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「こらこら、ブブちゃん、走らない。ゆっくり、ゆっくり。あ、痛い痛い痛い。こ、こいつめ、ま~た噛みやがった」
ブランコ坊やとの最初の接触から五年が過ぎた。
「もう、パパ、これじゃ犬の散歩にならないよ。ほら、僕にリードを貸して」
私は、十歳になった息子と一緒に、久しぶりに休日の公園を散歩していた。勿論、五年前に息子の巧みな交渉により結局飼わされる羽目になったフレンチブルドックのブブちゃんも一緒だ。この犬は一体全体どういう了見なのか、私の指示指導にはこれっぽっちも耳を傾けやがらぬし、あろうことか隙を見ては私の太腿に噛みつくという悪癖があった。
「ブブ! 駄目!」
息子がほんの一言注意をすると、今まさに僕の太腿をビーフジャーキーのように引き千切ろうとしていたブブちゃんが、突然萎縮をして噛むことをやめ、息子に向かってこれ見よがしにしょげた表情を見せる。
「よし、ブブ、ゴー! よし、いい子だ、スロー、スロー」
息子の合図と同時に、ブブが息子の歩行に慎重に速度を合わせて歩き始める。んもおおお、全然違うじゃんか、扱いがああ!
「あ、ブランコ坊やだ!」
遊具エリアに差し掛かったところで、息子がそう叫んだ。わ、本当だ、ブランコ坊やだ。私は久しぶりにブランコで遊ぶ彼を目撃した。相変わらず崩壊寸前のブランコを、天まで届けとばかりに漕ぎまくっている。
数年ぶりに見た彼の風体は、ぴちぴちのラスタカラーのトレーナーに、黒い半ズボン、坊主刈り、眉毛ボーン、頬骨ボーン、青々とした頬の髭。ビー玉のような喉仏が、ブランコを漕ぐたびに上下に揺れている。黒い半ズボンから、鋼のような太腿が剥き出しで伸びている。
計算上、彼は中学三年生、もしくは高校一年生。身長は既に一八〇センチを超えている。これはもう、さすがに「坊や」と呼ぶには差し障りがあろう、百歩譲って「ブランコ兄さん」だ。私は思わず冷笑をした。
「パパ。顔。顔。その顔をやめて。そんな笑い方はパパには似合わないよ」
息子が、私の品性に乏しく、卑しく、みすぼらしい内面を全て見透かして、呆れている。私は今よほど嫌な顔で笑っていたのだな。我ながら嘆かわしい。
「いやはや、また一段と大きくなったなあ。でも彼はいつも半ズボンなのだね」
「うん、彼は、いつも半ズボンさ」
「ははは、ブランコ坊やは半ズボン。雨の日も風の日も、たとえ大雪が降っても半ズボン」
「もう、パパ。ブランコ坊やを馬鹿にするのはやめて。彼はとてもピュアな人なのだから ……あ~あ、ほらパパったら、また狙われている」
げげ、マジっすか。気が付くと遠方から私を狙撃しようとするブランコ坊やの右手のピストル。
それからも、ひと月に一回とか、半年に一回とか、はたまた一年に一回とか、私は不定期的にブランコ坊やと遭遇をした。そして彼はごくたまにしか見かけない私というただの近所のおじさんのことを、律儀にも忘れることなく脳裏に刻み込んで頂いているご様子で、誠実にも毎度毎度指で作ったピストルで私を狙撃しようとなさるのであった。




