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本を買う祐、読む芹奈。

作者: 宗あると

 街の本屋。

 文庫本のコーナーで、新田芹奈は腕を組んで並ぶ本を眺めている。しばらくすると芹奈は疲れた様子で溜息を吐き、その場を去ろうとする。そこに。

 青木祐がやってきて、すれ違いざまに芹奈と肩をぶつける。

 「すいません」

 祐が謝り、芹奈もごめんと頭を下げる。

 そのまま、すれ違って行こうとする2人。

 が、芹奈が不意に踵を返して、祐の背後から肩を叩く。

 肩越しに振り返った祐に、芹奈は言う。

 「本、選んでくれない?」

 「は?」

 眉を寄せて戸惑う祐。

 しかし、芹奈の表情は真剣そのものだった。



 「作家になる為に本を読もうと思ったけど、何を読めばいいかわからなかった?」

 訝しげに齋藤優は言うと、ホットコーヒーを飲んでいる祐を見た。

 喫茶店の中。店内はジャズが流れている。

 「そう。適当にミステリー小説選んで渡したけど、本当だと思う?」

 祐は言って、優を見返す。

 「どうだろうな。どんな女だったの?」

 「顔はまぁ可愛かったよ。オレンジの髪だったけど、ショートの」

 「オレンジ?変な女じゃないの?」

 「いや雰囲気は至って真面目だった」

 「お前を狙ってたわけではなさそうだな」

 「狙うって、何をだよ」

 「さあ?詐欺か?恋か?すれ違いざまの一目惚れ?」

 「馬鹿言うなよ」

 「まぁそうだな。全身ユニクロのお前にはないわな、そんなこと」

 「うるせーよ」

 祐は言い、ホットコーヒーをまた口に運ぶと、あっ、と何かを思い出したように声を出した。

 「なんだよ」

 「名刺もらったんだよ」

 「なんだ、夜の女じゃないのか?」

 「ちゃんと見てないけど、、、」

 祐は言いながら、財布から名刺を取り出した。

 名刺には、『作家 新田芹奈』とだけ書かれていた。

 「作家、、、?」

 ポツリ、祐は呟く。

 名刺を覗き見た優も、目を丸くする。

 「なりたいって言ってたんだろ?作家に」

 「確かそうだったけど」

 「聞き間違いじゃねーの?」

 「いや、そんなことは、、、」

 言いながら、祐は名刺を裏返した。そこには、携帯電話の番号が手書きで書いてあった。

 「なにそれ、携帯の番号?やっぱ夜の女じゃねーの?新たな勧誘とか」

 「うーん。違うと思うんだけどなぁ」

 言いながら、頭をさする祐。

 「怪しいな。捨てちまえ、そんな名刺」

 優は言って、メロンソーダを飲んだ。

 祐は、うーん、と唸りながら、名刺の携帯番号を見つめ続けた。



 祐の部屋。

 ベッドの上で仰向けになって、祐は左手で名刺を持って、携帯番号を眺めている。

 右手にはスマホを持ち、電話を掛けるか悩んでいる様子の祐。

 うーん、と唸って眉間に皺を寄せてから、ああっもうっ、とやぶれかぶれといった様子で書かれた番号にスマホを発信する。

 呼び出し音が鳴る間、優が言っていた『詐欺』や『夜の女』が頭をよぎって、一瞬躊躇う。

 呼び出し音はしばらく鳴り続けて、繋がった。

 「もしもし?」

 様子を伺う感じで、芹奈がでた。

 祐は緊張してしまい、言葉が出ない。そもそも何を話すかを考えていなかった。

 「あの、どなたですか?」

 怪しげに芹奈に訊かれて、さらに緊張する祐だったが、意を決して口を開いた。

 「ひ、、、昼間、本屋で会った。あの、男で、本を選んであげた」

 何とか言葉を繋ぎながら、話す祐。

 一瞬間があってから、芹奈がああ、とスマホの向こうで頷いた。

 「青色のパーカーの?」

 「そうです。青色のパーカーの」

 「何か、御用ですか?」

 「用?用っていうか、名刺に携帯電話が書いてあったから、、、」

 「あ、ごめんなさい。私、そういうんじゃなくて」

 「あああ、いやいやそうは思ってないですけど、本!本どうだったかなって気になって」

 「え?ああ?まだ読んでないですけど、パラパラめくってみた感じだと、難しそうですね、、、」

 「あ、そうですか。読みやすいの、選んだつもりなんですけど」

 「いえ、読む方じゃなくて、書く方が」

 「え?ああ、、、???でも名刺には作家って」

 「ああ、あれはほら、よく言うじゃないですか。夢を叶えるには、叶ったつもりで行動するといいって。それで先に名刺だけ作ったんです」

 「あっあー、そうですか、なるほど」

 一瞬、沈黙が流れる。

 「変な女って思いました?今?」

 「いやいや、思ってないです。ただなんで俺に渡したのかなって」

 「あーそれは、その、、、」

 「はい?」

 「タイプだったからかなぁー」

 気恥ずかしい様子で芹奈が言ったのを聞いて、祐は可笑しくなって、笑った。

 「え?逆ナン?ですか?」

 「そんなはっきり言わないで。また本を選んでもらえたらいいなーって、それくらいの軽い気持ちだから」

 「はーなるほど」

 「あっ、でも本はもういいです。書けそうにないし、作家目指すのやめるから」

 「え?読んでもないんでしょ?諦めるの早くない?」

 「いや直感でこれは駄目だなーって」

 「そんなんなら、わざわざ俺に選ばせないで、自分で適当に本選んでパラパラ見たら、すぐわかったでしょ」

 「いや、最初の一冊目は肝心かなーて思いまして。この一冊で私の作家人生の行く末が決まるみたいな、、、」

 「そんな大袈裟な。でもそれなら尚更人任せにしちゃ駄目じゃん」

 「まぁ、そうですけど、、、」

 また沈黙が流れる。祐は気まずくなって、会話を続けようとするが、言葉が見つからない。

 沈黙してから、芹奈がまた喋り出す。

 祐は、ホッと胸を撫で下ろす。

 「あの、あなたが初めて読んだ小説って、どんな小説でした?」

 「えー?覚えてないなぁ。あー、確か父親の本棚にあった、昔の映画の原作本だったかなぁ」

 「それを読んで、どうでした?作家になりたいと思いました?」

 「いや、別に。ただ面白いなーてだけかな」

 「、、、ですよね。私、作家を目指すきっかけがどういうものなのかわからなくて」

 「いや、きっかけがあったから名刺まで作ったんでしょ?」

 「いやそれは勢いでやったことで。本気で作家を目指す人の感覚っていうのが、どういうものなのか」

 「それは、本を読んで面白いと思って、自分も書きたいって思うのがベターなんじゃないかな。わからないけど」

 「私はただ、何をやっても駄目だったから、作家にでもなろうかと」

 「あったじゃん、きっかけ」

 「でもそれって不純で、やっぱり作家って、読むこと書くことが好きな人が目指すものですよね?」

 「いやまぁ、金儲けの為に書いてる人もいるんじゃない?自己啓発本とか、そんな感じでしょ?多分」

 「あ、そうなの?」

 「いや、わかんないけど、人それぞれだとは思う」

 「そうなんだ。じゃあ考え過ぎてたなぁ、、、。失礼かと思って。本気で作家を目指す人達の中に、本も読まずに入っていくのが」

 「失礼っていうか、舐めてるよね。名刺までつくって」

 「あ、そうか、ごめんなさい」

 「いや、俺に謝られても」

 「ああ、そうですよね」

 「しかも小説読みもしないで諦めて」

 「そうですね。本当に駄目ですね、私」

 「ん、まぁでもその程度なんだから、諦めるのも早いに越したことないんじゃない?」

 「でも私いつもこんなんで、どんな仕事も長く続かなくて。コンビニも、ガソリンスタンドも、バーテンダーも、運送会社の事務も、占い師の見習いも、焼肉屋も、どれも1カ月ももたなくて」

 「それはちょっと深刻だね。っていうか、色々やってはみたんだね、仕事」

 「だから、作家も真剣だったんです」

 「まぁ、声掛けられた時は、真剣なのは感じたけど、それだけじゃね、やっぱ駄目だよね」

 「ですよね、、、私、これからどうすればいいと思いますか?」

 「いや、どうって、、、今は実家?住んでるの」

 「はい実家です」

 「なら焦らずにじっくり、色々やっていくしかないんじゃないかな。歳は?」

 「23です。大卒です、一応」

 「んーまぁまだ大丈夫だよ、多分」

 「そうですか?」

 「大丈夫大丈夫」

 適当に祐は答えた。そして、この会話いつまで続くんだと、面倒にもなってきた。

 「あ、そういえば名前、まだ聞いてなかったですよね?」

 「俺?名前は、、、青木だけど」

 「青木さん。じゃあ青木さん、これからまた電話してもいいですか?」

 「は?なんで?」

 「私、友達も少なくて、こういう人生相談みたいなこと出来る相手もいないんです」

 「え?あー、まぁいいけど、、、いや待って、これそうやって近づいてくる詐欺とかじゃ」

 「違いますよ!でも、信じられないなら、無理には頼みません、、、」

 芹奈が本気でがっかりしている様子がスマホ越しに伝わり、祐は警戒やめることにした。スマホで話すだけなら、大丈夫だろうと。

 「いや、いいよ。その代わり、スマホで話すだけだよ。会ったりはしないから」

 「はい、それでいいです。ありがとうございます」

 それから2、3会話をして、祐からスマホを切った。



 3ヶ月後、喫茶店内。祐と芹奈と優の3人がテーブルにいる。

 祐と芹奈が隣同士に座り、優がその正面に座っている。

 「それであれよあれよと、付き合うことになったってか」

 呆れた様子で、優が言う。

 「警戒心ねぇな、お互い」

 「いや、別に人を騙すとかそんな雰囲気はなかったし、お互い。なぁ?」

 祐が芹奈に聞くと、芹奈は頷いた。

 「そうそう。真面目な人っていうのは、話しててわかった」

 「まぁ祐が真面目なのは知ってんだけど、俺はまだ芹奈さんのことはいまいち」

 優は言って、眉を寄せて芹奈を見る。

 芹奈は少し焦って、笑顔を繕う。

 「信じてくださいよ。私はただの、仕事が続かない以外は至って真面目な人間ですから」

 「自分で真面目っていう奴にろくなのいねーけど」

 「それは優の偏見だって」

 祐がホットコーヒーを口に運びながら、言う。

 「ああ?んまぁ、そうか?」

 優は言ったが、まだ警戒している様子。

 空気を変えようと芹奈が明るく喋り出す。

 「そういえば、祐君と優さんって名前面白いですよね。普通に読めば2人とも、ゆう、なのに、優さんは、すぐる、ですもんね」

 「面白いか?」

 冷たく、優が言う。

 「まぁなんかソウルメイトって感じはするな」

 祐が言うと、優は気色悪そうに頬を引き攣らせた。

 「やめろや。気色悪い」

 「そうか?」

 「ねぇ、私達はじゃあ何に?」

 芹奈が祐の腕に自分の腕を絡めて聞く。

 「え?あー、運命の人?」

 芹奈は、きゃっ、と喜ぶ。

 それを見て、優はうざそうにフンと鼻を鳴らす。

 「知らねーからな、俺は。後で泣きつくなよ」

 優は言うと、椅子から立ち上がった。

 「見てらんねーから、帰るわ」

 「あ、そう?まぁ大丈夫だって、幸せにやってるから」

 「妬いてるぅ?」

 芹奈が言って、優は黙れ、と凄んで去っていった。

 「友達とられて、妬いてるよあれは」

 芹奈の言葉に、ハハっと祐は笑った。

 「あんのかな、あいつにそういうとこ」



 街の本屋。

 2人が出会った場所。文庫本のコーナーの前に2人はいる。

 祐は並ぶ本の中から一冊、恋愛小説を手に取ると、はい、と芹奈に渡す。

 芹奈は作家を目指すのは辞めたが、本を読む楽しさには目覚めて、祐が選んでくれる本を毎日楽しみに読んでいる。

 こうしていると、出会った時のことを思い出して、お互い幸せな気分になるので、毎回芹奈が本を読み終えると、2人で一緒に買いにくる。

 選ぶのは祐で、読むのは芹奈。

 「恋愛小説?」

 「これこの前ドラマでやってて、面白かったよ。普通のとは少し違うから」

 「そうなの。楽しみ〜」

 そう言って、芹奈は祐に本を返す。

 祐は受け取って、会計へ向かう。

 実は初めて出会った時も、祐は選んだ本を面白くないと悪いからと、自分で買って芹奈に渡した。

 芹奈はそんな気遣いをする祐に、初めから恋心を抱いていた。

 それが今は、2人の愛を確かめる形になっている。

 レジに向かいながら、ポツリと祐が呟く。

 「最近芹奈読むの早いからさ、次から図書館にしない?」

 「え?嫌だ。期限とかあるとゆっくり読めないし、この時間が幸せなの、私は」

 「そうは言っても、俺の財布事情が、、、」

 「ケチなこと言わないでよ!」

 バシッと芹奈が祐の背中を叩く。

 「まぁ、仕方ないか、、、」

 祐は渋々とレジへ向かう。

 けれど、その表情は幸せに満ちている。


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