4
ブランコ坊やとの最後の接触は、私が町内会長を任されていた年のことだ。この年私は、ご近所に町内会費を集金して回ったり、お知らせのチラシを投函して回ったりすることがあった。その日、私の家から少し離れたところにある賃貸マンションに町内会費の集金に出向き、申し訳なさ程度に設けられたエントランスから極めて狭いエレベーターに乗った時、エレベーターの自動ドアが閉まるその寸前に、な、なんとブランコ坊やがふらりと室内に乗り込んで来たではないか。
驚きで心臓が完全に停止した、いや、大丈夫だ、そんな筈ない、私の心臓は動いている、そうやって落ち着くまでにしばらく時間を要した。
うわ~、少し見ないうちに、またでかくなっている。身長一九〇センチはあるのではないか。全身バキバキの筋肉、まるで漫画のような体形だ。ラスタカラーのトレーナーはさすがに小さくなったのであろう、現在はアメリカの空軍が着用するジャンパーを羽織っている。相も変わらず半ズボンであること除けば、「ブランコ坊や」と言うか、見た目は非の打ちどころのないおっさんだ。ブランコ坊やならぬ、ブランコおじさん。しかし、その動作の端々に垣間見える幼さは、やはり「坊や」なのであった。
私は室内の隅のボタンが並ぶところにへばりつくようにして立ち、目的の階へ到着次第一刻も早くここから脱出したいという思いから、「開」のボタンをひたすら凝視しつつ、どうしても消えないおのれの気配を、少しでも薄くする試行錯誤をしていた。無言。無音。静寂で耳がキンキンする。絶対に相手と視線を合わしてはならないのであるが、相手から明らかに嫌な熱視線をこれでもかと感じるので、私は少しだけブランコ坊やのほうへ、首を動かす。
ほらね、案の定、右手のピストルが、超近距離で私を狙い据えていましたわ。もうね、こうなってくると恐怖を通り越して何だかもう笑えてきますわ。挙句の果てに、私が八階でエレベーターを降りたら、ブランコ坊やも同階で降りるじゃないの。私の後頭部に右手のピストルを押し付けながら、いつまでも後ろを付いて来るじゃないの。あはは、笑うしかないでしょう、マジで。その後、私が集金に伺おうとしていたお宅の扉の前に立つと、ブランコ坊やは背後からその扉をぶっきらぼうに開けて、割り込むように室内に消えた。
中から「あら、アキラ、お帰り」という母親らしき女性の声が聞こえた。なるほどね、このお宅の息子さんだったのね。ていうか、アキラって名前、私の息子と同じだね。私はインターホンを押して、その声の女性から町内会費を集金した。兎にも角にも地獄のような時間だった。
彼との最後の遭遇から三年が過ぎたある日、私の勤める造園土木会社の上司から、あの老朽化したブランコを撤去する公共工事を落札したと告げられ、同時に工事の主任技術者に命ぜられた。
工事の準備は着々と進み、いよいよ明日の着工を待つばかりだ。まだ五歳の息子をブランコに乗せた時、このブランコぶっ壊れそうだな、恐らく近々撤去されるであろうな、と予測をしてから、かれこれ十五年が経過している。よくぞ今日まで取り壊されなかったものだ。ひょっとしたら長らくあの遊具で遊び続けているブランコ坊やを温かく見守る近隣住民の声や、それを受けた市役所の配慮が、撤去を遅らせて来たのかもしれない。しかし、これは私の憶測の域であり、なんとも言い切れない。