第五話『魔女様(居候)と、女王代理(苦労人)の日常』
伝説の「厄災の魔女」ノア・オブシディアが、若き女王代理ルミリア・エル・エルドラードの護衛(という名の、自称・保護者)として王宮に滞在することになってから数日。エルドラード王国の心臓部たる王城は、かつてない混乱と喧騒(主にルミリアとその側近たちの間で)に見舞われていた。
まず、ノアの寝床問題。ルミリアの隣の豪華な客室を用意したにも関わらず、ノアは夜になると、いつの間にかルミリアの寝室に現れ、そのベッドに潜り込んでくるのだ。
「ん……ルミィは温かいな……抱き枕にちょうどいい……すぅ……」
「ひゃあっ!? ノ、ノア! また勝手に入ってきて! 重いです! 離れてください!」
ルミリアの悲鳴と涙目の抗議も、ノアには心地よい子守唄程度にしか聞こえていないらしい。毎朝、侍女のエリーが叩き起こしに来ては、「ノア様! いい加減になさってください! 姫様の安眠を妨げるのはおやめください!」と(魔女相手に)果敢に説教するのだが、ノアは「うるさいぞ、番犬。朝から騒々しい」と欠伸で返すだけ。エリーの気苦労は増える一方だった。
食事に関しても、ノアのマイペースぶりは遺憾なく発揮された。王宮の料理長が腕によりをかけて作った料理も、「味が薄い」「彩りが悪い」「もっとこう、キラキラした感じのものが食いたい」と容赦なくダメ出し。しまいには、厨房に勝手に入り込み、怯える菓子職人に「美味い菓子を作らねば、お前を砂糖菓子にして食ってやろう」などと脅し(本人は冗談のつもりらしい)、特製の巨大パフェや山盛りのマカロンを作らせては、ご満悦で頬張っていた。その度に、ルミリアと宰相バルテルミは胃を痛めるのだった。
服装もそうだ。侍女たちが用意した、王女の客人にふさわしい豪奢なドレスには見向きもせず、「動きにくい」「悪趣味だ」「こんなフリフリ、誰が着るか」と一蹴。結局、自分の魔力で作り出した、シンプルだが仕立ての良い黒いドレスやローブを好んで着ている。その姿は、王宮の中では異質だったが、彼女のミステリアスな美しさを際立たせていた。
宰相バルテルミは、ノアの存在を王宮内のトップシークレットとして扱い、表向きは「ルミリア様の遠縁にあたる、魔力に優れた貴族の令嬢が、護衛と学友を兼ねて滞在している」という苦しい言い訳を広めていた。しかし、ノアが時折見せる規格外の魔力の片鱗や、そのあまりにも自由奔放な振る舞いは隠しきれるものではなく、宮廷内では「姫様のそばにいる、黒髪紅瞳の謎の美少女」「黒い魔女様」といった噂が、まことしやかに囁かれ始めていた。
当然、ルミリアの叔父であるフォルティス公爵をはじめとする、王位を狙う勢力も、この謎の少女の存在を不審に思い、密かに探りを入れてきているようだった。
***
そんなノアに振り回される日々の中でも、ルミリアは女王代理としての務めを果たさなければならない。山積みの書類に目を通し、慣れない大臣たちとの会議に出席する。
「……よって、今回の鉱山税の増税案は、民の負担を考慮し、見送りとすべきと愚考いたしますが……いかがでしょうか、女王代理殿下?」
嫌味なことで知られる財務大臣が、ねっとりとした視線をルミリアに向ける。ルミリアは必死に威厳を保とうと、「……わたくしも、民の暮らしを第一に考えるべきだと思います。増税は……時期尚早かと……」と答えるのが精一杯だった。
その時、会議室の扉が勢いよく開き、ノアがひょっこりと顔を出した。
「おい、ルミィ。まだ終わらんのか? 退屈で死にそうだぞ」
「ノ、ノア!? なぜここに!?」
ルミリアが真っ青になる。宰相も慌てて止めようとするが、ノアはお構いなしに部屋に入ってくると、嫌味な財務大臣をじろりと睨みつけた。
「ん? なんだ、この脂ぎったタヌキは。こいつが私のルミィをいじめているのか?」
「な、なんだと、無礼な!」
財務大臣が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「ほう、私に口答えするか、タヌキ。……よし、消し炭にしてやろう」
ノアが面白そうに指先を向けた瞬間、宰相が悲鳴に近い声を上げてノアを羽交い締めにした。
「ノア様! おやめください! 会議中ですぞ!」
「ちっ、邪魔をするな、爺。こいつのふてぶてしい顔を見ていると、無性に潰したくなるのだ」
結局、ノアは宰相に引きずられるようにして会議室から連れ出された。残された大臣たちは呆然とし、ルミリアは(もうやだこの魔女……!)と頭を抱えるしかなかった。……ただ、不思議なことに、あれ以来、財務大臣がおとなしくなったような気もするのだが。
***
そんなドタバタな日常の中にも、確実に脅威は忍び寄っていた。ある夜、ルミリアが自室でエリーとお茶を飲んでいると、突然、窓の外から複数の黒い影が音もなく侵入してきたのだ! 前回よりも明らかに手練れの暗殺者たち。その目には冷たい殺意が宿っている。
「きゃあっ!」
「ルミリア様!」
エリーが悲鳴を上げ、ルミリアを庇う。駆けつけた衛兵たちも応戦するが、暗殺者たちの動きは素早く、連携も取れており、たちまち窮地に追い込まれていく!
「……やれやれ。また蝿か。しつこいな」
その時、隣室で菓子を食べていた(であろう)ノアが、面倒くさそうに壁をすり抜けて現れた。その手には食べかけのマカロンが握られている。
「少しは静かにできんのか? 私のティータイムが台無しだ」
ノアはそう言うと、マカロンをぽいと口に放り込み、暗殺者たちに向かってふっと息を吹きかけた。すると、その息は黒い影となり、蛇のように伸びて暗殺者たちに絡みつき、瞬く間にその動きを完全に封じ込めてしまった!
「な……体が……!?」
「くそっ、なんだこれは!」
身動き一つ取れなくなった暗殺者たちを、ノアは冷たい紅い瞳で見下ろした。
「さて……誰の差し金だ? あの脂ぎったタヌキか? それとも、もっと面倒な……『影』の連中か? ……吐いてもらおうか、ゆっくりとな」
その声音は、普段の気まぐれさとは裏腹に、絶対的な支配者のそれだった。
ルミリアは、ノアの底知れない力と、その瞳の奥に潜む暗い輝きに、改めて畏怖を感じずにはいられなかった。同時に、自分がとんでもない存在を目覚めさせてしまったのだという事実を、改めて突きつけられた気がした。
ノアという最強の(しかし、最も扱いにくい)護衛を得たものの、王宮の闇は、想像以上に深く、そして危険なものなのかもしれない。戴冠式までの残り時間は、刻一刻と迫っていた。
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