17.名前を呼んで
その後大地の記憶を垣間見たが、魔族の正体を明確に記憶している媒体は見つからなかった。イヴィアナとフェリシィラに記憶魔法で見た内容を伝え、日が暮れる前に事件現場から立ち去った。
盲目で翼を持つ魔族といった特徴を知ることはできたが、肝心の居場所が分からなければ本末転倒で、またあの惨劇が起きてしまう。たいした収穫は得られなかった。
「ごめん、フェリシィラ。あんま役に立てなかった」
「とても役立ちましたよ。わたくしの推察が事実になったことは、大きな進歩です」
「それなら良かった」
帰りの馬車は空気が重かった。めいめい考え事をしているせいだ。
翌朝はイヴィアナに付き纏われないように、早朝から宿屋を出て宮廷に向かった。昨日の帰りの馬車でフェリシィラにシヴァージ王国伝承の魔法図鑑があると教えて貰ったからだ。
多くの者にとって魔法図鑑は単なる知識収集の手段に過ぎないが、俺はその知識を実践に生かせる。宮廷の図書館にある魔法図鑑と言ったら、伝説級の魔法が記されているに違いない。
それに、宮廷に行けばマルシユラフトに会えるかもしれない。
魔法図鑑には有益な魔法が記録されていた。例えば"少し真似をする"や"相手に合わせる"など場合によっては使えそうな魔法があった。
(少し真似をする魔法って、全部真似できなかったのか)
魔法図鑑に陶酔しすぎて時間を全く見ていなかった。途端に立ち上がり、急いで図書館の外に出ると日が傾き始めているではないか。
時間を使ってしまったが、役立ちそうな魔法を学べた。魔法は詠唱文句を憶えたら良いという単純明快さはなく、言語化のできない感覚に頼るもので、使いたくても使えない魔法がたくさんある。実践で使えると良いが………
宮廷の図書館を出て、通り過ぎる高慢な元老院らしき人達に睨まれながら歩いた。確か元老院は宮廷魔導師と不和だったはずだ。俺を睨むということは魔道士自体いけ好かないのだろうか。
「あ、勇者様じゃない!リアトさん!」
振り向いた先にはふわふわの金髪を揺らしながら走るマルシユラフトがいた。
「マ、マルシユラフトさん……」
顔を見て話せない気持ちを抑制して、果敢に瞳を見つめた。真っ赤な瞳は俺だけを見ていた。
「マルシュでいいわよ?マルシユラフトなんて長ったらしい名前で呼んでる人いないから」
「じゃあ……俺のことも勇者様はやめてくれ……そんなんじゃないし」
「えーっと、リアトね」
お願いしたのはこちら側だが唐突に呼び捨でで呼ばれると心臓が高鳴りが止まらなくなる。
「あの、さ。マルシュ……」
念願の呼び名を発せた喜びと焦りで言葉が続かなくなった。沈黙が流れる。マルシュは俺を覗き込んで不思議そうに首を傾けた。
(どうしよう、しぬほどいい匂いがする)
落ち着け。落ち着いて話すんだ、リアト。
「良かったらなんだけど、今度一緒に出かけたり……しない?」
マルシュは口を小さく開けて驚いている様子だった。
(いやだってマルシュのこともっと知りたいし、知るためには2人で話せる時間が欲しいし…………順番間違えてないよな?)
「公務が忙しそうなら無理しないで、ただ……」
ただ、なんだ?狼狽で適当にものを言ってしまう。
「いいわよ。明日なら空いてるけど、どうかしら?王都を案内したかったし丁度いいわね」
「え……まじかよ……」
宿谷に帰ったあとも放心状態で口を開けながら過ごした。そのせいでシェリロルが少し困惑していた。
「リアト……さん?」
「ああ、ごめんぽーっと……あいや、ぼーっとしてて」
シェリロルは俺の眼前で手を振って、正常かどうか確かめていた。
「大丈夫だって」と言ってシェリロルの手を掴むと、驚いた様子で「そうですか……!」と急いで手を離された。
「あ、ごめん。急に掴んじゃって……」
「いえ、全然!リアトさんなら何回でも……あ、いや……」
シェリロルはいつもは2つのお団子にまとめているが、お風呂に入ったあとは、それを解いている。毛量が多く、綺麗な曲線を描く薄青色の髪を、彼女は気恥しそうに指先でいじっていた。
翌日、待ち合わせ場所に30分早く到着しながら思った。
俺はなぜ垢抜けた服装を持っていないのだろうか。冒険者だから荷物が多くなることは憚られるが、冒険者特有の着たきりすずめはどうにかした方がいい。お洒落というものを学んでくれば幾分かマシだったのかもしれない。
「おはよう、リアト。結構待たせちゃったかしら?」
マルシュは予定時間より10分前に到着した。宮廷の遣いの正装で街中に現れると、国民達が頭を下げる。マルシュ曰く宮廷魔導師としての自覚を持って行動しなければならないらしく、年中正装で過ごしているそうだ。俺と似たようなもので安心した。
初めにマルシュが連れて行ってくれたのは、市場だった。市場で1つ食べ物を買うと、マルシュは俺の手を引き、人煙稀な水路についた。そこにはベンチと丸テーブル、パラソルが一つあった。街並みは古代に近いが、所々ファンタジーを思わせる。
「私の特等席よ。ここ、日陰だし奥まってるから誰も来ないの」
マルシュはメンチカツらしきものを俺は焼き鳥らしきものを食べた。出来たてで美味しかった。西洋風の国なのに市場で売っているものは日本らしさを感じて不思議だ。
その後次々に王都ラヴィンタの観光地や、穴場スポットへ牽引してくれた。俺を楽しませようとしてくれている。本当に優しい子だ。
「ここ私のお気に入りのお店なの」そう言って入店すると、店員はマルシュを他の客と同等に扱った。
他店ではしゃちほこばった店員がマルシュに対して必要以上のサービスを提供しており、マルシュも困惑の色を表していた。他店ではマルシュを"尊厳高い宮廷魔導師"として認識するが、この店ではマルシュを"1人の客"として認識してくれている。お気に入りの理由のひとつはそれだろう。
「めっちゃうまい!」
マルシュが勧めてくれたスイーツを頂いた。食感がクレームブリュレに似ている。
「でしょ?他にも美味しいもの沢山あるから、気になるのあったら頼んで頼んで!」
「ありがとうマルシュ」
「どういたしまして。私は何頼もうかな……期間限定にしようか」
マルシュは「う〜ん」と可愛く唸りながらメニュー表を見て眉根を寄せていた。
「ねえマルシュ」
「何?」
(まずい。名前を呼びたすぎて意味もなく発言しちゃった)
「あー、えっと……」
「マ ル シ ュ」
マルシュが小さな悲鳴を出した。それもそのはず、前触れもなく──魔力も姿も前触れなく──彼女の真横に男が現れた。
ボブくらいの水色髪で、魔法帽を被った、神秘的な魔法使い。
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