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11.冷淡な宮廷魔導師


 ところで人族世界には魔族の陥穽(かんせい)に陥らないため、一人ずつ身分証明書のようなものがある。この世界に出生した時に適用される、魔道具による魔法で、偽装は出来ないよう工面している。発案したのは膨大な名声を持つ"大賢者様"だ、とイヴィアナがかつて目を輝かせて言っていた。


 俺もこの世界にきてツアルト婆ちゃんの家に居候させてもらってから、高貴そうな人間に魔道具で何かされた。あの時は何者で何をされたのか分からなかったが、帝国の公務員で身分証を作ってくれていたのか。


「ユミルテ王国のエリィ殿、ハプルセッカ公国のシェリロル殿」


 シェリロルはプリゾネイ出身だが、プリゾネイはハプルセッカ公国に所在しているため彼女の出自はハプルセッカ公国扱いらしい。


「ヘズ帝国……リアト殿……」


 兵士の睥睨(へいげい)が刹那に襲う。直ぐに厳粛な相好(そうごう)に戻ったが、俺の脳内ではその表情が延々に繰り返されていた。


「イヴィアナ・フレイン……グレアム・クリーエ……」


 二人に対して敬称をつけない様子はあからさまだ。先刻までの謹厳実直な対応と一転し、溜息をついて態度を崩した。


 シヴァージ王国民が抱く、ヘズ帝国の高官に対する嫌悪感は妥当だが、仲間が当てこすりされるのは不愉快なものだ。


「遺憾ながら通行を許可する訳には行きません。傑出した帝国魔道士と名誉騎士が今更なんの御用でしょうか?」


 言い方に皮肉が感じ取れる。慇懃(いんぎん)な口調ではあるが、高圧的だ。


「私たちはただの冒険者だよ」

「うん。僕たちはシヴァージ王国に協力をお願いしたいんだ。宮廷狩人(ハンター)に教示して頂きたいことがある」


 イヴィアナとグレアムが話し終えたあと、門番の兵士は二人を注視した。その瞳の奥に写る感情は友好的とは対極にある感情だ。


「あなた方がされなかったことを、私共(わたくしども)がしろと、そう仰るんですね」

「そんなこと言って……」

「帝国の命令に背くことはできませんから。そうでしょう?」


  門番の兵士はイヴィアナの発言を遮って、皮肉を込めて言った。


「俺たちは魔王を倒しにきた。俺達もそっちも目的は同じはずだ。それでも入れないというのなら魔王領にいく。武運を祈っててくれ」


 この発言はちょっとした博打だった。シヴァージ王国に寄れなければあの運命が大きく変化することはない。運命を改変させるには魔王軍をよく知る者の手助けが必要であり、あの襲撃に対抗する力も必要だ。


 俺が何も理解出来ていないことは分かっている。シヴァージ王国がここ数ヶ月間、辛酸を()めていたことを理解しきれていないと思う。でも、だからと言って手を(こまね)いていたくない。俺の仲間は──イヴィアナとグレアムは誰よりも義侠心(ぎきょうしん)がある2人だ。帝国は無慈悲でも2人は違う。


 俺たちとシヴァージ王国は利害一致している。これで反応がなければ騒ぎでも起こそうか。


「魔王を討つと……?何を言うのかと思えば……」

「イヴィアナとグレアムは俺の仲間だ。俺たちは魔王を討つ、勇者パーティーだ」

「勇者……?まさか最近話を聞くあの……」


 城門の兵士は顎に人差し指を当て独り言を呟き出した。


「何事です。有事ですか」


 冷徹で背筋の凍る声が上からした。奇襲ではないことを分かっているはずなのに、身構えてしまう。


 くすんだ(だいだい)色の髪をした女性が上空から緩慢に降りてきた。ハーフアップにしていて、瞳は藤色のようだった。黒く大きいリボンを後ろ髪につけ可憐な印象だが、声や瞳、表情全てが無で統一されている。


 ところで、この世界の魔法は系統が縛られているため、普通なら通説の魔法使いのように浮遊が出来ない。彼女は宙に浮いているようだが、浮遊系の魔法なのだろうか。


「フェリシィラ様。異常はございません。ただ……」


 兵士は跪いて冷徹な闖入者(ちんにゅうしゃ)に敬意を示し、俺たちを一瞥した。


「魔族の襲撃かと思いましたが、どうやら違うようですね」


 刃物さながらの視線が放たれる。


 冷徹な一瞥を受けて硬直しながらも、魔道士が常備する魔法の杖を持っていないことに気がついた。杖は魔法の威力や精密度を倍増させる能力を持つ魔道具のため、魔道士には必需品なのだ。


「宮廷魔導師……」


 イヴィアナの独り言が耳に入った。宮廷魔導師といったらマルシユラフトも同じ公職だ。


「帝国魔道士と名誉騎士ですか。これは高貴なお方ですね。何かご入用で?」

「手を貸して欲しくて。私たちは魔王を倒すためにここに来たの」


 イヴィアナはほんの少しの慇懃さを見せて話した。


 フェリシィラと呼ばれる宮廷魔導師は嘆息を吐いて、唐突に俺を見遣る。


「噂は常々。貴方が勇者と呼ばれる魔道士ですね。帝国魔道士と名誉騎士を連れてるとは思いませんでしたが」

「そう……だけど……手を貸してくれないならそれでもいい。そっちが無理する必要は無い」


 俺の発言にフェリシィラは目を丸くし、鋭い瞳が幾らか鷹揚に変化した。


「それは国王陛下が決めることです。謁見を取り次ぎます。少し時間は頂きますが、それでも良ければ入国を許可します」

「えっ……」


 宮廷魔導師への交渉は骨が折れるかと思っていたが、想像以上にあっさり許可が下り、しばらく固まった。


「え?いいの?!」

「本当に……いいのかい?」


 イヴィアナとグレアムも驚愕を晒している。


「この宮廷魔導師フェリシィラが言っているのだから当然です。どうぞ」


「わあ〜!やりましたね!よく分かりませんが良かったです」


 シェリロルは俺を見て純真無垢な笑顔を見せる。巻かれた薄青色の髪の毛も嬉しそうに揺れていた。


 エリィは無言のまま溜息を吐いて俺と目を合わせ、微笑をこぼした。


 そして、くすんだ橙髪をしたフェリシィラに先導されるまま城門を潜ってシヴァージ王国の王都ラヴィンタに入国した。入国という表現を使用するのも、シヴァージ王国の最後の都市が王都だからである。


「ご苦労。引き続き願います」

「はっ」


 振り返ると兵士はフェリシィラの背中に敬礼していた。あの兵士は皮肉屋だったが、城門の兵士として申し分ない。


「突然の来訪ですから、宿屋を用意してません。よろしいでしょうか」

「そりゃ全然大丈夫。宿屋を見つけるのも冒険のひとつだからな」

「それはそうと、先刻はわたくしの部下が煩わせたようですね。すいません」

「そんなの全然大丈夫だよ」


 あの兵士は宮廷魔導師の部下なのか。何故そこまで優秀な人材を城門兵に起用するのかと一刻疑問に思ったが、魔族を判断しなければならない職務としては妥当だと納得した。


「そうだね……あの方は悪くないから、謝らないで欲しい!それより……あの、フェリシィラさん。伺いたいことがあるんだけど……」


 気もそぞろのグレアムが言い淀みながら問いかけようとしたが、フェリシィラは質問を聞く間もなく冷酷に言い放った。


「マリオネは殉教しましたが」


 恐る恐るグレアムを横目に見ると、あの聖人からは想像もできないほど絶望的な形相をしていた。翡翠(ひすい)の瞳は暗澹(あんたん)とし、俺まで暗黒に吸い込まれそうだった。


 マリオネ──誰のことだろうか。グレアムと関係が深いようだ。


 微動だにしないグレアムを見かねたイヴィアナが「グレイ……」と呟いて抱擁する。


「大丈夫だよ、イヴィ。ごめん。ありがとうございます。教えてくれて」

「いえ。それではわたくしは陛下に謁見してきます」


 フェリシィラは掌を二度叩いて、上空から辞した。くすんだ橙髪と大きな黒いリボンが綺麗になびいていた。


「どんな魔法だ……」驚嘆で誰に言うでもなく口に出ていた。

「彼女は世界でも随一の無詠唱魔法使いだよ。詠唱の代わりに体で音を出すんだって。だからどんな魔法か詳細はわからない」


 フェリシィラの背中を凝視しながらイヴィアナが言った。


 大抵の魔法は詠唱しなければ具現化されないが、焚き火に火をつけたりする小さな魔法であれば無詠唱でも簡単に具現化できる人もいる。 


 このような生活習慣で使用する魔法は無詠唱でも発動されるようになるらしいが、それでも時間と才能が必須だ。攻撃系の魔法となると、選ばれし者しか使えないだろう。


 イヴィアナの言い方だとフェリシィラは、攻撃魔法も無詠唱で発動するようだ。警戒すべきなのか、信用すべきなのか判別できない。俺としてはひとまず人族のことは信用したいところだ。


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