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現在アルバイトとして勤務してやっているホームセンターの店長は、年上を敬わないクソガキだ。望月辰夫は、何度か殺害計画を企てて、金槌やら鋸やら、手頃な凶器を仕事中に物色したものだった。しかし結局、計画の実行どころか、凶器の購入さえしなかった。そんな直接的で野蛮な方法など、賢者たる自分のすることではないのだと、さも間接的で知的な殺害計画をすぐにでも用意できるとでも言いたげな、涼しい笑みを浮かべながら。
しかし、今思えば――直接的で野蛮な方法というのも、なかなかどうして悪くはない。
要は――殺せりゃいいのだ。
初めて握る銃という凶器は、金槌やら鋸やら、これまで手にしたどんな凶器よりも重みがあった。掌にめり込むようにずしりとくる。それは、力の重みに他ならない。引き金を引く度、硝煙の向こうで、壁が抉れ、照明が砕け、信者の顔が血煙になった。俺は強い! 力がある! これまで感じたことのない充足感と興奮が、血液に乗って股間へと殺到し、そこにある銃も、思わずぶっ放してしまいそうだった。
「そろそろ、よろしいでしょうか?」
「ああん――っ!?」
そんな夢見心地を剝ぎ取って――冷やかな声がかけられた。右手という恋人との秘戯の最中に、部屋に母親の突入を許してしまった中学生のように、望月の頭は突沸し、反射的に引き金をしょっぴいた。
しかし声の主は、頬の数ミリ横を弾丸が通過したにもかかわらず、その眉ひとつ動かさない。怒声と発砲音と風切り音を応の返事と受け付けて、彼女は事務的に唇を動かした。
「あなたも、岡島秀一に召し抱えられたリング所有者ですか? 彼の下で、夢を描く者ですか? だとしたら、それは画餅というものです。従属していてわかったことですが、彼は大いなる自己中です。自分の夢を叶えれば、配下の夢などどうでもいい。そして何より、敵だろうと配下だろうと、自分以外のリング所有者を、皆殺しにするでしょう」
望月は、その口角を痙攣させた。3倍も人生経験のある年上に、教えを授ける態度が気に食わない。自分はステージの上にいて、彼女はその下にいるのに、コンプレックスのシンボルたる薄らハゲ頭を、見下ろされている気分が薄れない。
橘理奈――相変わらずムカつくクソガキだぜ。
望月は、二丁の大型リボルバー『トーラスレイジング・ブル』の銃口を、理奈のささやかな胸に向けながら、口元を厭らしく歪ませた。
『誰にものを言ってやがる。俺は賢者で強者の――望月辰夫様だぞ。岡島は、最後に俺様が勝利を納めるためのいち駒にすぎない。そんなこともわからねぇのか? これだから小便臭いクソガキは』
その大言は、手前に立つスタンドのマイクを通過して、気の毒なぐらいにばら撒かれた。相対している理奈は言うまでもなく、ステージ周辺を取り囲む信者にも、しっかりきっちり聞こえている。身も心も太りきったこの豚が、神に等しい教祖様を『駒』と呼ぼうが、同志達を撃ち殺そうが、彼等が動かず黙って浮かべる笑顔の裏には、当然わけが潜んでいる。あのグラサン教祖のわけが潜んでいる。賢者で強者の望月辰夫様には、そんなわけなど、わけもないことなのだろうが。




