16.魔族の正体
馬車を降り、徒歩で数分進んだ所に結界が張られていた。事件状態の保存の用途で張っているようだ。
宮廷賢者のキャメリチスは星神使いという幻の能力者で、星の創世神の意識の一部が手を貸してくれる選ばれし者である。
精霊使いはこの世界の精霊が手を貸してくれるが、星神は規模が違いすぎる。あるいは地球の創世神も手を貸してくれるのではないか、と少し期待を抱いた。
その星神の能力でなんだか分からないが強固で精密な結界を張れるとフェリシィラが説明してくれた。フェリシィラ自身もよく分かっていないらしい。王都ラヴィンタを守護する結界も恐らくキャメリチスのものだ。
結界には宮廷の遣いと、事前に許可が降りた者のみ出入り出来るようになっている。フェリシィラが昨日話をつけてくれたようだ。
「色々な可能性はあるけど、アイユイユが居るのを考えたらやっぱり人族の襲撃なのかな?でも人族なら帝国魔道士を除いてマリオネが負けるはずないだろうし……でも、魔族ならアイユイユが殺せないはずない。帝国の仕業……?うーん……」
イヴィアナは珍しく真剣に思索を巡らせている。
「わたくしも帝国の差し金は考えましたが、アイユイユさんに手出する意味が無いと思いまして。どうですか。イヴィアナさん」
フェリシィラは両手を体の前に重ねて、慇懃に言った。
「確かにそうだね。帝国はシヴァージ王国を滅亡させる前にアイユイユを慫慂するつもりだったはず……いくら脅威でも殺すことはしない」
「ですよね。アイユイユさんは魔族研究さえ出来れば良い人ですから、好条件を出せば態度を変えますし」
なるほど、"面倒くさいやつ"と言われる由縁が漠然と理解出来た。魔族研究をしているなんてとんだ変人だ。
メリペール遺跡に到着する前に、凄まじい光景を目にした。ここが事件現場のようだ。てっきり戦闘はメリペール遺跡内部か周辺で行われたものかと思っていたが、遠くに遺跡の上部が見えるだけだ。凡そ数百メートルは先にあるだろう。
樹木は尽く倒伏していたり、乱雑に伐採されていて、地面は地割れが起きたように切り刻まれていた。場所によっては渓谷とも見れる景色になっている。本来ならば木々や緑が蔓延り視界が悪いはずだが、信じられないほど開けた大地だった。
思わず「うそだろ……」と声が出る。
半径数十メートルにも及ぶ戦闘の痕跡は地図に刻まれるべきだろう。そのくらいの地形変化が現れている。
「こんなことが出来るのなんて、魔族しかいないでしょ」
イヴィアナは事件現場の悲惨さに眉をひそめた。
「気をつけてくださいね」
フェリシィラの気遣う声を受け取ったが、反対側の耳から抜けていった。地面には所々乾いた血が付着していた。まばらに位置する血の痕跡から、乱闘を想像させる。
割れた地面に触れた。この驚異的な"斬撃の痕"──見紛うはずがない。俺たちを襲撃した正体不明の攻撃と同じだ。
万物を斬り裂く魔法──
「ねえ、フェリシィラ」
イヴィアナの声が単調に、冷然と聞こえた。
「なんですか」
「あんたも分かってそうだけど、言っていい?」
「はい」
「アイユイユとマリオネを襲ったのはやっぱり魔族で、"盲目"だったんじゃない?」
「やはりイヴィアナさんもそう思いますか」
「盲目?」
"記憶を辿る"を使おうとした瞬間、気になる言葉が飛び込んできたので思わず復唱した。
「そうだよリアト。アイユイユの魔族殺しの魔法の発動条件は相手の眼がアイユイユを捉えること」
「それ……ほんとに人間相手には発動しない魔法なんだよな?」
魔族だけに発動するという緻密な設定を施すのも億劫だろう。あるいは人間にも発動できるのではないかと邪推してしまう。
イヴィアナとフェリシィラは異口同音に「さあ」と言った。
震える俺を嘲笑いながらイヴィアナが話し続ける。
「だからもし目が見えていたらアイユイユが負けるはずない。"目が見えてないからこそ"戦えたと思う」
(盲目の魔族──そういうことか……!)
何も疑問に思わなかった。襲撃で殺された順番が犯人を示唆していたのだ。シェリロル、イヴィアナ、俺が殺られ、エリィとグレアムは俺が逝去した時にはまだ生きていた。
グレアムは先天性の魔力欠如で完全に魔力がなく、エリィも魔法が使えないくらいの微量な魔力量だ。盲目の魔族が"魔力で探知している"としたら、辻褄が合う。
「盲目の魔族となると、内部に謀反人がいる可能性しか考えられなくなるね……アイユイユだって魔法をひけらかしてる訳じゃないから、魔族殺し魔法の発動条件を知っている人は少ない。ただ、人族が魔族と交流できるのか……」
「魔族自身か……」
イヴィアナの発言に続いて、斬撃の痕を注視したフェリシィラは言い放った。
「どういうことだ?フェリシィラ」
「アイユイユさんは魔族研究家なのですが、変幻の魔法を使い、人間に扮している魔族がいると言っていました」
人に扮する魔族──時折感じるが、魔族は人族と違い外見的特徴が目立つだけで人族とたいして変わらないのではないか。少なくとも人族と同じ形状をしていると思し、内部構造も大抵は同じだ。ただ魔族も人族も互いに見下し、差別している抜き差しならない対立だから口出しはしない方がいいだろう。
「何にせよ、とんでもない魔族がシヴァージ王国に迫ってるってことだな」
「そうなりますね。だからキャメさんも早急に調査して欲しいんだと思います」
「とりあえずこの斬撃痕の記憶を覗いてみる」
地面を切り刻む数多の斬撃の中からひとつを選んで、杖で触れる。あとは集中して詠唱するだけだ。
『記憶を辿る』
脳内に記憶が流れ込む。虹色の色つきサングラスをした銀髪のポニーテール──の男が焦燥しながらも好奇心に抗えない笑みを浮かべている。この窮する状況で興奮しているのがアイユイユだろう。人物像も一致する。
もう1人が見える前に斬撃で地面が切り裂かれ、記憶が途切れてしまった。
同じ調子で数箇所の斬撃痕に"記憶を辿る"を掛ける。
もう1人の宮廷魔導師、マリオネはオリーブ色の髪色をしていて両側の後れ毛を三つ編みにした髪型が特徴の──男だった。
名前が中性的だったため、2人とも勝手に女性かと早計していた。
「あ~あ、なんだあの化け物は……オマエの言う通り見つけてやったけど、勝てんの?」とマリオネが話す。
「それは、まあワタクシがいれば魔族に負けることはないと思いましたが……これは無理そうですね!」
アイユイユは恍惚と夜空を見上げていた。そこに例の魔族がいるのだろう。
「はぁ、なんという奇禍!」
これが故人が生前最後の戦いで放った言葉とは信じられない。変人の度を超えている。
斬撃を受け、反撃したことで配置や場面が大きく変わり、魔族の姿が見えた。
朱殷色の髪が毛先にかかって黒く変色していて、女性並みの美しい長髪だった。背中にある鳥の羽のようなもので飛んでいる。
あれが、俺たちを襲撃した正体不明の魔族──
『死線』
アイユイユが色つきサングラスを外して、魔法を詠唱するが、魔族に効果はない。
「アイユイユ、オマエの魔法無意味じゃん!」
「はぁ……!なるほど、これはいけない。これはこれは……歴史的瞬間ですよ、歴史的!!」
アイユイユの涙腺と口元は緩み、涙とヨダレが垂れていた。マリオネは横目に軽蔑し、「うっわ」と距離を1歩置いた。
「こんな魔族に会えるとは思いませんでしたぁ!!最恐の魔王時代、災禍の四柱と呼ばれたディア──」
記憶が途切れた。恐らくこの後直ぐに斬撃が降り注いだのだろう。
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