久しぶりに
三題噺もどき―ろっぴゃくよんじゅうなな。
また少し、肌寒くなりだした今日この頃。
いい加減春の兆しでも見せてくれればいいものの、数日前の暑さが嘘のように冷えている。
それでも、年明けや先月に比べたらマシなのかもしれない。少し前のことのはずなのに、案外覚えていないものだ。
「……」
ヒュウ―と、時折強くゆく風が被っていた帽子を持って行こうとする。
人間の持つ吸血鬼のイメージとしたら、シルクハットでも被っていたらよかったんだが。
生憎そんな洒落たものは持っていないので、どこで買ったかも覚えていない、何のロゴも入っていないシンプルな黒いキャップを被っている。
それが飛ばないように、つばをキュ、と軽く押さえながら歩いていく。
「……」
確か、シルクハットもどこかにあったはずなのだけど、見つけられなかった。
そうでなくても、服装がアレというか……着慣れたピッタリ目の黒のパンツに、スウェット生地のパーカーに少し大きめのジャケットを羽織っているだけから、この格好にハットは不釣り合いだろう。
その辺のセンスでもあれば、上手く着こなせるのだろうけど。生憎そういうのは持っていない。その点私の従者であるアイツはセンスがあるはずなのだけど、それを発揮しようとは思わないらしい。
「……」
街灯が点々と立つ住宅街を歩いている。
先日、新月を迎えた月は、また少しずつその姿を現している。
次の満月の時には、暖かくなって、桜も綺麗に咲いていればいいな。そうすれば、アイツと花見をするという、今年の夢が1つ叶いそうだ。
「……」
まぁ、その夢の話はまたするとして。
今日は目的があっての散歩なので、それを済ませてしまうとしよう。
必要不可欠というモノでもないが、アイツが作る菓子を食べるのはそれなりに楽しいし確実に腕が上がってきていてい美味しいの。そのために必要ならばついでに買い物くらいは行くのだ。……そうでなくても買い物くらい行くのだけど。
「……」
住宅街をすこし外れて進んでいくと、道の先には畑が広がる。光もほとんどないので、真っ暗な穴が開いているようにも見える。その道沿いを進んでいき、更に町の方へと進んでいくと、行き慣れた24時間営業の店がある。
「……」
相変わらずの陽気な音楽と共に迎えられ、籠を手に取り入っていく。
野菜なんかが置いてある方から入ったからか、中の空気は少し冷えている。
こういう所は生鮮食品があるから、暖房を入れるわけにもいかないんだろうな。
「……」
菓子作りに必要な甘味料の他にも、野菜をいくつか頼まれていたので、適当に見繕っていく。
何度買いに来ても、どれがいいとかそういうのは分からない。見分け方というのがあるらしいと聞くが、どれも同じように見える。
しかしまぁ、その辺の勘は、大抵当たるので適当でいいのだ。逆に意識してみていった方が分からなくなってしまう。
「……」
野菜の価格が高騰の一途をたどっていて、節約なんかも一苦労だな。
家はまだ、食事以外に金銭を使うものがあまりないから、そこまでなのだが。これで子供がいてみれば、養育費という物があって、学費やら何やらと出てくるのだろう……。世の中の主婦には頭が上がらないな。
「……」
子育てというものに対する知識はないから、何も言えないが。
あんな、小さくて何をしても危険が伴うかもしれないのに、少し目を離したらどこかへ行ってしまうような、危機感のない生き物を育てると言うのがいかに大変なことか。その上で愛情を注いで育てているのだから、親という物は偉大なものだ。
残念ながら私はそんな親には恵まれなかったが。あえて言うならアイツが居るが……いつからか親というよりは友達というか……いや、従者なんだけど。
「……」
まぁ、まぁ、それは置いておこう。
今考えることではない。
さっさと買い物を済ませて帰らなくてはいけない。
今日は魚や肉も買う予定なので、あまりダラダラとしてもなんだろうから。
「……」
あとは、甘味料をいくつか。
砂糖と一言で言っても、黒糖なのか白砂糖なのかグラニュー糖なのかで違うらしい。
他にも色々あるようだが、とりあえずはこの辺と……あとはちみつか。何を作る気なんだろうな今度は。
「……」
籠に入れたものを軽く確認し、買い忘れがないことを確認する。ふと、レジに顔を向けると、いつもの見慣れた顔があったことに、少し安堵した自分がいた。
そして、陽気なBGMに乗せられるように少し高揚した気分でレジに向かう。
彼との会話はほんの少ししかしないが、楽しいのだ。
「そういえば、新人とやらは辞めたのか?」
「いや、今日はお休みなだけですよ」
「……あぁ、なるほど。」
「お客さん久しぶりでしたね」
「仕事が立て込んでいたからな」
お題:帽子・夢・甘味料