五話
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母さんは私の部屋までついてくると、十二単を脱ぐのを手伝ってくれた。
普段着の茶色い生地に白い麻の葉模様の着物に着替えて、母さんに尋ねてみた。
「坂田家が儀式を続けてきた理由って何かあるの?」
「追放される者には教えられないの。でも、すぐに自分で理解できるはず」
「……私、大変な選択をしてしまったのかな」
急に不安になってきて弱気なことを呟いてしまった。
けれど、母さんは私の両肩を手で掴むと真っすぐ私の眼を見た。
「あなたはこんな小さな家で人生を終えるような人間ではないの。自信を持って鈴。千年生まれなかったこの家の悲願の存在なのだから」
私は頷くことしかできなかった。
しかし、いざ追放される身になってみたものの、悪いものを追い出すような険悪なものではなかったのは意外だった。
そして母さんは私の頭を撫でると部屋を出ていった。
私は大きく息を吐き、荷造りに気持ちを切り替えて自室を見まわした。
特に思い入れのある物もない無機質な空間に今更になって驚いた。
同世代の少女なら何かしら趣味嗜好の特徴がある品があったりするはず。手芸であったり、好きな絵であったり、そんな趣味のものが私の部屋には何もなかった。
あるのは、陰陽術の教本くらいだった。
(陰陽術の才能なんて全くないのに……)
だけど、逆にすっきりと家を出ることができるというものかも。
これから預けられる夜行寮は陰陽師の学び舎と宿舎を兼ねる施設だ。教本の類は書蔵棟があるので持って行かなくてもいいかもしれない。
私は着物を三着ほど風呂敷にまとめると、すぐに荷造りを終えてしまった。
母さんの部屋へ荷造りが終わったことを知らせに行くと、母さんは何やら書類を書いていた。
「早かったわね。まずはこれを受け取って。当分のお金はその袋に入れてあるけれど、それ以降は自分で稼いでいかないといけないから頑張って」
渡された袋はずっしりと重たい。かなりの額が入っていることは間違いない。
「こんなにたくさん……いいの?」
「歴代の『鈴』が貯めた貯金なの。鈴を名乗り続けることを決めた、あなたのものよ。あともう一つ、その大金よりも大切な物を渡しておきましょう」
母さんは黒漆の鞘に納められた刀を私に差し出した。
一般的な刀の拵えだったが受け取っただけで、それが鞘に収まった状態でも顕明連だとわかってしまった。
儀式の時は刀身のみだったが鍔などが拵えられて刀として使用できる姿になっていた。
「大切にします。というより……したい」
顕明連は今日初めて目にしたにも関わらず、不思議と愛着を感じていた。
趣味嗜好があまりない私にしては珍しい感情だった。
「じゃあ、行きなさい。自信を持ってね……鈴」
「うん……父さんにも挨拶しないと」
「あ、お父さんは鈴が家を出ていくのが悲しすぎて、とても顔を出せる状態じゃないから今度改めて夜行寮に挨拶にいくから今日はもう行っちゃって」
「もう父さん……でも、嬉しい。じゃあ行くね」
昔から父さんには私が自覚するほど溺愛されていた。理由はわからないけれど、幼少の頃は溺愛さえも追放されたくないと思う要因になっていた。
最近は少しうっとうしいくらいに思っていたから、まぁ……いいけど。
腰に顕明連を帯刀して私は意気揚々と家を出た。