十話
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大竹の時ほどではないが、雨宮さんは職員を含めた他の人々からは静かな賞賛をされていたように見えた。
しかし攻撃的な式神を従えることを決めてしまった雨宮さんが心配になり、声をかけてしまった。
「攻撃してきたように見えたけど、そんな式神を使役して大丈夫なのですか?」
「あたしゃ、式神操術が得意でねぇ……自分が呼べる程度の式神なら自分の体を動かすのと同じように操れるのさ。次はあんたじゃねぇか? 行ってきな」
雨宮さんは並の陰陽師とは一線を画す才能があるみたいだ。……すごい。
すると「坂田鈴……前へ」と職員に呼ばれ私も札を受け取り血判を記した。
しばらく沈黙が続いた。
今まで血判を記した直後に五芒星の陣が光るなどの変化があったはずなのに何も起こらない……。
まさか……失敗……?
「はっはっは! 流石は追放された落伍者! 式神召喚もままならないとは!」
大竹の奴の笑い声に取り巻きの笑い声が重なり、流石にむかむかしてきた。
「まぁ、また出直したまえ」
職員は淡々と儀式を進行するべく、去るように促してくる始末だ。
思わず俯いてしまったが、視界に入ってきたのは帯刀している顕明連だった。
「いいえ、まだです」
私は五芒星の陣の中央に向かって歩いていった。そして陣の中央に札を置いて顕明連を抜いて突き刺した。
すると札は赤い炎となり消え去り、五芒星の陣が赤く光った。
後ろから「赤だと……」と職員が驚く声が聞こえてきた。
一際、輝きが強くなり目を瞑り、再び目をあけるとそこには一人の鎧武者が背を向けて立っていた。
その鎧姿は江戸の時代にしては重装備すぎて古めかしさすら感じる。
兜を外し、振り返る姿に目が離せなかった。
たなびく黒の長髪が翻る姿は何度も見たいと願った光景だ。
だって、その後ろ姿は長年に渡って夢に出てきた、あの人だと確信できたから。
十五年間、見ることができなかった素顔は重々しい甲冑には不釣り合いな優男だった。
「君の名は何というんだ?」
「坂田……鈴です」
「そうか。私は訳あって名乗れないのだが……君を守ることを許してくれるだろうか」
「私こそ! 私こそ……お願いします」
断る理由はなかった。私は式神の彼から目を離すことができなかった。
でも不思議だ。式神として呼ばれるのは、かつて倒された妖怪と教本には載っていた。
他の皆も同じように知識として知っていたので、式神として人間が呼ばれる異変に辺りはざわめいていた。
「はっはっは、名前も名乗れないなんて余程、無名な武士なんだろうさ!」
大竹の奴は人を馬鹿にする天才だと思った。やっぱり嫌いになってきた。
私にとっては珍しいことだった。幼い頃はいじめられたら反撃することもできずに逃げることしかできなかったはずだった。
それなのに対抗心を燃やすことがあるなんて、今日の私は少しおかしいかもしれない。
嘲笑する大竹のことなど式神さんは気にも留めずに地面に刺さったままの顕明連を引き抜き、私の腰にあった鞘に納めてくれた。
「儀式は中止とする。各自この場を離れずに待機せよ」
進行役を兼ねていた召喚補助の職員は全員に号令をかけると紙片の式神に文字を書き込むとどこかへと飛んでいった。
五芒星の陣が赤く光り、呼ばれるはずのない人間が召喚されたのだ。上に指示を仰ぐような異例の事態に他ならないのだろう。
「えっと、式神さん。霊体化できますか?」
名乗れないというからには、少し変だが『式神さん』と呼ぶしかない。
「あぁ、できるとも。必要な時には呼んでくれ」
式神の彼は透明になり消えていった。
私はふぅと大きく息を吐き、どっと疲れを感じ雨宮さんのところへ歩いていった。




