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10.見捨てられた国


 運命の(ひず)みに怯える日々は終わった。俺の大事な仲間は無事再集結──ではないがそういう事にしておく──を果たした。


 これからは運命の歪みによって生じる一筋の光に期待しなければならない。

 あの惨劇の原因を追求し、改変させるのだ。手っ取り早いのは魔王討伐後に俺たちを殺した敵の特定をし、事前に倒すこと。しかし、当時ですら何も分からないのに今情報を掴めるはずがない。


 ひとまず、魔王領へ向かう道中の冒険で、あらゆる障害を予見し未然に防いだ。


 いつだったか、冒険中に出没した魔族にシェリロルが人質に取られた事件。とあるダンジョンのトラップで全員が分散され、単独行動になってしまい、攻略に手こずった事件など──あの惨劇の足がかりはないか捜索しながら冒険を続けた。だが、もちろん何の変哲もない冒険に足がかりが潜んではいなかった。


『魔王領に入るにはシヴァージ王国を経由するのが一番楽なのに。うちの国に寄ってくれたらすぐにでも協力したわ』


 ある時分(じぶん)、やにわに脳裏を過ぎった。前回魔王領のダンジョンで偶然出会ったマルシユラフトに言われた言葉だ。


 同時に不可知のユーペスを想起する。魔王直下の魔族が魔王並に強いことは明々白々だった。それを苦もなく一蹴したあの白魔道士と黒魔道士はまだ爪を隠している。

 あの二人に手を貸してもらえれば、運命を変えられるかもしれない。


「シヴァージ王国に寄ってもいいか?」

「シヴァージ王国か、俺は賛成。あそこは最前線だしちょうどいい。今まで立場上何も出来なかったけど、やっとシヴァージ王国に手をかせる……」


 エリィは少し口角を上げて呟いた。シヴァージ王国が魔族との戦いの最前線ということは全世界に知れ渡っている。それだと言うのに、シヴァージ王国に手を貸す国はひとつも無い。残酷な世界である。


「私も大丈夫です!よく分かりませんが、ついて行きます」


 シェリロルも問題はなさそうだ。しかし、グレアムとイヴィアナは眉を下げて翡翠の瞳同士、目配せをしていた。明らかに困惑している様子だ。


「イヴィアナ?グレアム?」


 二人の顔を覗きにいくも、二人とも気まずそうに目を逸らした。再三声をかけると、「あ……」「うぅ……」と2人して情けない声を出した。


「その……行きたいのは山々なんだけど、私たち……そのう……もしかしたら、王都に入れない……かも〜……?」


 イヴィアナは人差し指を合わせてモジモジした。高く結んだツインテールも心做しか萎んでいるような気がした。


「うん……そうなんだよ……リアトごめん…」


 体格の大きい男が情けなさそうな素振りをするのは少し滑稽だ、と前々から思っていた。グレアムは見た目のイメージと裏腹に消極的で温和な性格だ。


「どういうことだ?」

「イヴィアナとグレアムは帝国のなかでも高官の立場だから更にまずいってこと。まず世界で2人の名前を知らない人はい滅多にないだろうから」


 腕を組んだエリィが「めんどうだ」と溜息を吐きながら俺の疑問に答えてくれた。


「エリィの言う通りで……私たちはシヴァージ王国を見捨てたから……なにも言う資格はないんだけどね……」

「僕たちが言われるのは構わないけど、君たちに迷惑をかける可能性が高い……」


 2人とも意気消沈と俯いている。だが、この件はヘズ帝国の皇帝が判断したことで2人の責任では無い。ヘズ帝国が見捨てたからと言ってなんだと言うのか。


 俺とシェリロルは首を傾げる。


「ウチは(あやかし)が2人いるからなぁ」

 エリィは俺とシェリロルを順に視線で追った。

「ヘズ帝国は世界帝国であって絶対王者だ。その国が身をひけといったら、逆らうやつはいない。つまり、ヘズ帝国がシヴァージ王国への援助をやめるってことは世界中の国がやめるのと同義」


 なるほど、だからシヴァージ王国に救援を送る国がおらず、窮地に追い込まれているのか。


「は!?なんだそれ!!最低」

「そんなの許せません!私なら絶対に王様に話に行きます!」


 俺とシェリロルが口を揃えて意味もなく文句を言い合った。エリィは俺たちを歯牙にもかけないで依然と顔色変えずに語る。


「そうしなきゃヘズ帝国に目をつけられる。あの帝国に楯突くやつはいない。勝てないから。イヴィアナ5人と戦うだけで無理だって思うだろ?」


 帝国の秀でた選りすぐりの魔道士5人──帝国魔道士。その最年少で新参者のイヴィアナでさえあの規格外の強さをしているのなら、他の4人はイヴィアナ以上の手練だろう。時に帝国魔道士は1人で一国を滅ぼせる力を持つという。


「それは分かった。でも俺たちは今どこの国にも属してない。イヴィアナもグレアムもそうだ。だから堂々とするべきだろ。迷惑かける云々の話を今するほど俺たちの関係性は薄いのか?」


「リアト……」

「リアト、ありがとう。そう言われると僕も心が軽くなる」

「ねえ、リアトは私たちに失望したりしないの?」


 不安そうに眉根を下げたイヴィアナが問う。


「お前はそれが許せなくて皇帝をバカって言ったんだろ?むしろヘズ帝国に楯突いたイヴィアナとグレアムが益々やばく見えてきた」


 消沈した二人を激励するために笑い、「いい意味でな」と付け足した。


 そして「確かにイヴィアナはおかしいな」とエリィが便乗して言った。もちろんイヴィアナはエリィを杖でぶん殴った。


 シヴァージ王国の王都ラヴィンタは他国と異なり、非常に高い城壁で囲まれた城塞都市だった。さらに王都に張り巡らされた強大な魔力が感知できる。恐らく王都を覆うように結界が張られている。


 眼前には優雅に(そび)え立つ城が見える。視界に入り切らないほどの壮麗な王城だ。


「ここ裏口じゃないの?」


 王城は王都入口から最も遠い場所にあるイメージで、城門から写る画角が美麗であるべきだと思っていた。この城門は王城の作る陰影に隠れ、鬱々としている。


「裏口だよ。こっちから入るより正門から入るのが当然いいとは思うけど、もうそれは出来ないからね」

「どういうことだ?グレアム」

「魔王領はあっちなんだ」と言い、ある方位を指さした。「正門の方。言いたいことわかるだろう?」


 つまり正門は魔王軍と衝突する危険性が高いため封鎖したのか。魔王軍の侵攻は本当に目前に差し迫っているようだ。


「グレアム?どうした」

「あっ、いや……」


 グレアムの様相は消沈というより陰鬱だった。額に手を当て、現実から目を逸らすように俯いている。


「なんでもない。早く行こう」


 グレアムは長い茶色の襟足を揺らしながら、先陣を切って城門にいる兵士の元に向かって行った。皆それに倣って着々と歩を進めていたが、俺は呆然と立ち尽くした。言葉が足りなかっただろうか。グレアムは何か言いたそうにしていた。


「グレイは優しいからね」


 イヴィアナが前方の様子を確認しながら囁く。顔が近いせいで、彼女の東雲(しののめ)髪の触覚が頬に触れてくすぐったい。


「少し前までグレイは帝国騎士としてシヴァージ王国に来てたの。それを帝国が撤退命令を唐突に下したせいで、グレイも撤退せざるを得なかった。シヴァージ王国の兵士と共闘していた最中だったのにね。それで死者が増えた」

「グレアムは……」

「皇帝の命令だからね、逆らえないよ」


 言下(げんか)に鋭く言われた。イヴィアナからは憤慨を感じる。初めは後先考えない脳筋な子なのかと思っていたが、権力を振るい非人道的なことをする人間が許せないだけだ。


「皇帝陛下の(みことのり)は絶対。それが帝国なの。嫌われる理由わかるでしょ?さ、行きましょ。入れたらいいけど」


 イヴィアナが先に進んだため、表情が見えなかった。きっと彼女自身も良心の呵責に苛まれている。この時だけ多幸感溢れるイヴィアナから気無性(きぶしょう)さを感じた。


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