五十九話
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「鈴鹿山にある私の鈴鹿御殿は、この世から隔絶された異空間です。そこに入ることで、私が一時的にこの世から姿を消すという対策でした。しかし、鈴鹿御殿に入ることができるのは肉体的な強度、生命力の強さが必要です。強さの足りないものが無理に入ろうとすると肉体は耐えきれず死んでしまうのです。だから千鶴は御殿には入れません」
信太師匠は「なるほど」と納得して考えこんでしまった。
「顕明連を振って平行世界を見せてくれた、あの御殿か? それならあたしも一度入ったじゃないか? そうだよな?」
「あれは風景を借りていただけで、本物の鈴鹿御殿ではありません」
「……そんな」
肩を落としてしまった千鶴を私は抱きしめた。
「千鶴……俊宗との再会は、あなたを殺してまで叶える望みではありません。平行世界の他の私が、今度はうまくやります。だから気に病む必要はないのです」
千鶴を殺してでも願いを叶えたとしても、私はもう胸を張ってまっすぐ生きれる気がしない。一生、後悔が付きまとうはずだ。
「でも、あたしはッ! 鈴の失敗の数を知ってる! ここまで辿り着くことができたのはこの一度だ。他の世界のあたしは良くも悪くも無難に過ごした。だけど鈴は違うだろう? 必ずと早死にしていたじゃないか! あれは普通じゃないだろ」
まるで自分のことのように憤りを見せてくれる千鶴が本当にありがたかった。
「でも、ごめんなさい。あなたを殺さずに大嶽丸を倒す方法は思いつきません……」
千鶴は初めてできた友人だ。
初対面で陰陽術の素養がない私を馬鹿にしないでくれた懐の広さが、嬉しかった。
俯きがちな私の心をいつだって奮い立たせてくれたのは千鶴だ。
式神召喚の儀式で不安だった時も、式神の俊宗に疑惑を持って心配になったときだって安心させてくれたのは千鶴の言葉だった。
私の周りにあった謎を解き明かして、本物の俊宗との再会が鈴鹿御前としての悲願だと理解しても、千鶴を……友人を殺してでも叶えるべき願いだとは思えなかった。
「あたしだって、まだ死ねない。だから、諦めるな鈴。平行世界が見えるからって次なんて考えるな! 今を大切にしろよ」
「よく言った、雨宮」
すっかり存在を忘れていた式神の俊宗は千鶴の肩を叩いて、跪いていた私の手を握ると力強く起こした。
「鈴鹿、聞いてくれ……大嶽丸は今、自らの再生に手いっぱいで私の支配に意識を割けていない。これだけは伝えておきたかった。私を斬らせるなんて辛いことさせてすまなかったな……」
「私の方こそ、ごめんなさい。あなたを斬ることが救いのはずだったのに……私は偽物の俊宗なら斬れると自分を過信していたのです」
力の抜けた私の手を俊宗は両手で包みこんで、まっすぐこちらを見ていた。
目を見ればわかる。今、目の前にいるのは、ほとんど本物の俊宗と言えるほどだ。
「その様子なら全てを察しているな、それなら任せて逝ける。鈴鹿なら勝てる。鈴鹿御殿で待ってるぞ」
俊宗は、ふと刀を抜くと切っ先を自分の心臓に向けて構えた。
「待って! 何をするの俊宗ッ!」
「鈴鹿、信太師匠を頼れ」
そう言い残して、式神の俊宗は自らの心臓を貫き赤い炎になって消えていった。




