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第九話『広がる噂と、古文書の欠片』

 フォルティス公爵の娘、セラフィーナの挑戦的な来訪と、それに続くノア・オブシディアの過激な牽制。その出来事は、エルドラード王国の王宮内に、さらなる波紋を広げることとなった。


「聞いたか? 女王代理様は、やはりあの黒髪の魔女に操られているらしいぞ」

「公爵様の姪御にあたるセラフィーナ様にあのような無礼を働くとは……やはりただ者ではない」

「このままでは、王国はどうなってしまうのだ……」


 フォルティス公爵一派が巧みに流した噂は、セラフィーナの登場によって真実味を増し、貴族たちの間で囁かれるだけでなく、衛兵や侍女たちの間にも不安の影を落とし始めていた。これまで中立を保っていた貴族たちも、日増しにフォルティス公爵側へと傾いていく。ルミリア・エル・エルドラードの孤立は、日に日に深まっていた。


 会議の場での風当たりは、さらに強くなった。以前は遠慮がちだった貴族たちも、今は遠回しに、あるいは直接的に、ルミリアの若さや経験不足、そして「魔女」の存在を問題視する発言を繰り返すようになった。


「……ですから、その政策は時期尚早かと。まずは国内の安定を……特に、姫様の『周辺』の安定を確保することが先決では?」

「左様左様。民も、得体の知れぬ魔女が城内にいるとあっては、不安でおりますぞ」


 ルミリアは唇を噛み締め、必死に反論しようとする。しかし、向けられる冷たい視線と刺々しい言葉に、心は折れそうになる。それでも、女王代理として、民のために、ここで挫けるわけにはいかない。涙が溢れそうになるのを、奥歯を噛み締めて必死に堪える日々だった。


「ルミリア様……」


 侍女のエリーは、日に日にやつれていく主の姿を、胸を痛めながら見守っていた。自分にできることは、お茶を淹れ、励ましの言葉をかけ、そして夜、一人になったルミリアが静かに涙を流す時に、そっと寄り添うことくらいだった。


 ***


 そんなルミリアの様子を、ノアもまた、自分なりのやり方で気に掛けていた。もっとも、そのやり方は、常人には到底理解しがたいものだったが。


 ある日、政務で疲れ果て、執務室のソファでぐったりとしていたルミリアの前に、ノアが山のような菓子箱を抱えて現れた。


「おい、ルミィ! 元気がないな! よし、これを食え!」

「ノ、ノア……!? このお菓子は……まさか、また厨房から……!?」

「細かいことは気にするな。さあ、食え食え! 甘いものを腹いっぱい食えば、大概の悩みなどどうでもよくなる!」


 ノアはそう言うと、色とりどりのケーキやクッキーを、有無を言わさずルミリアの口元へと押し付け始めた。


「むぐ……! も、もう食べられません……!」

「何を言うか! まだまだあるぞ! ほら、このマカロンも美味そうだ!」


 またある時は、ルミリアが溜息をついていると、ノアは突然、部屋中に美しいオーロラのような光のカーテンを作り出した。


「どうだ、ルミィ? 綺麗だろう? 私の魔力のほんの一部だがな。少しは気が紛れたか?」


 確かに綺麗だったが、後片付け(魔法の残滓がキラキラと部屋中に舞っていた)は全てエリーがやらされる羽目になった。


 そして、ルミリアが一人で静かに涙を流していた夜には、いつの間にか隣に座り、ぎこちなく、しかし優しくその頭を撫でた。


「……よしよし。泣くな、私の可愛いルミィ。安心しろ。あのキツネ目女も、脂ぎったタヌキ公爵も、お前をいじめる奴らは、この私が残らず消し炭にして……」

「ひーん! 物騒なこと言わないでください! それに、わたくしはあなたのものではありません!」


 ノアなりの慰めは、いつもどこかズレていて、ルミリアを困惑させることが多かった。しかし、その不器用な優しさは、孤独と不安に苛まれるルミリアの心を、確かに温めていた。この破天荒な魔女がそばにいてくれることが、今は何よりも心強い支えなのだと、ルミリアは感じ始めていた。


 ***


 ノアの意外な一面に触れるたび、ルミリアは彼女の過去への興味を募らせていった。なぜ、これほどの力を持つ彼女が「厄災の魔女」と呼ばれ、封印されなければならなかったのか? 本当に世界を滅ぼそうとしたのだろうか?


(ノアは、本当は悪い人じゃない……。ただ、力が強すぎて、周りに理解されなかっただけなんじゃ……?)


 ルミリアは、エリーと共に、再び城の古文書庫へと足を運んだ。宰相バルテルミも、ルミリアの考えに理解を示し、調査に協力してくれた。


「姫様、こちらに、ノア・オブシディアが封印された当時の記録と思われるものが……。しかし、大部分が破損しており、読める箇所は僅かですが……」


 バルテルミが差し出したのは、焼け焦げ、虫に食われた跡のある、ひどく古い羊皮紙の束だった。ルミリアは慎重に、その脆いページをめくっていく。書かれているのは難解な古代語だったが、エリーと宰相の助けを借りながら、少しずつ読み解いていった。


 そこには、やはり「厄災の魔女ノア、その力は星霜をも蝕み、世界に混沌をもたらす」といった、伝説通りの記述が多く見られた。しかし、その中に、これまで見落としていた、あるいは意図的に隠されていたかのような、不可解な一文があった。


『――されど、乙女の涙は封印の鍵にあらず。むしろ、永劫の眠りからの目覚めを促す呼び水とならん。かの魔女は、自ら望みて深き眠りにつきたり。世界を……いや、愛しき者を守る、唯一の方法として――』


「……!?」


 ルミリアは息を呑んだ。自ら望んで眠りについた? 愛しき者を守るために? これは、どういうことだろうか? 伝説では、聖騎士と大賢者が力を合わせ、ようやく魔女を封印したとされている。しかし、この記述は、それとは全く違う可能性を示唆していた。


 さらに、別の羊皮紙の断片には、当時の聖騎士が遺したとされる、短い詩のようなものが記されていた。


『――黒き翼持つ乙女よ、汝の罪は深き愛ゆえか。星の定めか、人の業か。我らが剣は汝を封ずとも、その魂の救済を祈らん。願わくば、幾星霜の後、汝を理解する者が現れんことを――』


「黒き翼……? 深き愛……? 封印は、罰ではなく……救済……?」


 エリーもまた、困惑した表情で呟く。


 見つかったのは、断片的な記述だけだ。しかし、それらは確実に、ノア・オブシディアという存在が、単なる「厄災の魔女」ではない可能性を示していた。彼女の過去には、一体どんな真実が隠されているのだろうか?


 ルミリアは、古文書の欠片を握りしめ、思いを馳せた。いつも傍若無人に振る舞い、自分を振り回す、あの黒髪紅瞳の魔女。彼女の本当の姿を知りたい。そして、もし彼女が本当に苦しみを抱えているのなら、今度は自分が彼女の力になりたい、と。


 一方、その頃、ノア・オブシディアは、ルミリアの部屋のバルコニーで、相変わらず気だるげに空を眺めていた。彼女の紅い瞳は、遠い過去を見つめているようでもあり、あるいは、すぐそこまで迫っている新たな脅威を見据えているようでもあった。


「……やれやれ。ますます面白くなってきたではないか」


 ノアは、誰に言うともなく、楽しげに、しかしどこか意味深に呟いた。

この小説はカクヨム様でも展開しています。

そちらの方が先行していますので、もしも先が気になる方は下記へどうぞ。


https://kakuyomu.jp/users/blackcatkuroneko


よろしくお願いします。

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