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「初対面なのに、随分な言われようですね」理奈は肩を竦ませる。
「元女優の有名人に、初対面もクソもねぇだろう」望月は鼻の穴を膨らます。
「ああ、それはそうですね。そして、ファンもいればアンチもいるということですか」
「そういうことだ。ただ俺様は、アンチもアンチ、ハードアンチ。テメェなんか大嫌いだ」
「でしょうね。銃口を向けられるなんて、現役時代にもさすがにありませんでした。とても堂に入っています。ブルーチーズも真っ青です」
望月は、その眦を痙攣させた。3倍も人生経験のある年上を、軽薄に茶化す態度が気に食わない。
しかし彼女は、次の瞬間には、重厚な口調でもってこう言った――
「しかしながら私は、元女優である前に人間です。あなたもまた、アンチである前に人間です。人間として、人間を前にして、私がここで言うことは決まっています――どうか退いてください、望月辰夫さん。そしてどうか、そのブラックリングをお譲りください。無駄な闘いは、したくはありません」
そこには――祈るような眼差しがあった。
だが望月は、スカートの下にスマートフォンを差し入れるエロ親父の形相で、そんな彼女をせせら笑う。さすがは元女優、演技はお手の物だということか。そんな顔とそんな声でそんなことを言っておいて、リングを渡せば、あいつは俺を殺すに決まっている。やはりクソガキだな、魂胆が見え見えだ。そうしてせせら笑って、舌を出し――
「無駄な闘いはしたくはねぇか。くくく……よく言うぜ。お前は絶対に――俺と闘いたくなる。決まっている。そしてボロ雑巾みてぇになって、敗れるのさ」
そのように――予言した。人を食らう影が這い寄ってくるかのような言葉の響きに、理奈がその耳目をそばだてる。望月は、右手の銃の銃身で、自分の顔を指し示す。
「なぜなら俺は――お前の運命の男だからさ」
「……………………」
さすがの理奈も、食あたりを起こしたような顔をして、完全完璧に引いていた。『その引き金を引け』そう思っていても不思議はない。そんなエチケット袋必須の台詞を吐いた当の本人は、してやったりの、これまた洗面台直行の面を掲げていた。
「橘理奈、橘理奈ぁ――っ! お前が芸能界を干された原因は、恋人との夜の逢瀬という、スキャンダルが発覚したからだ!」
興奮気味にくっちゃべる望月とは違い、理奈は、短い前髪の毛束感をチェックしながら、気怠げな表情を浮かべていた。当然だ、世間の誰しもが、そんなことは知っている。
だがしかし望月は、銃をホルスターに突っ込むと――両手の人差し指と親指で長方形を拵えて、そのフレームの中に、無垢なる標的を閉じ込めた。
「俺様は――そのスキャンダルの裏側を知っている。なぜならそのとき――真白出版社週刊トゥルース編集部で、張り込み屋をやっていたんだからなっ!」




