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BLACK RING  作者: 墨川螢
第3章 サックガーデン占拠事件
97/148

3-8

「テメェは何者だ――望月辰夫だ。相手は何者だ――橘理奈だ。噛み合ったパズルのピースの境目を、しっかり見つめろ馬鹿野郎。テメェは誰を芸能界から追放したんだ。その過程で、そいつの痛いところなんざ知り尽くしているだろうが。それに加え、奴の能力の全容も伝えてある。もう一度言うぞ。テメェは何者だ。望月辰夫だ――賢者・望月辰夫だ。賢者なら頭を使え。違うのか? できねぇのか? 所詮はやはり豚なのか?」

 秀一の一言一言が、福々しいと言うよりは、ふてぶてしい耳に注がれる。すると萎んでいた身体が、大きく大きく膨らんだ。まるでバルーン、もとい、バブルのように。

「ふざけんな! 俺は偉大なる賢者・望月辰夫様だ! 異論は認めねぇ! あんなクソガキ楽勝だぜ――っ!!」

 望月は――天井高く雄叫びを発した。

 プライドだけは獅子並だな。秀一は、内心で蔑みながら、指をパチンと鳴らした。

 二人の信者が、大きなスーツケースを転がして現れる。そしてロックを解除し、その中に詰め込まれていた物を、次から次へと、望月の身体に備わせる。馬子にも衣装。ドレスアップを終えたその出立ちは――彼の前世、アメリカ西部開拓時代の暴威を彷彿とさせるものだった。腰のベルトには所狭しとナイフや剣がぶら下がり、双肩からバツ印に掛けられた弾帯にも無数のダイナマイトが納められ、そしてその両手には、大型リボルバー『トーラス・レイジングブル』が鎮座している。

「くくく……くはははははははははははは――っ! 最高だ! 最高の気分だ――っ!!」

「知勇兼備――これでもう、万に一つも負けやしねぇだろう? なぁ、望月さんよぉ」

 秀一は、白煙混じりに、唾を吐き捨てるように激励を送った。お似合いだぜ、前世も今世も、虚勢塗れのテメェには。そんなこちらの真意など知る由もなく、豚さんは、すっかりイケイケでキメキメでハイになっている。

「橘理奈――」

 そして秀一は、猫を睥睨した。愛玩した飼い猫ではなく――汚らしい野良猫を。

『私の夢は――私という存在の完全抹消です』

 そのためには、記憶も記録も、残してはならない――そんな手の込んだ自殺を夢見た彼女を、手駒とすることは、至極容易なことだった。大は小を兼ねる。自分の夢が叶えば、自分が世界を洗脳下に置く独裁者になってしまえば、鶴は鴉となり、昼は夜となり、国会議事堂は古墳になる。塗り変えてしまえばいい、塗り潰してしまえばいい。人間が与り知ることができる真実こそが、真なる真実に他ならない。鶴よりも昼よりも国会議事堂よりも、所詮は知名度が低い元女優を、無き者にすることなど、至極容易なことだった。無論容易であっても用意をしてやる気などはさらさらなかったが、それでも彼女は、主従関係を結んだその日から、(ゼロ)の報酬のためだけに、馬鹿みたいに生きるともなく生きていた。

 そんな奴が、引き籠った暗闇の部屋で本物の闇を待ち望んでいたような奴が、どうしてドアを押し開けたのか。その向こうに――一体どんな光を望んだというのか。岡島秀一には、わからなかった。全国模試トップクラスの頭脳、おおよそトップの頭脳では、見下ろせない光景がそこにはある。彼は、不可解で不愉快な生き物から眼を逸らし、そして踵を巡らせる。まるで生物という学問を、社会に出たら通用しないとうっちゃるようにして。

「せいぜいタンゴを踊れや――優し過ぎるお姉ちゃん」

 そんな皮肉で相手を抓り、自分自身を撫で回す。望月を残し、信者の壁に守られながら、ステージを後にした。降壇したターゲットを、ボマーは追っては来なかった。しばらくすると、背後から銃声が聞こえてきた。どこぞの中年が、バイクを吹かす不良少年のように、安い自由を満喫しているのだろう。

 秀一は、革靴で床を蹴飛ばしながら、その奥歯を軋らせた――

 零れ落ちた勝利――

 後は握り締めるだけだったのに、指を折ったその瞬間に――砂のように滑り落ちた。

 腹立ち紛れに、手近にいた信者を蹴り倒す。床に転がされて尚、浮かべられているその笑顔が、嘲笑に見えて仕方がなく、その顔面を踏み付けた。

 どうして俺の言う通りに動かねえ! どうして馬鹿の癖に自我を持ちやがる!

 今にも砕け散りそうな頭に、思わず顔を歪めに歪める。半身を轢き潰された蛇のように踠く眉、無数のイトミミズに侵されたような目、飢えた蛭のように右へ左へ泳ぐ唇。その顔は、股間を蹴られた望月よりも醜悪で、かつて『神童』と呼ばれた面影などは見る影もなく、赤黒く、焼け爛れていた。上を見ずに下ばかりを見る――故に、落下してくる金盥に気付かない。

 秀一は俯いたまま、そんなおおよそ完璧な頭脳で考えた。その間おおよそ30秒。スマートフォンを取り出すと――

「バックアッププラン――始動だ」

 咥えていた2本の煙草を吐き捨てながら、電話の向こうの信者に、そう告げた。


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