿が消えた。四顧(しこ)するがあの紳士は見当たらない。魔力も何も感じなかった。一体どのように退散したのだろうか。


「ごめんなさいね取り乱しちゃったわ。本当に人を揶揄(からか)うのが好きなのよ……」

「不思議な人だったね」

「私の友人よ」


 友人──本当にそうであったとしても2人が結ばれるのは時間の問題だろう。でも不思議とそれに対する嫌悪感はない。ただマルシュには幸せに生きていて欲しいと、そう願う。


「大丈夫?マルシュ」

「え?ええ……」


 ウルがマルシュに何かを告げてから顔を俯かせて何かを憂慮しているように見えたので、声をかけてみた。


「私の友達が、ちょっと危ないことしようとしていて。仲間が駆けつけてくれてるみたいだから、大丈夫だとは思うんだけれど……ちょっと不安で」

「行かなくていいのか?」

「魔王討伐の手助けをしたいから」

「大丈夫だ。魔王を討伐しても仲間や友人がいなかったら元も子もない」


 魔王を討伐することで平和が完成する訳では無い。魔王討伐が平和への第一歩なのだ。そして平和を築いていく未来に仲間や友人、マルシュが居なくては生きる活力も見いだせないだろう。


 マルシュだって同じだ。マルシュの悲しむ顔は見たくない。


「本当に平気なの。ウルとハルは強いから、大丈夫だと思う。私は宮廷魔導師としての責務を果たしたいの」

「それならいいけど……無理しないでくれよ」

「ありがとう」


 こんな時どう声を掛ければ良いのだろうか。俺はマルシュのやりたいようにやって欲しい。彼女が幸せであれば何でいい。それを俺は手伝いたい。


「マルシュ様、お取り込み中失礼いたします」と、食事を続けている最中、やにわにマルシュの部下であろう少女が現れた。


 服装が王宮の者だと言うことをいみじくも表している。俺に一礼をしてマルシュに体を向けた。


「どうしたの?」

「帝国治癒師殿がご到着なされたようでございます」

「1日早いわね。早めに来てくれたのかしら…とりあえず案内しといて、明日話すわ」

「承知いたしました」


「マルシュ、お願いしたいことがあるんだけど」


 ケーキを喉に流し込んでフォークを皿に置いた。


 襲撃犯の魔族を惨劇前に殺害して阻止するという手は失敗に終わった。あの惨劇は確実に起こる。


 しからば、盲目の魔族と対峙(たいじ)すればいい。繊細な魔法を使えない俺と火力で押し通すイヴィアナに魔族の追跡はできないし、グレアムの第六感は魔族の位置を特定出来るほどの力は無いはずだ。


 白魔道士ホワステルと黒魔道士マルシュ、シヴァージ王国が誇る化け物戦士のクリファイドに助力を願えば、かなりの戦力になる。


「出来ることなら聞くわ」

「魔王を討伐するのは俺たちに任せてくれ。でも、討伐後俺たちは疲弊しきってると思うんだ。残党に追撃されても結構困るから、帰りを手伝って欲しくて」

「そのくらいお易い御用だけれど、優秀な精霊使いがいるから魔力も体力も回復してくれるんじゃないかしら?それに、その前に大魔族は倒さないといけないと思うし……」


 疑義(ぎぎ)を呈されては俺に反論するすべは無い。再び夢魔法で予知夢を見たと虚言を(ろう)した。


「そんなことが……それは不安ね。わかったわ。できる限りのことはする」


 マルシュは予知夢を深刻に考え、喜んで協力すると勇敢に話してくれた。


「ちょっとリアト!」


 宿屋に帰宅すると、部屋の扉の前でイヴィアナが腰に手を当てて、張っていた。


「イヴィアナ、久しぶり」

「久しぶりじゃない!ほぼ2日間も会えてないんだけど、どこ行ってたの!」

「昨日はイヴィアナが夜遅くまでどっか行ってたから会えなかったんじゃん」

「今日はリアトのせいでしょ!」


 こうなったらイヴィアナは面倒臭い。グレアムという子守り役のおかげで俺への被害は少なかったが、イヴィアナは拗ねやすく繊細な女児さながらである。


「マルシュと出掛けてたの」

「え?マルシュと?珍しいね、リアトが?」

「イヴィアナは覚えてる?俺とまだ2人の時、俺にやりたいこと何かない?って聞いたでしょ?」


 異世界転移後、伸び伸びと農作業を手伝っていた俺をイヴィアナは唐突に連れ出した。その時に俺に冒険する口実を作ったのはイヴィアナだった。


「名前も知らない逢いたい人がいるっていう?」

「覚えてたんだ」

「当たり前でしょ」

「俺はその人に会えたんだ」


「え?」というイヴィアナの唖然の声を無視して、部屋に荷物を置いた。

「じゃ、飯食べよ。イヴィアナ」


 俺が先に階下に降りた所で、グレアムの「イヴィ?何してるの」という声が遠くから聞こえた。放心状態になるほどの報告だっただろうか。当初はマルシュを探す目的のあった冒険だったし、イヴィアナには伝えておきたかっただけだ。


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