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忘れゆく者に罰を  作者: ゆーり
1/1

本田絢人という男

 俺の名前は近衛絢人。

今無実の罪で捕まり、牢屋に監禁されている。

「なあー、そろそろ出してくれよ。

もう一週間だぜ?

流石に俺が無罪なのは証明されただろ」

俺は廊下にいる刑務官に話しかける。

「何度言わせればわかる。口を慎め」

そうはいわれても、一週間も手錠をかけ続けてるせいでストレスが半端じゃない。

なにか気を紛らわせないと頭がおかしくなりそうだ。

「あ、そうだ!飯!飯食わせてくれよ。

もうずっと食べてねえし餓死するって」

「…………」

「無視かよ」

そうやって飯をせびっていると、廊下に新しい足音が聞こえてきた。

足音が止まりパイプ椅子を引く音が聞こえる。

「おはようございます。瀬野さん」

「おはよう馬場。

あいつのところに連れていってくれ」

「はい」

廊下に響く足音。

それが俺の牢屋の前で止まった。

前を向くとそこには男女二人の刑務官。

扉の鍵を開け始める。

「お、やっと出れるのか。

言ってみるもんだな。ははは」

「ついてこい」

刑務官に前後を挟まれながらあとをついていく。

「なあ、いつになったら手錠外してくれるんだ?

ドラマとかじゃ釈放の時は手錠外してるだろ?」

「なんだ、もう質問しながら答えが出てるじゃないか」

俺を見て鼻で笑ってくる。

「は?」

「手錠が外れるのは、釈放の時なんだろ?

じゃあ手錠がついている今は、釈放の時じゃないな」

「まじかよ。

でも俺無実なんだぜ?

まだ釈放じゃないとか警察無能すぎるだろ」

「まあ落ち着け。

今から話せばわかることだ」

刑務官が取り調べ室の前で止まった。

「入れ」

中に入ると鍵が閉められる。

それに合わせて馬場が扉の前で立ち、監視を始めた。

逃がさないってことなんだろう。

睨みがきいてる。

「まずお前自身の確認からしていく」

「はいはい」

「……はいは一回だ。それと敬語を使え。

もう横柄にふるまう必要なんてないだろう?」

「…ふーん。わかってたんだ」

「敬語を使え馬鹿が。それとも素なのか?」

「いや、違います」

俺は確かに自分が無実であるとアピールするため、怯えたりへりくだったりせず、自分が無実だと確固たる自信を持っているように振る舞っていた。

でもこれは少しでも考えに淀みを持たせれたらと考えただけで、実際有効的な行動じゃない。

こんな些細な違い、普段の生活から見ておかないとわからないはず。

この瀬野という女、何者だ?

「名前は本田絢人。年齢は15歳で春から高校生。

親戚はおらず、孤児。

去年歩道橋の真ん中で寝ている状態で発見され、補導された後記憶喪失であることが判明した。

能力は【体】。

合っているな?」

「ああ」

「なら【体】を実際に使って見せてくれ。

100人も殺せるような能力か確認したい」

こんなことで無罪を認めてくれるなら、もっと早めにやっててくれよ。

「ならナイフを持ってきてくれ」

「馬場」

「はい」

【能力】

それは【神】が与えた、人類を強化する力。

俺はナイフを手に取り、腕に当てる。

「わりと早いのでちゃんと見ててください」

俺はナイフで素早く腕を切った。

皮膚がさけ、そこから血が流れ出る。

「【体】」

ここで能力を発動させた。

腕につたう血のしずくを血管の方へと吸い上げ回収し、腕の裂け目がつなげていく。

これで完全に腕が元に戻った。

「すごい能力ね…【体】って」

「そうですね。能力のおかげで僕は寿命まで死ぬことはないと思います」

「……。【体】はただの復元能力。

これを見る限り100人も殺せるようには見えないな……」

「だったら……」

「いやしかし【裁】…

【裁】が言っている以上間違っているわけがない。

お前まさかまだ能力の使い道を隠しているな?」

「そんなことありません。

今のが全てです。

体にできた傷を治す。それだけの能力です」

「…この件は一度持ち帰らせてもらう。

上層部に話を聞いてくる」

そう言うと取り調べが終わり、俺は独房へと帰らされた。

 それにしても今回俺が逮捕された理由が【裁】か……

【裁】は人類が唯一飼っている化け物の名前だ。

こいつはなぜか人間に友好的で、月に一度戸籍を参考にしながら、犯罪者の名前と罪状が書かれた名簿を警察に持ってくる。

その名簿は的確で、過去に迷宮入りだった犯罪者をこの名簿のおかげで解決したという事例まで出た。

それにどれだけ違う思う内容でも、検証を重ねると実際にその名簿に書かれていた通りになった。

以降【裁】は警察から友好的に対応され、捜査に組み込まれるようになった。

もう今となっては、【裁】に名前を書かれたものは絶対に無罪判決が出ないとまで言われている。

とはいえ俺はやってないわけだし、これは【裁】の誤審だ。

しかしどうやって誤審と訴えればいいものか……

能力は血縁者以外で同じものを持つものはいない。

だから血縁者のいない俺は他の【体】持ちを呼び、俺以外から【体】の能力では100人殺しが不可能だと証明してもらうことはできない。

どうしたものか…

少し頭を回転させ、今日は眠りについた。


 「瀬野さん。本田のことどう報告するつもりですか?」

一緒にいた馬場が休憩室に行くと質問を投げかけてきた。

「ああそうか。

馬場は本田が連れてこられてからずっと本部に来てないのか」

「そうですよ!この二日間地獄でした。

おかげで腰がバキバキです」

「ははは、お前には便利な【起】の能力があるんだから仕方ないだろ?

それにあんな大罪人を本部の人間なしでほおっておくわけにいかないし」

「それはそうですけど…

自分の能力はただ寝ずに起きておけるだけで、体はしんどいので次からは変わってください」

「ははは、善処しよう」

「ちょっと…」

「冗談だ。

それより本田の話だったな。

私は本田が無罪である可能性が極めて高いと報告するつもりだ」

「無罪ですか?

随分と思い切った話ですね」

「お前は今回の事件の違和感について気付いているか?」

「違和感ですか。

100人殺し事件ってあの二年前神在町で起きた同時裂傷殺人事件のことですよね。

あの事件は100人全員が刺殺だったという変な事件ですし、瀬野さんが言ってるのってそれのことですか?」

「まあそれもあるな。

100人もの人間がナイフが刺さった状態で見つかっているということは、少なくとも100本はナイフを持ち運んでいたことになる。

一人の場合能力がないなら100本も同時に運ぶなんて無理だ。

だから本田が犯人であるとは考えずらい」

「では複数犯なのでは?」

「それはあり得ない。

それなら【裁】が本田の名前だけ記入しているのがおかしい。

今まではずっと一人残さず書いていたくせに今回は書かないとなると、他の犯人をかばっていることになる。

そんな信用のない【裁】の意見なんか無視でかまわない。

そうなれば状況証拠をもって本田は無罪だ」

「じゃあ本田は無理やり運んだってことですよね。

【裁】は間違えたりしませんから」

「いやいや【裁】については放っておくとして、一人で運んだはないだろ。

二年前となれば本田は13歳の中学一年生。体格的に無理だ。

それにもし運べたとしてもそんな大荷物を抱えた人がいたら監視カメラにも映っているはず。

運んだという可能性は捨てていい」

「となると残った可能性は【裁】が間違えた可能性だけ、ですか」

「そうだろ?

でも【裁】は間違えない。これは一般常識だ。

だから私がこの常識が間違っている可能性について報告してくる。


 コンコン

「失礼します。

捜査B班、瀬野花子です」

「瀬野さん今日は何の御用で?」

「今日は例の100人殺しの件について報告です。

100人殺しの容疑者である本田絢人の能力を検証してきました。

結果、能力である【体】は体の復元能力だと判明しました。

私の能力である【眼】でも確認しましたが、嘘はついていないようです」

「そういえば瀬野さんの【眼】は嘘を見分ける能力でしたね。

となると本田は復元能力だけですか…

瀬野さんはどう考えますか?」

「私はあの能力では100人殺しは不可能だと思いました。

なので【裁】に背くようですが、私は本田が無罪だと考えます」

「やはりそう考えますよね」

「……はい」

「では結論ですが、彼は『罪人学園』送りにします」

「本気ですか!?無罪ではないのですか?

この状況証拠をもってすれば無罪にするのが妥当です。

学園なんて……あんな地獄、無罪寄りの人間が行くような場所ではありません!」

「はあ、瀬野さんあなたは本当に頭が固いですね」

「…どういう意味ですか」

「いいですか?

今の良い日本の治安は【裁】のおかげで成り立っているんですよ。

【裁】は絶対に間違えない。

【裁】はどんなに逃げても、どれだけ隠れても見つけてくる。

こういった意識を国民に持たせることで、犯罪の抑止力になっているんですよ。

それが今回の事例を作ってしまうとどうですか?

【裁】も間違えるんだ。

【裁】も完璧じゃない。

そう思われてしまいます。

そうなってしまってはこの今まで積み上げてきたこの国民の意識が無駄になってしまう。

治安が今よりも悪くなってしまう…

瀬野さん。

私たち警察の仕事はこの国の治安を守ることです。

彼一人の犠牲で、この国の治安が保てるなら安いと思いませんか?」

「………そうですね」

私は違うと言えなかった。

本田が学園行きになること自体は絶対に間違いだと断言できる。

だが本田個人に向けた視点、警察組織に向けた視点、それよりもっと広い視野で見てみるとどうだろうか。

私たちは違いはあれど、一歩間違えれば人を殺せてしまう【能力】をもって生きている。

たった少し間違えるだけで人という道を踏み外してしまう。

こんな世界の中で最も大切な治安と国民の意識を、たった一人の少年の犠牲で守れるのならそれは正しいのではないだろうか。

今はそう、思っている。

「君も同じ意見でよかったです。

賢い警官はそう考えますから」

「…そうですか。

では失礼します」

「はい、お疲れ様」

ぱたりと扉を閉め、再び本部へと歩きだした。

「この廊下…こんなに暗かったっけ」

来るときは明るかったこの通路も今は少し灰色がかってほこりが見える。

これが『染まる』というものなのだろうか。

警察は正しいを追求する場所じゃない。

この現実が私の中に深く影を落とした。


 取り調べから二日後の午前9時、二人の警官が牢を開けに来た。

「出ろ」

牢を出て、鉄格子の前に立たされる。

恐らくこれが昨日言われた罪人学園の入学に処す、というものなのだろう。

廊下を見るとすでに何人もの人が立っていて、列ができていた。

これ全員が『罪人学園』に入学するやつなのか?

恐らくタイミング的にもそうだろうが、思ってたより多いな。

こんな何人もいける場所だったのか。

「前の奴に続いてついてこい」

警官の指示が廊下に響き渡り列は動き始めた。

「すみません、本田』君ですよね?」

ビクッッ

真後ろから声をかけられた。

俺のことを知っている?誰だ!!

驚いた俺は後ろを思い切り振り返った。

「前を向いておいてください。最後尾にも警官はいます。

ばれないように話しましょう」

背後の人間は頭を俺の背中につけて小声で話をしてくる。

ひどく冷静な口調だ。

「返事なんてできませんよね。

なら私から一方的に話します。

単刀直入に聞きますが、脱獄したい。そう思いませんか?」

脱獄!?

いきなり何を言うのかと思えばすごい提案をしてきた。

でもこんな話を聞き入れる気はさらさらない。

俺はこの背後の奴の顔すら知らないんだ。

こんな得体のしれないやつの話をまともに聞く方がおかしいだろ。

「いきなり脱獄と言われても困りますよね。

だからまずは私の素性を明かします。

私の名前は元木英二。能力は【眼】です」

……こいつもしかして本気なのか?

「私は先ほど君に『後ろを見る眼』を授けました。

それで私の姿も確認してください。

両目を閉じ、後ろを見たいと願えば見れるはずです」

俺は言われるがまま両目を閉じた。

長く続く白い壁と鉄格子。そして後ろから監視をする警官の姿。

本当に目がついているかのように、鮮明な後ろの風景が見えた。

そこには猫背でこっちをまっすぐ見ている男の姿も見える。

こいつが例の元木英二だろう。

本来目のついてないはずの背中をじっと見てきて俺と目が合う。

しかもこいつ全然瞬きしない。

「お前が元木だな。確認できた」

「よかったです。それでは計画についてですが…」

「いや待て。

その前に聞きたいんだが、お前は本気なのか?」

「本気ですよ」

即答してきた。

一応眼を使って元木の表情を観察していたが嘘を言っているようには見えなかった。

目で本気だということが伝わってくる。

「なぜそんなに本気なんだ。

学園生活は三年で終わる。刑務所に比べれば暮らしも楽なはずだ。

耐えればいいだけの話だろ」

「どうしてもやらないといけないことがあるんですよ。

それができなきゃ死んでも死に切れません」

「…三年後じゃ無理なのか?」

「無理です。

それじゃ遅すぎる」

元木の本気度はわかった。

だけどだいたいなぜ俺がリスクを負ってまで手伝わなければいけない。

俺は冤罪でここに来ただけで、お前みたいな犯罪者とは違うんだぞ。

「悪いが脱獄は無理だ」

「なぜです?冤罪であることをまだ気にしているんですか?」

なぜそれを…

「すみません。実は昨日の取り調べを【眼】で覗いていたんですよ。

だから本田君のことはある程度知ってるんです」

「…………冤罪だったら何なんだよ」

「冤罪だからって高をくくっていませんか?

自分は無実なんだ。絶対に助かる、と。

そんな甘い考えは今すぐ捨ててください。

もう無理です」

「なんでそんなことが言い切れる」

「【裁】は絶対に間違えない。

この常識はもう絶対に覆せません。

人っ子一人いなくなったところで誰も問題視しませんから」

人っ子一人いなくなったところで誰も…

人っ子一人…

「どうしました?

歩くスピードが急に落ちましたが」

「悪い…」

「しっかりしてください。列を乱したら目をつけられます」

「…………」

「考えている時間はありませんよ」

さっきまで遠かったガラス張りの出口はもうすぐそこまで来ている。

「……やらない。したくない」

これでいい。これでいいんだ。

「したくないと言っていますが本当にそうでしょうか?

あなたが二年間警察から教育を受けていたのは知っています。

正義感が育った今、世の中にとって正しいことをするべきだと考えているんでしょう。

ですが、心の底からそう思っていたらそもそも【眼】を使うことも、私に返事をすることもなかったはずです。

本当は思ってるんでしょう?

無実なのに罪を償わなきゃいけないなんておかしい。なんで俺が割を食わないといけない、と」

「そんなこと…」

「いいえ。思っています。

何度も質問していたのはこれなら仕方ないと、自分が納得できる理由を探していたからでしょう?

…正直になってください。

もう正しいを追求できるような環境ではありませんよ」

正直、俺はもう何が正しいのかわからなくなっている。

世のため、国のため、人のため、正しいことをし続けなさい。そう教わってきた。

だけど今の世の中はどうだ?

そもそも世の中が正しければ、俺を罪人だと判決しない。

そもそも世の中が正しければ、人ですらない化け物の【裁】を国の役所に置いたりなんてしない。

そもそも世の中が正しければ、【裁】なんていう化け物を盲信したりしない。

間違って言うのはこの世界の方じゃないか。

心でつながっていた理性の糸が切れた音がした。

だったら俺が自分の意志を通したところで何も悪くなんてない。

だってみんなが…世界のすべてが、間違っているんだから。

「元木。

俺は脱走を選ぶ」

「わかりました。

では一緒に頑張りましょうね」

ガラスに反射する光に見送られる中、俺たちは護送車に乗り込んだ。


 護送車は大きく、一台に全員が乗った。

警官は連れてきた二人に加えて、車両後方に待機させられてた二人が加わり、監視の警官は四人に増えた。

正確に言えば運転席にいる二人も合わせて六人だが、監視をしているわけではないし元木のいう計画には支障はないだろう。

そういえばまだ元木の計画について聞いてないんだよな。

乗車前ぎりぎりに決めたから仕方ないんだけど…

元木はさっきまでの鋭い目つきをやめ、悠長に構えている。

お前も落ち着けとでも言いたいのか?

それともまだタイミングじゃないのか?もう走り始めて十分以上経つが…

都市圏を抜け、車両は山に入っていく。

「なんだ?」

車両が急に左右に揺れ始めた。

するとすぐに大きな衝撃が車内を襲い、停車した。

事故だ。

「おい!大丈夫か!?

何やってんだ運転席のやつは!」

「大丈夫だ。様子を見に行ってくる」

後方にいた一人の警官が出入り口に向かって歩き始めた。

元木の横を通り過ぎる。

その時だった。

「うがぁぁ」

移動した警官が急によろけた。

警官は両手で顔を覆う。

すると元木が飛び上がり、警官に向かって後ろから蹴った。

倒れた警官から拳銃を奪い取る。

「う…やめ」

抵抗もむなしく元木は弾丸をぶち込む。

元木は続けて3発発砲し、残り三人の警官も殺害した。

「逃げますよ。本田君」

殺すってマジか。聞いてねえよ。

椅子から立ち、周りを見渡す。

転がる遺体をよく観察すると目や口が開けられないよう、糸で縫われ塞がれていた。

警官だけじゃない、一緒に乗っている生徒たちも同じように塞がれていた。

あの不自然な警官の叫びはこういうことだったのか。

口が塞がり、さぞ言いにくかっただろう。

俺も話に乗っていなければこうなっていたと思うとゾッとするな。

出てくる不満。

殺しは悪だと異議を唱えるのは簡単だ。

だがそれはできない。

俺は名前を呼ばれてしまった。

『本田』と元木に呼ばれてしまった以上、俺が共犯者だと乗っている生徒たちにばれてしまっている。

学校側も車両が学校に来ないとわかればすぐに助けは来るだろう。

その時には生徒たちに俺が共犯者だとリークされる。

今言い合いをしても、時間を無駄にしただ捕まるだけ。

圧倒的不利な状況になってしまった。

もしかして、わざとやってるのか?

俺が断れない状況を作り出し、今更裏切られないよう保険をかけた。

この計画が実行できた今、今ある元木の不安要素は俺の裏切りだけ。

保険を掛けるのは十分考えられる。

だったら俺ができる抵抗は一つだけ。

「ああ逃げよう、『元木』」

もし『本田』の名を口にしたのがミスだったとしても、こんな大きなミスをするような奴には罰があってもいいだろ。

にしても無反応か…

仕返しをした後の元木の反応で、敵意があったのか判断しようと思ったんだが……思い通りにはいかないな。


 護送車から出た俺たちは山を下り、郊外の町まで逃げることができた。

「なあ、いつまで走ればいいんだ?」

「もうすぐなので我慢してください。

この町を抜けた先に廃れた工業地帯があります。

目的地はそこにある廃ビルです」

すぐ現場から離れることを優先したせいで、俺たちはまだ手錠をつけて走っていた。

正直この体制で小一時間も走るときつい。

「元木もしんどいなら休憩しないか?」

「何を言ってるんですか。廃ビルまで行くのが最優先です」

何を言っているか…だと?

たとえ廃ビルにつけても体力がなければ警察が追い付いてきたときに対処できないだろ。

警察だって俺たちのように能力を持っている。

何が起きても対処できるよう、万全の体制を常にとっておくべきだ。

幸い今なら警察が周りにいないし、もし追いついてきても対処できるぐらいの力は残っている。

休むなら今ぐらいしかないと思うんだが…

「…その顔、不満があるみたいですね」

「ああその通りだ。

というか別に今の話だけが不満に思ったわけじゃない。

計画とやらが始まってからずっと不満はある」

「…そうですか。

なにせ私も初めての逃走劇ですから思考が及んでいない点があったことは認めます。

ですが私は敵ではありません。少しは信用し合いましょう」

……やけに素直だな。

さっきまでの理論的な話し方とはうって変わって、情を使った話し方をしてくる。

お前は目的のために人を殺せる非情なやつなはずだろ?

だからこれは元木の本心じゃない。何か狙いがあるのか?

「ほらまたそんな顔をする。

信用し合おうと言ったじゃないですか。

そんなに私が嫌いですか?」

「…………」

「…はあ。

なんとなくあなたの考えていることがわかります。

私についてきて本当にいいのか考えているんでしょう?

思考するのは別にかまいませんが、憶測だけで人を判断しないでください。

証拠がない以上断定することはできません。

今あなたがやっていることは、あなたを有罪だと判断した警察となにも変わりありませんよ」

…………言えてるな。

俺の百人殺しだって実際に現実で起きたことだ。

俺にはそれを行った証拠はないが、【裁】が言ったから正しいのだろうという憶測のもと判断が下された。

理不尽で、対処不可能。

「…そうだな。悪かった」

「わかればいいです。

私だって人ですし、不信感を抱かれたまま一緒にいられるのは嫌ですからね。

ちゃんと『理解ができる人』で安心しました。

あ!それより見えてきましたよ。

ここが目的地、神在町です」

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