七話
毎日三話更新
門の傍に立っていた守衛の中年男性は黒い狩衣姿で、こちらを見た。
「見ない顔だ、名前は?」
「坂田鈴です」
守衛は書類の束をぺらぺらとめくり私の名を見つけたようだった。
「今日から入所か。第三棟の五番室、相部屋なのでうまく付き合うように。そこの壁に案内があるので場所を確認しなさい」
私は「はい」と返事をすると、お辞儀をして案内の書かれた壁を眺めた。宿泊用の長屋が三棟あり、他には講義用の学舎、書蔵棟が少し離れたところにあるらしい。
相部屋になったのは、かなり私の中で動揺してしまうような事柄だった。
陰陽術の素養の無さを馬鹿にされた幼少の頃を思い出してしまう。
それはある種の恐怖ですらあった気がする。
私は泥の中を歩いているかのような重い足をなんとか前に進め、割り当てられた寮部屋へと向かっていった。
やっとの思いで辿り着いた戸を前にして私の心臓の鼓動は人に聞こえてしまうのではないかというぐらい、早く大きく鳴っていた。
そして、恐る恐る戸に手をかけた。
第三棟の五番室の戸に手を伸ばすのを一度引いて急に自分の身なりが心配になってきた。
(第一印象は大事だ……)
私は着物の乱れがないか確認して髪を撫でつけて整えてから戸を開けた。
「こんにちは。今日からお世話になります。相部屋になった坂田鈴です」
「ん? あぁ、結局相部屋になったんか。あたしゃ雨宮千鶴ってんだ。よろしく頼むよ」
同年代くらいの見た目で短い黒髪に薄緑の着物を着ていた声のしゃがれた女子だった。
雨宮と名乗った少女は荷をほどいている様子だった。
「雨宮さんも今日から入所なんですか?」
「あぁ。そうだよ。しかし、お互い丁度いい時に入れたな。明日は式神の召喚儀式の日だってよ。明日上手くやれれば弟子入り出来てうまく出世できるかもなぁ」
式神の召喚儀式が明日……。
たしかに多くの陰陽師にとっては丁度いい時期だったかもしれない。
だけど、私にとっては……そうともいえない。
「私、そもそも式神召喚ができるかってぐらい陰陽術の才能が皆無なんですよねぇ……。そもそも、連絡に使う紙片の式神だって動かせたことないんです」
「あんたそんな腕前なのかい? まあ、補助の触媒が渡されるらしいから、少しは期待しておいたらいいんじゃないか」
「そうなんですね。それなら少しは可能性があるかもしれません」
「そんなに気にすることじゃないと言っておこうか。今の時代、陰陽師も妖怪も弱くなってる。人の敵は人になりつつあるんだろうさ」
雨宮さんは荷をほどく作業に戻っていったので、私も荷をほどくことにした。
人の敵は人……。そういう考えもあるのか、と関心してしまった。
相部屋の雨宮さんは第一印象ではそこまで悪い印象を持たなかった。
部屋の大きさも実家の自室の二倍ほどの大きさを相部屋にしているので広さにも不満は感じなかった。
衣服の収納用の箪笥が左手にあり、読み書きをするための机が右手にある、ごく普通の作りの長屋の一部屋という印象だ。